トロア流迎撃戦 02 —間者、三人—
時は半月近く前まで遡る——。
九月の、とある一日。サランディアの街の門は封鎖された。
そして街の者全員が家族単位で、街の内側、外壁沿いに並ばされたのである。
どよめきながらも従う街の人々。多少の不満は生じるが、勅令である。何かあったのかもしれないと、街の者は信頼する国王の命令に素直に従う。
そして——その街の者に扮しているロゴール国の間者、フランクは内心舌打ちをした。
(……まさか、漏れたのか……?)
この街には間者があと二人、紛れ込んでいる。
もしかして捕まったのか? との不安がよぎるが、いや、昨晩接触した時は二人とも変わった様子はなかった。
なら、平静を装うしかない。こんな時のために、彼はサランディアの住民登録をわざわざしたのだから。
だが、残る二人は違う。旅人や行商人のフリをして潜り込んだだけだ。
上手くやれよ——。
そんなことを考えながら、フランクは大人しく待ち続けるのだった。
やがて、一時間も経過した頃。フランクの視界に、集団の影が映る。
あのいかつい男は、確か元騎士団長のノクスだ。その彼に付き従う兵たち。いや、待て、その先頭にいるのは——。
(……サランディア王!?)
彼女は一人ひとりに挨拶のようなものをして回っている。
そして段々と近づいてくるにつれ、彼女が何をしているのかが分かってきた。
「——では、名前を」
「はい、パン・カデロです」
「あなたがパンね。顔、覚えたわ。あれ? 確かあなたの家族、お婆さまもいなかったっけ?」
「あ、はい。母は病気で起き上がるのがしんどく……」
「ああ、それはごめんなさい。ノクス、『東区三番地、赤い屋根の家』」
「おう」
ノクスが顎をあげると、付き添いの兵士が駆け出していった。
フランクはまだ理解出来ない。なにをしているんだ……?
「あら、あなたはブルーノ。ブルーノ・ドーリアね。お久しぶり! クレープ、美味しかったよ!」
「お、覚えてくださっていたとは……光栄です」
「あなたはアントニオ・タナシアね。あ、モニカちゃん、大きくなったねー」
「うん! サラちゃんも元気?」
「こ、これ、モニカ……」
「あら、あなたは……?」
「エヴァ・アロイージです。旦那のピーノは足を怪我しておりまして……」
「ああ、ピーノ・アロイージの。ごめんね、いちおう確認させてもらうね。ノクス、『東区七番地、角の集合住宅の302号室』」
「おう」
また、兵士が駆け出していく。フランクは頭が混乱する。何をやっているんだ——
——いや、本当は分かっている。
ただ、そんなことが出来る人間がいるなんて、信じたくないだけだ。
——だってこの街には一万五千人近くの住人、四千世帯もあるんだぞ……?
そしていよいよ、フランクの番がやってきた。
「あなた、お名前は?」
サラの瞳が、フランクを覗き込む。全てを見透かすかのような目。
たかが女風情が王などと高を括っていたが、とんでもない。
目の前の女性は、王の威厳に満ち溢れている——。
フランクは唾を飲み込み、平静を装って答えた。
「……フランク・マリオッティ……です」
その名前を聞き、サラは和かに微笑んだ。
「ああ、一か月くらい前に越してきた」
フランクは胸を撫で下ろす。住民登録をしておいて、よかった——
「ごめんね。もうちょっと詳しく調べさせてもらうね。ノクス、詰所へ」
「え?」
「おう、悪いな。一か月前に来たとか時期が悪い、時期が」
「そんなあ!」
——こうしてフランクは、詰所へと連れていかれたのである。
間者の一人マルコは、顔を青くしながらその時を待っていた。
聞こえてくる話だと、外部から来た旅人や行商人は、一人ずつ城で面談しているらしい。
なら、街の住民になりきるしかない。こんな時のために、長期に渡り国を空けている住民の名前は何人かおさえてある——。
そしてマルコの番。
「あなた、お名前は?」
「はい、ジーノ・カルダーラです」
一瞬の静寂。どうだ。
「はい、不敬」
「よし、こっち来い」
「えっ!?」
強引に兵士に押さえつけられるマルコ。なぜ——彼は必死に、言い訳をした。
「違うんです! 最近、この街に戻ってきて……」
「……いや、そもそも顔違うし……」
「はあっ!?」
「そういうことだ。大人しくしやがれ」
ポカッ。マルコの頭にノクスのゲンコツがとぶ。薄れゆく意識の中、マルコは己の選択を悔やんだ。
——ジーノ・カルダーラと王が顔見知りだったとは……別のやつにしとけばよかった……。
無念。
ただ、彼のおさえていたどの名前を名乗っていたとしても、この街の国民の名を騙った以上、彼の迎える結末は変わらなかったであろう。
ここは地下下水道の片隅。ロゴール国の間者の女性ノーラは、不快臭の漂う中、息を殺して潜んでいた。
(……まったく、臭いったらありゃしない!)
と、心の中で毒づくが、街に不穏な動きがあることに間違いはない。もしかしたらバレたのかも知れない。フランクやマルコは大丈夫だろうか——。
もう少し様子を見て、駄目そうだったらこの街から逃げだそう。そして本国に連絡を——そう考えていた時だった。
突然、背後から声をかけられた。
「やあ、お嬢さん。こんな所で、何をしているのかね?」
心臓が跳ね上がりそうになる。言い訳を考えながら、ゆっくりと振り向こうとしたが——ノーラの首に、刃が当てられているのが分かった。
「……ヒッ!」
思わず声を漏らすノーラ。こんな場所に来る者など、いるはずはないと思っていたのに——。
男は冷酷な声で続ける。
「知っているだろう? 今、街の者が集められているのを。君はこんな所で、何をやっている?」
男からの殺気が、ノーラを刺す。まるで『魂』に死神の鎌を当てられているような感覚。
「……ふひゃう」
ノーラは情け無い声を上げ——気を失った。
男はその様子を見て、頭を掻いた。
「……ああ、またやってしまったな。まあ、こんな所に潜んでいるんだ。まず、間違いないだろう——」
そう呟いて、男は通信魔法を立ち上げた。
「——こちら誠司。地下下水道にて一人確保。地上に上がる、迎えに来てくれ」
『——こちらアレン。セイジさん、ありがとうございます。直ちに向かいます——』
こうしてサランディアに潜んでいた三人の間者は、サラの力技によって、半日も経たずに炙り出されたのであった。




