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ライラと『私』の物語【年内完結】  作者: GiGi
第六部 第二章
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トロア流迎撃戦 12 —希望の梯子—





『お婆さま?……お主の師匠か?』


「ええ、アタシに全てを教えてくれたお婆さま。特に『心の在り方』については、とても厳しく教えられたわ……もう、お婆さまはいないけど」


 先代『南の魔女』——二代目『南の魔女』ナーディアは、孤児であったビオラを拾い、ここまで育てあげた。


 昔を思い出したのかシュンとなっているビオラを見ながら、ジョヴェディは感嘆する。


「よい師に、恵まれたのう」


 それは先日の戦いの際、ジョヴェディの見出した別の到達点『先導者』。ビオラを見る限り、彼女の師もまた、一つの『到達者』だったのだろう。


 ジョヴェディはビオラに、問う。


「それで娘よ。お主は他に、どのような魔法が使える?」


「……あ、ええと……あとは生活魔法と、『凍てつく時の結界魔法』ぐらいしか……」


「『凍てつく時の結界魔法』? ふむ、氷人族に伝わる魔法か……まあよい。お主、生活魔法は使えるんじゃな?」


「え、ええ」


 眼下では骸骨兵が骨を鳴らしながらひしめき合っている。ジョヴェディはその魔物たちの様子を見て、口端を吊り上げた。


「娘よ。魔力回復薬を飲め。そして……骸骨兵()()を、一掃してみせろ」





 魔力回復薬を飲み干したビオラは、戦場の中心に生えてきた、土で作られた柱の上に降りたつ。


 そしてひと息呼吸をし、戦場を見渡した。


「……アタシに、出来るかしら……」


『フン、とりあえずやってみい。駄目でも後始末はワシがしてやるわい』


「え、ええ、わかったわ……」


 そう言ってビオラは杖を頭上に掲げて、詠唱を始める。


 短文詠唱なのに、急速に過剰な魔力がビオラに収束していく。


 ジョヴェディは目を細め、その姿を見つめる——。




 ジョヴェディは直感し、ビオラにある一つの魔法を唱えるよう命じていた。そしてその直感は、正しいと知ることになる。



 ——なぜ、ビオラは度々魔力切れを起こすのか。簡単だ。それは、ビオラの持つ才覚に、彼女の持つ魔力量が追いついていないだけなのだ。


 彼女はどこまで心を込めることが出来るのか——ジョヴェディは人知れずつぶやく。


『……見せてくれ、娘よ。まだ見ぬ景色を』



 そして、直後。ビオラの全ての魔力を乗せた『生活魔法』は、紡がれた。




「————『汚れを落とす魔法』っっ!!!」




 魔法の効果が、ビオラを中心に戦場に広がっていく——。



 通常『汚れを落とす魔法』の魔力消費量は微々たるものだ。一般に浸透しているただの便利魔法であって、決して魔物に有効な魔法ではない。


 だが、その効果を受けた骸骨兵に、次々と異変が起こる。



 ——崩れ落ちる、崩れ落ちる、骸骨兵たちが——。



『汚れを落とす魔法』、それ即ち、『けがれを落とす魔法』。



 不浄の存在である骸骨兵は、通常の何百倍もの力が込められた全力の『生活魔法』の前に、この戦場にいる全てが塵となり崩れ去っていったのだった——。



 魔力切れで意識を失い、崩れ落ちるビオラ。その彼女を、ジョヴェディはしっかりと腕で支えた。


 ジョヴェディは肩を揺らし始める。


『……ククッ……クハハハッ! 実に見事じゃ、娘よ。ビオラといったか……お主もまた、美しいぞ!』



 究極の魔力量調整——。



 また一つ、ある分野ではジョヴェディを凌ぐ才能を目の当たりにして、彼は楽しそうに高笑いを続けるのだった。







「……うー……あー……」


 戦場を徘徊し続ける、千体ほどのグリムたち。だが、その彼女は内心、ため息をついていた。


(……やはりリョウカのように、上手くはいかないか……)


 グリムはわざと斬られた肉体や折れた骨を再生せず、虚ろな目で戦場を徘徊していた。それはさながら、ゾンビのように。


 出来ればさっさと恐怖で敵の戦意を失くしたかったのだが——動きに慣れてしまったのか、兵たちは割と向かってくる。正直、人間の適応能力を舐めていた。


 ジョヴェディの方は上手くやっているみたいだ。彼は攻撃を仕掛けてくる相手に、容赦なく制裁を加えている。


 最初の内は血気盛んに攻撃を仕掛けていた魔法兵も、今や及び腰だ。その圧倒的な実力差に、大半の魔法兵は戦意を喪失してへたり込んでいる。


 結果、最小限の犠牲者——というには数が多い気もするが、恐怖による支配を成功させていた。それを計算しているというなら大したものだ。


 でもまあ、そろそろ頃合いだ。私の方も終わりにするか——ビオラと同じ服を着ているグリムは、魔族の男性オスカーに斬り刻まれながら、鼻を鳴らした。




「死ね、死ね……っ!」


 オスカーはグリムを斬り刻む。きっと、この個体が本体だ。こいつの息の根さえ止めれば——。


 それを見る周囲の兵たちの考えも同様だった。オスカーが服装の違うグリムを斬り刻むたび、周囲のグリム・ゾンビの動きも鈍くなっていく。兵たちは色めき立つ。


 もう少しだ——もう少しで、勝てる。


 その兵たちに蔓延し始めた弛緩した空気を、グリムは見逃さなかった。



「……キミは確か、オスカーだったね?」



 地面に転がっているグリムの頭部が、声を上げる。ギョッとするオスカー。彼は急ぎ、その頭部を剣で打ち砕く。


 だが——構わず頭部は語り続けた。


「キミはさっき、私が『本体』だとか言っていたね?」


「うるさい、そうなんだろっ!?」


 オスカーは息を切らしながらグリムの頭部を踏みつける。潰れるグリムの顔。


 しかし、彼の後ろにいるグリムが後を引き継いだ。


「残念ながら、ハズレだ。私は『全にして個、個にして全』というヤツでね——」


 その言葉を聞き、何かを察したオスカーや一部の兵たちの顔が青ざめる。まさか、いや、そんな馬鹿な——。



 だが次の瞬間、彼らの悪夢が現実となる。



 踏みつけた顔が再生する、顔から身体が生えてくる、腕から、足から、傷も、折れた骨も、この戦場、全てのグリムが——瞬く間に再生を終えたのだった。


 有り得ない、今までの戦いは一体、なんだったのだ——絶望を浮かべる者たちに、全てのグリムは一斉に口を開き、告げた。



「「——私達、全てが本体だ。さあ、キミたちは、どんな選択をする?」」



 全てが振り出し——いや、それ以上の絶望感に襲われ、兵たちの心が、折れる。



 グリムは見事、一瞬にして兵たちの『希望』という名の梯子を外してみせたのだった。




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