トロア流迎撃戦 12 —希望の梯子—
『お婆さま?……お主の師匠か?』
「ええ、アタシに全てを教えてくれたお婆さま。特に『心の在り方』については、とても厳しく教えられたわ……もう、お婆さまはいないけど」
先代『南の魔女』——二代目『南の魔女』ナーディアは、孤児であったビオラを拾い、ここまで育てあげた。
昔を思い出したのかシュンとなっているビオラを見ながら、ジョヴェディは感嘆する。
「よい師に、恵まれたのう」
それは先日の戦いの際、ジョヴェディの見出した別の到達点『先導者』。ビオラを見る限り、彼女の師もまた、一つの『到達者』だったのだろう。
ジョヴェディはビオラに、問う。
「それで娘よ。お主は他に、どのような魔法が使える?」
「……あ、ええと……あとは生活魔法と、『凍てつく時の結界魔法』ぐらいしか……」
「『凍てつく時の結界魔法』? ふむ、氷人族に伝わる魔法か……まあよい。お主、生活魔法は使えるんじゃな?」
「え、ええ」
眼下では骸骨兵が骨を鳴らしながらひしめき合っている。ジョヴェディはその魔物たちの様子を見て、口端を吊り上げた。
「娘よ。魔力回復薬を飲め。そして……骸骨兵だけを、一掃してみせろ」
†
魔力回復薬を飲み干したビオラは、戦場の中心に生えてきた、土で作られた柱の上に降りたつ。
そしてひと息呼吸をし、戦場を見渡した。
「……アタシに、出来るかしら……」
『フン、とりあえずやってみい。駄目でも後始末はワシがしてやるわい』
「え、ええ、わかったわ……」
そう言ってビオラは杖を頭上に掲げて、詠唱を始める。
短文詠唱なのに、急速に過剰な魔力がビオラに収束していく。
ジョヴェディは目を細め、その姿を見つめる——。
ジョヴェディは直感し、ビオラにある一つの魔法を唱えるよう命じていた。そしてその直感は、正しいと知ることになる。
——なぜ、ビオラは度々魔力切れを起こすのか。簡単だ。それは、ビオラの持つ才覚に、彼女の持つ魔力量が追いついていないだけなのだ。
彼女はどこまで心を込めることが出来るのか——ジョヴェディは人知れずつぶやく。
『……見せてくれ、娘よ。まだ見ぬ景色を』
そして、直後。ビオラの全ての魔力を乗せた『生活魔法』は、紡がれた。
「————『汚れを落とす魔法』っっ!!!」
魔法の効果が、ビオラを中心に戦場に広がっていく——。
通常『汚れを落とす魔法』の魔力消費量は微々たるものだ。一般に浸透しているただの便利魔法であって、決して魔物に有効な魔法ではない。
だが、その効果を受けた骸骨兵に、次々と異変が起こる。
——崩れ落ちる、崩れ落ちる、骸骨兵たちが——。
『汚れを落とす魔法』、それ即ち、『穢れを落とす魔法』。
不浄の存在である骸骨兵は、通常の何百倍もの力が込められた全力の『生活魔法』の前に、この戦場にいる全てが塵となり崩れ去っていったのだった——。
魔力切れで意識を失い、崩れ落ちるビオラ。その彼女を、ジョヴェディはしっかりと腕で支えた。
ジョヴェディは肩を揺らし始める。
『……ククッ……クハハハッ! 実に見事じゃ、娘よ。ビオラといったか……お主もまた、美しいぞ!』
究極の魔力量調整——。
また一つ、ある分野ではジョヴェディを凌ぐ才能を目の当たりにして、彼は楽しそうに高笑いを続けるのだった。
†
「……うー……あー……」
戦場を徘徊し続ける、千体ほどのグリムたち。だが、その彼女は内心、ため息をついていた。
(……やはりリョウカのように、上手くはいかないか……)
グリムはわざと斬られた肉体や折れた骨を再生せず、虚ろな目で戦場を徘徊していた。それはさながら、ゾンビのように。
出来ればさっさと恐怖で敵の戦意を失くしたかったのだが——動きに慣れてしまったのか、兵たちは割と向かってくる。正直、人間の適応能力を舐めていた。
ジョヴェディの方は上手くやっているみたいだ。彼は攻撃を仕掛けてくる相手に、容赦なく制裁を加えている。
最初の内は血気盛んに攻撃を仕掛けていた魔法兵も、今や及び腰だ。その圧倒的な実力差に、大半の魔法兵は戦意を喪失してへたり込んでいる。
結果、最小限の犠牲者——というには数が多い気もするが、恐怖による支配を成功させていた。それを計算しているというなら大したものだ。
でもまあ、そろそろ頃合いだ。私の方も終わりにするか——ビオラと同じ服を着ているグリムは、魔族の男性オスカーに斬り刻まれながら、鼻を鳴らした。
「死ね、死ね……っ!」
オスカーはグリムを斬り刻む。きっと、この個体が本体だ。こいつの息の根さえ止めれば——。
それを見る周囲の兵たちの考えも同様だった。オスカーが服装の違うグリムを斬り刻むたび、周囲のグリム・ゾンビの動きも鈍くなっていく。兵たちは色めき立つ。
もう少しだ——もう少しで、勝てる。
その兵たちに蔓延し始めた弛緩した空気を、グリムは見逃さなかった。
「……キミは確か、オスカーだったね?」
地面に転がっているグリムの頭部が、声を上げる。ギョッとするオスカー。彼は急ぎ、その頭部を剣で打ち砕く。
だが——構わず頭部は語り続けた。
「キミはさっき、私が『本体』だとか言っていたね?」
「うるさい、そうなんだろっ!?」
オスカーは息を切らしながらグリムの頭部を踏みつける。潰れるグリムの顔。
しかし、彼の後ろにいるグリムが後を引き継いだ。
「残念ながら、ハズレだ。私は『全にして個、個にして全』というヤツでね——」
その言葉を聞き、何かを察したオスカーや一部の兵たちの顔が青ざめる。まさか、いや、そんな馬鹿な——。
だが次の瞬間、彼らの悪夢が現実となる。
踏みつけた顔が再生する、顔から身体が生えてくる、腕から、足から、傷も、折れた骨も、この戦場、全てのグリムが——瞬く間に再生を終えたのだった。
有り得ない、今までの戦いは一体、なんだったのだ——絶望を浮かべる者たちに、全てのグリムは一斉に口を開き、告げた。
「「——私達、全てが本体だ。さあ、キミたちは、どんな選択をする?」」
全てが振り出し——いや、それ以上の絶望感に襲われ、兵たちの心が、折れる。
グリムは見事、一瞬にして兵たちの『希望』という名の梯子を外してみせたのだった。




