トロア流迎撃戦 07 —一つ、二つ、三つ—
「ミランダよ、久しいな。そうだ。我はヴァナルガンドだ。覚えていてくれたか」
ミラの呼びかけに、ヴァナルガンドは口端を吊り上げる。
ミラは過去に、誠司、ノクスと共にヴァナルガンドと戦ったことがある。それが、彼との出会い。
そして数ヶ月前、誠司と莉奈がヴァナルガンドに会いに行った時、ノクスやミラの名前も口にしていたとのことだ。
その時の話を聞くと、どうやらヴァナルガンドは女性の姿を取ったらしい。
だが、今の彼は上半身裸で、筋骨隆々の肉体を惜しげもなく晒している。
疑問に思ったミラは、骸骨兵を威嚇するヴァナルガンドに礼がてら尋ねてみた。
「助かったわ、ヴァナルガンド。でもあなた、女性の姿だ、ってノクスから聞いたけど」
「ああ。あの時はエルフを怖がらせてしまったからな。セイジに言われ、優しげな雌の姿をとったまでだ。雄の姿の方が、格好よかろう?」
「でも、なんで半裸?」
「全裸がよかったか?」
「もう、最低ね」
軽口を叩きながらも、ヴァナルガンドの拳のひと振りで周囲の骸骨兵が吹き飛んでいく。
その時、別の男の声がミラの耳に聞こえてきた。
「オヤジぃ、置いてくなよなあ」
彼女が辺りを見回すと——
「よっと!」
——今度はなんと、痩せマッチョな青年が空から降りてきた。驚くミランダ。
そんな彼女の様子を気にすることなく、ヴァナルガンドは青年に話しかけた。
「すまないな、ハティ。だがこんな楽しげな催し、見過ごす訳にはいかないだろう?」
「はいはい……相変わらずなんだな、オヤジ……」
肩をすくめる青年。ミラは立ち上がって青年を見た。
「あの、ヴァナルガンド? こちらの方は?」
「我が息子、ハティだ。セイジの頼みで大陸の方に迎えに行っててのう」
「んで、オヤジ。なんか変なことになってるけど、月喰っていいのか?」
そうだ。ミラは聞いた話を思い出す。ヴァナルガンドの息子、ハティは『月の光』を喰らうことが出来ると。それはさながら、月蝕のように。
当時『厄災』ルネディと敵対していた誠司は、ヴァナルガンドにお願いをして——いけない、ミラは慌てふためく。
「ダメダメ、今はダメ! ほら見て、月の力で相手の足止めをしているの!」
その言葉を聞いたヴァナルガンドが、怪訝な顔つきで彼女が指差す方を眺めると——人の群れの足元に、影がまとわりついている姿が映った。
ヴァナルガンドは首を傾げる。
「ミランダよ。そもそも、なにが起こっているのだ?」
ガク。ミラは体勢を崩す。この頼もしい狼は、状況も把握していないのに乱入してきたのか——。
ミラは気を取り直し、ヴァナルガンドにお願いをした。
「ねえ、ヴァナルガンド。説明するから、私達に力を貸して!」
†
外壁の上からその様子を見ていたグリムとサイモンは、驚愕の表情を浮かべる。
ソレは、突然戦場に現れた。
青白い炎をその身にまとった、巨大な狼——。
サイモンが呻く。
「あれはまさか……ヴァナルガンド……」
「知っているのか、サイモン!?」
「ん? ああ、まあ、ギルドでも彼の依頼を取り扱っているからね。それにグリム君、君も聴いているだろう。『白い燕の叙事詩』第二番の『白き光が神狼を斬る』編を。あの姿、あの炎、まず間違いないだろうな」
顎に指を当て、戦場を注視するサイモン。
そんな彼らの元に、ミラを抱えた痩せマッチョな青年がピョンと跳んできた。
「ここでいいかい? ミランダさん」
「ありがとう、ハティ。助かったわ」
お姫様抱っこから優しく降ろされるミラ。状況が理解しきれずに唖然とする二人。そんな彼らに向かって、ミラは微笑んだ。
「ヴァナルガンドに骸骨兵を殲滅するようにお願いしたわ。もう大丈夫。冒険者たちを、いったん撤収させて」
†
ヴァナルガンドは駆ける、戦場を、蒼い軌跡を残しながら。
次々と踏み潰されていく骸骨兵。実に呆気ない。
(……まったく……手応えがないのう……)
ヴァナルガンドは駆け続け、蹂躙する。だが、骸骨兵はまだ二千以上はいるだろうか。
立ち止まり、周囲を見渡すヴァナルガンド。うじゃうじゃと寄ってくる骸骨兵。
それを見たヴァナルガンドは、青色吐息を漏らした。
「……ミランダの頼みとはいえ、キリがないのう……一掃するか」
そう漏らして彼は——天へと駆け上がった。
†
ロゴール国将軍、シズモンドは見る。
薄闇の中、宙に駆け上がる銀狼を。天に威風堂々と立つ、彼の姿を。
そして響き渡る、銀狼の遠吠え。
——遠吠え、一つ。
銀狼の周囲に、次々と青白い炎の塊が浮かび上がった。
「……なんだ、アレは……」
その神々しさすら感じられる光景に、シズモンドは心奪われる。そして。
——遠吠え、二つ。
遠吠えに呼応し、次々と降りそそぐ青白い炎の雨。地を穿つその火の玉は爆散し、容赦なく骸骨兵たちを破壊していく。
そしてシズモンドの目に映る、最後の炎。
——遠吠え、三つ。
銀狼の全身が青白い炎に包まれ、彼自身が大地に降りそそいだ。
青白い巨大な火の玉。シズモンドは、感嘆の息を漏らす。
(……美しい……)
直後、大きな衝撃が起こり、風が吹き抜け——
——ロゴール国将軍シズモンドは、恍惚の表情を浮かべながら気を失ったのだった。