トロア流迎撃戦 11 —その才覚—
「守れっ! ガラノフ殿をお守りしろっ!」
混乱する状況の中、オスカーが兵たちに命令を叫ぶ。
その声に兵たちは我に返り、ガラノフとオスカーを守るように立ち塞がった。
オスカーは周囲の状況を確認する。
斬り落とした首を抱え、歩み寄ってくる青髪のグリムとかいう女性。
その女性と同じ顔をした者が、崖の上から次々と降ってくる。
その者たちは、ひしゃげ、立ち上がり、骨を変な方向に曲げながら歩き出す。
兵たちが交戦を始めるが——その者たちは腕を斬られようが首をはねられようが、立ち上がってくる。
「……うー……あー……」
奇妙な呻き声を上げながら兵たちに掴みかかろうとする青髪たち。最初は果敢に立ち向かっていた兵士たちだったが、その常識では測れない現象を前にして、いまや完全に及び腰だ。
恐怖、混乱、恐慌——。
ある者は腰を抜かし、ある者は逃げようとし、ある者は掴まれる。
オスカーは剣を構えながら、必死に考える。
(……『不死の魔物』? いや、同じ姿をしているケースなんて聞いたことがない。もしや、我々の知らない技術を使った、人造生命体か……?)
駄目だ、いくら考えても分かりそうにない。
ただ——目の前の一人だけ服装の違う個体に、何か突破口があるはずだ。
兵士たちに斬られながらも、ゆっくりと立ち上がる魔女の風体をした個体——そのグリムを指差し、オスカーは叫んだ。
「奴が本体だっ! なんとしてでも、奴を倒せえっ!」
†
上空から戦況を見下ろしているビオラの姿を形取ったジョヴェディは、ため息をついた。
(……フン、青髪よ。遊んでおるのう)
元の作戦では、生き残らせた者に『南の魔女』という脅威を植えつけ、二度とスドラートに変な考えを起こさせないようにする、というのがグリムの算段だった。
ビオラの名は、まだ大陸にまでは知られていない。
トロア地方は地形に恵まれているとはいえ、荒波を乗り越え海路で攻め入るとしたらここ、スドラートが一番危険である。
なので、この戦争を機に、『南の魔女』という名の抑止力を作り上げる——先を見据えたグリムの策に、本来なら『爆ぜる光炎の魔法』一発で終わるところを、ジョヴェディは渋々と付き合っている訳なのだが。
「……お爺さま、危ない!」
ドン。ビオラが空中で体当たりをしてくる。直後、ジョヴェディのいた場所から離れたところを通り過ぎる『火弾の魔法』。避けるまでもなかったのに。
「気をつけてね、お爺さま! アタシが守ってあげるから!」
気まずい。先ほどの事といい、とにかく気まずい。本人に悪気はないのだろうが——というかさっきから気になっているが、お爺さまってなんじゃい。
「……フン。——『光弾の魔法』」
ジョヴェディは鼻を鳴らし、攻撃を仕掛けてきた魔法兵を撃ち抜く。
それを見た地上の兵士たちが騒つく。
「……光魔法……あっちが本物の魔女だ!」
「総員、魔女を狙い撃てえっ!」
次々と地上から放たれる魔法。ジョヴェディはビオラを守るため、魔法を唱える。
「——『護りの魔法』」
だが、魔法は全てビオラに扮するジョヴェディ目掛けて飛んできた。
隣でビオラが、とっても悲しそうな顔でシュンとなる。
「……アタシ、魔女だと思われてないのかなあ……」
気まずい。本来、他人のことなど知ったことではないジョヴェディでさえ気まずい。
ジョヴェディは息を吐き、ビオラを横目で見た。
「ほれ、ここはワシがやる。お主は骸骨兵の相手でもしておれ」
「……ん? えっ? ええ、わかったわ!」
ジョヴェディに手を振り、骸骨兵のもとへと飛んでいくビオラ。ジョヴェディは頬を緩め——そして、その笑顔を歪ませた。
「さて、ワシは青髪ほど優しくはないぞ。ワシに攻撃を仕掛けてきた者は、全員、殺す」
†
骸骨兵の集団の上空に立つビオラ。彼女はギュッと杖を握りしめる。
(……やれるわ、アタシなら……きっと!)
