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ライラと『私』の物語【年内完結】  作者: GiGi
第六部 第一章
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魔女狩り 04 —東部・ケルワン—






 同時刻、より少し前。トロア地方東部、オッカトル共和国ケルワン近郊。


 闇も薄まり、澄んだ朝焼けが訪れようとする気配の中——ロゴール国将軍アキナスは魔法国からの使者、魔族の耳を持つ女の戦士、ヘルタに語りかける。


「ヘルタ殿。いよいよだな」


「ああ、そうだな。ここが多分一番激戦区になると予想される。アキナス殿も気を引き締められよ」


 武人の重々しい口調に、同じような口調で返すヘルタ。



 ——『東の魔女』魔人セレスの討伐。ロゴール軍四千に加え、骸骨兵八千。


 ブリクセンに攻め入る本隊を除けば、ここが最大規模である。



 武人アキナスは、ヘルタに改めて問う。


「では、最後の確認だ。骸骨兵に街を囲ませ、我々ロゴール軍が正面突破をし、街になだれ込む。そして——」


 アキナスは淡々とした調子で続ける。


「——『東の魔女』セレスが出てくるまで、街の者を殺し続ければよいのだな」


「そうだ。『東の魔女』セレスは、そういうのが放っておけない性格みたいだからな。殺し続けていれば、いつかは出てくるだろう」


 事前調査では、セレスの住処は分からなかった。『魔女の邸宅』はだいぶ前に引き払われ、街のどこかに引っ越したらしいが——セレスの許可がない者には、住所は教えられないとのことだった。


 下手に嗅ぎ回って警戒させる訳にもいかず。結果、アキナスとヘルタの出した結論は、『虐殺』に落ち着いた。


「……全く、権威を象徴する場所に住んでいてくれれば、余計な手間をかけずに済んだものを」


「ふふ。そんなことを言っているが……アキナス殿。貴殿、実に楽しそうな顔をしておられるぞ?」


 ヘルタのその言葉にアキナスは咳払いをし、緩んだ頬を引き締める。


 武人アキナス。彼がこの戦い、ブリクセン以外で一番の激戦区になると予想されるケルワン攻めを任されたのは、ひとえに、その冷酷さにある。


 彼が通った後には、草も生えない——その容赦のない武力行使を見た者から、いつしか彼は『武人』と称されるようになった。


 ヘルタはアキナスの顔を横目で見る。


「だが、アキナス殿。セレスという者、『魔人』と怖れられているぐらいには強いみたいだ。十分に注意されよ」


「ふん、相手にとって、不足なし——」


 アキナスは遠くに見えるケルワンの街の影を睨んだ。


「——『武人』と『魔人』、どちらが上か……しかと、その目に焼きつけるがいい」









「——みたいなこと、言ってたっすよ」


 ここはケルワン。『姿を溶け込ませる魔法』の力が込められた布を剥ぎ取り、偵察から帰ってきた三つ星冒険者ジュリアマリアが、街の入り口付近で待機しているセレスに報告する。


 その報告を聞いた『東の魔女』魔人セレスは、オロオロし始めた。


「もう、なんなのよ! なによ『武人』って! ていうか、なんでウチだけこんなに相手の数多いのっ!?」


 そう。この街を目指している相手の軍は、骸骨兵も合わせれば一万二千。セレスがオロオロするのも致し方ない。


 そんな彼女を見て、彼女の右腕を務めるマッケマッケはため息をついた。


「セレス様、お静かに。うちよりブリクセンの方が数が多いですから。まあ、それだけセレス様が警戒されてるってことでしょう」


「あら、それは迷惑な話だわ。でもね——」


 セレスは息を吐き、真剣な表情でロゴール軍がいる方角を見据えた。


「——街の人を殺し続けるですって? 聞き捨てならないわね」


「ええ、あーしも同感です。でも、おかげで……」


 同じく地平を睨むマッケマッケに、セレスは頷いた。


「ええ。こちらも、容赦しなくて済みそうね」


 静かに怒りを湛える二人。その二人の様子をチラと見ながら、三つ星冒険者である獣人族のボッズが前に出た。


「ふん、武人か。面白い。是非、手合わせを願おう」


 戦場に向かい歩き出そうとするボッズ。気持ちの昂りからかパタパタする彼の尻尾を、ジュリアマリアが慌てて引っ張って止める。


「作戦を乱すな、クソ狼! ウチらの役割、忘れたんっすか!?」


「むう。しかし大丈夫なのか? オレ達は敗残兵の処理をするだけで」


 その質問には、青髪の女性——ケルワンに常駐しているグリムが答える。


「ああ、問題ない。キミ達は控えていてくれ。それにしても——」


 そこまで言って、グリムは肩を揺らした。


「——『武人』と『魔人』どちらが上だの、ここが一番の激戦区になるだの……まったく、思い違いも甚だしい。お前達の予定通りには、何一つ、ならないというのに」


 グリムは口角を上げる。


「このケルワンが一番、呆気なく終わるだろう。頼んだぞ、マルテディ」


「はいっ!」


 その呼びかけに気合いを入れて応えたのは、砂の『厄災』、マルテディだ。


 続けて——グリムは、壁にもたれかかり座っている人物に向かって、声をかけた。



「——そして、頼んだぞ。リョウカ」



 グリムの呼びかけに、『義足の剣士』は立ち上がる。


 ボロボロになった赤いマントを風にたなびかせ、リョウカは答えた。


『——ああ、任せてくれ。君達は何の心配もしなくていい』


 リョウカの声が、頭の中に響く。グリムはリョウカの腰の辺りに目線をやり、鼻で息を吐いた。


「それにしても助かったよ。キミが来てくれて。でも、キミは……」


『——……————、————…………』


 何かを言いたげなグリムの言葉を遮り、リョウカはグリムにだけ声を届ける。それを聞いたグリムは、頬を緩めた。


「……ああ、わかった。頼らせてもらうよ、『リョウカ』。さて……」


 グリムは敵軍が動き出す様子を眺めながら、リョウカに語りかける。


「とりあえずここは大丈夫だろう。問題は『南』だな……リョウカ、本当に大丈夫なのかい?」


『——はは。あそこには『対軍最強の人物』が向かっている。もうすぐ着くはずだよ——』


 リョウカは肩を鳴らしながら、確信を持って、告げた。



『——運命がそう、言っているからね』




 ケルワン迎撃戦。ロゴール軍と骸骨兵、合わせて一万二千に対し、ケルワン側は実力者、若干名。



 トロアの精鋭の前には、数など何の役にも立たない——そんな戦いが、始まる。




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