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ライラと『私』の物語【年内完結】  作者: GiGi
第六部 第二章
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トロア流迎撃戦 02 —間者、三人—






 時は半月近く前まで遡る——。




 九月の、とある一日。サランディアの街の門は封鎖された。


 そして街の者全員が家族単位で、街の内側、外壁沿いに並ばされたのである。


 どよめきながらも従う街の人々。多少の不満は生じるが、勅令である。何かあったのかもしれないと、街の者は信頼する国王の命令に素直に従う。


 そして——その街の者に扮しているロゴール国の間者、フランクは内心舌打ちをした。


(……まさか、漏れたのか……?)


 この街には間者があと二人、紛れ込んでいる。

 

 もしかして捕まったのか? との不安がよぎるが、いや、昨晩接触した時は二人とも変わった様子はなかった。


 なら、平静を装うしかない。こんな時のために、彼はサランディアの住民登録をわざわざしたのだから。


 だが、残る二人は違う。旅人や行商人のフリをして潜り込んだだけだ。


 上手くやれよ——。


 そんなことを考えながら、フランクは大人しく待ち続けるのだった。




 やがて、一時間も経過した頃。フランクの視界に、集団の影が映る。


 あのいかつい男は、確か元騎士団長のノクスだ。その彼に付き従う兵たち。いや、待て、その先頭にいるのは——。


(……サランディア王!?)


 彼女は一人ひとりに挨拶のようなものをして回っている。


 そして段々と近づいてくるにつれ、彼女が何をしているのかが分かってきた。



「——では、名前を」


「はい、パン・カデロです」


「あなたがパンね。顔、覚えたわ。あれ? 確かあなたの家族、お婆さまもいなかったっけ?」


「あ、はい。母は病気で起き上がるのがしんどく……」


「ああ、それはごめんなさい。ノクス、『東区三番地、赤い屋根の家』」


「おう」


 ノクスが顎をあげると、付き添いの兵士が駆け出していった。


 フランクはまだ理解出来ない。なにをしているんだ……?



「あら、あなたはブルーノ。ブルーノ・ドーリアね。お久しぶり! クレープ、美味しかったよ!」


「お、覚えてくださっていたとは……光栄です」




「あなたはアントニオ・タナシアね。あ、モニカちゃん、大きくなったねー」


「うん! サラちゃんも元気?」


「こ、これ、モニカ……」




「あら、あなたは……?」


「エヴァ・アロイージです。旦那のピーノは足を怪我しておりまして……」


「ああ、ピーノ・アロイージの。ごめんね、いちおう確認させてもらうね。ノクス、『東区七番地、角の集合住宅の302号室』」


「おう」



 また、兵士が駆け出していく。フランクは頭が混乱する。何をやっているんだ——



 ——いや、本当は分かっている。



 ただ、そんなことが出来る人間がいるなんて、信じたくないだけだ。



 ——だってこの街には一万五千人近くの住人、四千世帯もあるんだぞ……?



 そしていよいよ、フランクの番がやってきた。


「あなた、お名前は?」


 サラの瞳が、フランクを覗き込む。全てを見透かすかのような目。


 たかが女風情が王などと高を括っていたが、とんでもない。


 目の前の女性は、王の威厳に満ち溢れている——。


 フランクは唾を飲み込み、平静を装って答えた。


「……フランク・マリオッティ……です」


 その名前を聞き、サラは和かに微笑んだ。


「ああ、一か月くらい前に越してきた」


 フランクは胸を撫で下ろす。住民登録をしておいて、よかった——


「ごめんね。もうちょっと詳しく調べさせてもらうね。ノクス、詰所へ」


「え?」


「おう、悪いな。一か月前に来たとか時期が悪い、時期が」


「そんなあ!」


 ——こうしてフランクは、詰所へと連れていかれたのである。





 間者の一人マルコは、顔を青くしながらその時を待っていた。


 聞こえてくる話だと、外部から来た旅人や行商人は、一人ずつ城で面談しているらしい。


 なら、街の住民になりきるしかない。こんな時のために、長期に渡り国を空けている住民の名前は何人かおさえてある——。


 そしてマルコの番。


「あなた、お名前は?」


「はい、ジーノ・カルダーラです」




 一瞬の静寂。どうだ。




「はい、不敬」


「よし、こっち来い」


「えっ!?」


 強引に兵士に押さえつけられるマルコ。なぜ——彼は必死に、言い訳をした。


「違うんです! 最近、この街に戻ってきて……」


「……いや、そもそも顔違うし……」


「はあっ!?」


「そういうことだ。大人しくしやがれ」


 ポカッ。マルコの頭にノクスのゲンコツがとぶ。薄れゆく意識の中、マルコは己の選択を悔やんだ。


 ——ジーノ・カルダーラと王が顔見知りだったとは……別のやつにしとけばよかった……。


 無念。


 ただ、彼のおさえていたどの名前を名乗っていたとしても、この街の国民の名を騙った以上、彼の迎える結末は変わらなかったであろう。





 ここは地下下水道の片隅。ロゴール国の間者の女性ノーラは、不快臭の漂う中、息を殺して潜んでいた。


(……まったく、臭いったらありゃしない!)


 と、心の中で毒づくが、街に不穏な動きがあることに間違いはない。もしかしたらバレたのかも知れない。フランクやマルコは大丈夫だろうか——。


 もう少し様子を見て、駄目そうだったらこの街から逃げだそう。そして本国に連絡を——そう考えていた時だった。


 突然、背後から声をかけられた。



「やあ、お嬢さん。こんな所で、何をしているのかね?」



 心臓が跳ね上がりそうになる。言い訳を考えながら、ゆっくりと振り向こうとしたが——ノーラの首に、刃が当てられているのが分かった。


「……ヒッ!」


 思わず声を漏らすノーラ。こんな場所に来る者など、いるはずはないと思っていたのに——。


 男は冷酷な声で続ける。


「知っているだろう? 今、街の者が集められているのを。君はこんな所で、何をやっている?」


 男からの殺気が、ノーラを刺す。まるで『魂』に死神の鎌を当てられているような感覚。


「……ふひゃう」


 ノーラは情け無い声を上げ——気を失った。


 男はその様子を見て、頭を掻いた。


「……ああ、またやってしまったな。まあ、こんな所に潜んでいるんだ。まず、間違いないだろう——」


 そう呟いて、男は通信魔法を立ち上げた。


「——こちら誠司。地下下水道にて一人確保。地上に上がる、迎えに来てくれ」


『——こちらアレン。セイジさん、ありがとうございます。直ちに向かいます——』




 こうしてサランディアに潜んでいた三人の間者は、サラの力技によって、半日も経たずに炙り出されたのであった。




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