正直、いくら戦争とはいえ、人相手に魔法は撃ちたくはない。きっと『お爺さま』はそれを分かっていて、ビオラには魔物の相手を任せたのだろう。
ビオラは『優しい』お爺さまの期待に応えるべく、全力で言の葉を紡ぎ始めた。
「————、————…………」
そして言の葉は紡ぎ終え——
『待たんか』
「……うひっ!」
突然、ビオラの腕が透明な何かに掴まれた。
ビオラはキョロキョロしながら、その声に返事をする。
「……その声……お爺さま?」
『娘よ。今、それだけの魔力量を乗せて放ったら……お主、魔力切れを起こすぞ?』
「……あっ」
しまった。グリムに注意されていたのに、すっかり頭から抜けていた。慌てて魔力回復薬を飲み干すビオラ。
姿を隠しているジョヴェディの分身体は息を吐き、少しだけ姿を現してビオラに指示をする。
『彼奴ら相手なら五割程の力でいい。お主、出来るか?』
「え、ええ……やってみるわ」
声に頷き、再びビオラは言の葉を紡ぎ始めた。そして紡がれる、言の葉。
「——『凍てつく氷の魔法』!」
凍りつく、凍りつく、骸骨兵たちが。ビオラの魔法の効果が現れると、骸骨兵たちは凍りつき砕け散っていった。
ジョヴェディの眉が、ピクリと動く。
『……ほう、随分と正確じゃな。なら娘よ、一割程度の力でも、撃てるか?』
「えっ、一割?……うん、やってみる」
ジョヴェディのリクエストに応え、紡がれる言の葉。やがて放たれた魔法は、刺すような冷たさで骸骨兵の動きを少し鈍くした。
それを見たジョヴェディは、唸る。
『……ふむう。下限とはいえ、ここまで正確に抑えて撃つことが出来るとは……狙いも正確じゃな』
「あら、お爺さま。もっと抑えて撃つことも出来るわよ?」
『……なに?』
その言葉を聞き、ジョヴェディに驚愕の表情が浮かび上がる。
魔法とは、一つ一つの言の葉を、情景を思い浮かべながら丁寧に心を込めて紡ぐことで発現するものだ。
なので、心や感覚といった不安定なものに依存することになる。ある程度の威力のコントロールは出来るが、そこまで正確に、言うなれば、最上級魔法を生活魔法レベルにまで抑えて撃てる訳が——。
「——この前ね、お姉さまに頼まれてやってみたら出来たの。いい? 見ててね、お爺さま」
そう言うなり、ビオラは気の抜けた様子で言の葉を紡ぎ始める。そして魂の抜け落ちた表情で、言の葉は、紡がれた。
「——『いてつくこーりのまほー』」
——ヒンヤリする、ヒンヤリする、骸骨兵たちの周りの空気が。
そのように側から見たら間抜けな絵面だった訳だが——ジョヴェディは目を見開き、破顔する。
抜群の魔力量調整。目の前の娘は、『心を込める』という不確かな分野を、完全に支配下に置いている。
ビオラはふうと息を吐いて、胸を張った。
「どうかしら、お爺さま。今のは百分の一ってところかしら」
『……素晴らしい……! 娘よ、何故そこまで魔法を制御出来る?』
その問いに、ビオラは嬉しげに、そして少し自慢げに答えた。
「アタシはビオラ。三代目『南の魔女』ビオラよ。お婆さまに徹底的にしごかれたんですもの。このくらい、ワケないわ」




