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ライラと『私』の物語  作者: GiGi
第六部 第二章
354/507

トロア流迎撃戦 09 —彼女—





「……くっ!」


 ヘルタは反射的に剣を抜き、構えようとする。


 しかしそこにはもう、リョウカの姿はなかった。


「……ぁ……れ?」


 突然、ヘルタの視界が、地面を映し出す。



(……何が……起こった……の……?)



 ヘルタは自身の首が斬り落とされたことに気がつくことはなく、意識は途切れゆき——状況も理解出来ぬまま、その長い魔族としての生涯を終えたのであった。



 リョウカは血を払う所作を行い太刀を鞘に収め、ヘルタの亡骸から指輪を抜き取った。


 そして茫然としたまま動けぬ周囲の兵たちをよそに、指輪を掲げ、骸骨兵に命令を下す。



『——取り囲め』



 その言葉を合図に、骸骨兵がロゴール軍を取り囲み始めた。状況が理解しきれずに、怯える兵士たち。


 それでも我に返った一人の兵士が、勇気を奮い立たせてリョウカに斬りかかろうとする。


 しかし——ヘルタの時同様、そこにはもう、リョウカの姿はなかった。



 直後、兵士たちの上空を影が通過する。何事かと空を見上げる兵士たち。そこには——。


 兵士たちは見る。悠々と宙を羽ばたいている氷竜の姿を。そして、赤いマントを風にたなびかせながら、二つの首を掲げ、宙に()人物の姿を。


 兵士たちの頭の中に、『女性』の声が響き渡る。



『——私は『白い燕』。見ての通り、あなた達の将の首は討ちとった。そこで提案。素直に降伏するか、それとも最後まで歯向かうか、好きな方を選びなさい』



 彼らは聴いていた。トロア地方を飛ぶ伝説の冒険者をうたった『白い燕の叙事詩』を。


 彼らは直感する。空に浮くあの人物、彼女こそが白い燕に間違いないと。


 彼らは思う。歌なんて当てにならないじゃないか、はっきり言って、それ以上だ、と——。



 忽然と現れては消え、空に浮き、頭の中に直接声を届ける。そして『厄災』を従え、更には竜までをも従えているとは。


 やがて。


 まず、リョウカの強さを目の当たりにしていた将の近くにいた兵士たちが、武器を捨てる。そしてそれは周囲に波及していき——結局、その場にいるロゴール軍、全ての兵たちが武器を捨てた。



 その様子を上空から見下ろすリョウカは息をつき、氷竜に男の声を届けた。


『——ではすまない、サンカ。骸骨兵の処理を、よろしく頼むよ』


『う、うん……でも、なんで私の名前……それに、あなたの匂い……』


 リョウカは軽く肩をすくめ、仮面越しに鼻のあたりに指を当てた。サンカにはその人物がまるで、悪戯っぽい笑みを浮かべているかのように感じられた。


『——じゃあ、よろしく。サンカ、元気でね』


『……あ……』


 何か言いたげなサンカにそう言い残し——リョウカは皆に首尾を報告するため、彼女の目の前から姿を消したのだった——。







 ケルワンでは呆気に取られた一同が、リョウカを出迎える。


 リョウカは敵将の首を地面に置き、皆の頭の中に声を届けた。


『——ご覧の通り、仕事は終えた。では私は、失礼させてもらうよ』


 誰も声を出せない。何しろリョウカは、事前に打ち合わせで聞かされていたとはいえ——敵軍一万二千の迎撃戦を、ほぼ一人で、しかも、一瞬にして終わらせたのだ。


 グリムが呻く。


「……リョウカ……キミは……」


 言いかけてグリムは口をつぐみ、かぶりを振った。リョウカは一体、どんな道を歩んできたのか——だがその質問は、口に出してはいけない気がした。


 リョウカは背を向ける。


『——すまない。『運命の分岐点』まで、もう時間がないんだ。じゃあ——』


 そこまで言ってリョウカは、少し寂しげに、グリムの方に振り向いた。


『——……行ってくるね』


 グリムの頭の中に、聞き慣れた女性の声が響く。そして彼女にだけ声を届けたリョウカは、いつものように忽然と姿を消したのだった——。







 マルテディの砂の壁が兵士たちを囲う。サンカが骸骨兵を処理する。



 ——完全なる、勝利。



 ここケルワン迎撃戦も、こちらに被害を出すことなく終えることが出来た。たった一人の英雄の手によって。



 セレスやケルワンの民兵、そして冒険者たちは、捕虜の対応に向かった。捕虜にする際、若干名の兵士が反逆の意思を見せたが、大半の兵士は従順に従った。


 その様子を見守るグリムの元に、氷竜が降りてきて人の姿を形取る。


 グリムは彼女に近づき声をかけた。


「やあ、サンカ。ありがとう」


「ううん。母様の引越し先だもん、それは別にいいんだけど……」


 何かを言い淀むサンカ。グリムは彼女に、優しく問いかけた。


「リョウカのこと、かい?」


「……うん。あの人から同じ匂いがしたの……あの人は……」


「……そうだね。キミの想像で、間違いないと思うよ。彼女に何が、あったんだろうね」



 二人は見る。リョウカが向かったと思われる地平の先を。


 グリムは考える。


 彼女は言っていた、『赤い世界』のことを、『運命の分岐点』まで、もう時間がないと。



(……リョウカ。キミはいったい、何を見てきたんだい?)



 涼風が吹き抜ける。



 こうしてわずかな疑念を残しながらも、ここケルワンの迎撃戦は、呆気なく幕を閉じたのであった——。




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