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ライラと『私』の物語【年内完結】  作者: GiGi
第六部 第一章
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魔女狩り 01 —ブリクセン・北東—






 トロア地方、ブリクセン国、北東部国境。


 朝焼けの中、そこを目指して山間の谷を進軍する、大量の兵団の姿があった。



 ——その数、約二万。



 軍は滞りなく、ゼンゼリア国境付近の関所を抜けた。その軍を率いるロゴール国将軍ペステラーゼは、今回の作戦を頭の中で反芻する。



 まず、先発隊はロゴール兵の二万。更には後続で、ゼンゼリア兵の一万五千が続く予定だ。


 正直、奇襲という点を考えれば、ロゴール兵だけでも過剰な戦力なのだが——ゼンゼリア国も同盟国として、兵を出さない訳にはいかないのだろう。


 ゼンゼリアを先に進軍させることも考えたが、何しろゼンゼリアはこの戦、勝ってもトロア地方の領土権を放棄しているのだ。


 なので必然的に、ロゴール国が先陣を切るしかない。万一、総力戦になれば痛手ではあるが——直前の情報でも、ブリクセンには動きは見られない、とのことだった。


 なら、簡単だ。この兵力で一気にブリクセン城を制圧すればいい。


 南からはロゴール軍三千にヘクトールの魔物兵も進軍しているはずだ。例え『北の魔女』と呼称されるハウメアがどんなに凄い人物だったとしても、逃げきれる訳はないだろう。


 そう、勝利は確定している。あとはただ、ハウメアを逃がさないことだけが目的だ。


 ヘクトールの使者は言っていた。『土地は自由にしていいが、魔女の首だけは絶対にとれ』と。


 その為の、朝焼けの中の奇襲。気づいた時には手遅れであろう。


 そして首尾よく作戦が完了すれば、この戦の最高司令官であるペステラーゼがこの地方の統治を任されることになっている。


(……クックックッ……もうすぐトロアが、俺のものに……)


 ペステラーゼは溢れ出そうになる笑いを噛み殺し、真っ直ぐに目的地、ブリクセンを見据えるのであった。





 軍隊は進む、粛々と。目的地であるブリクセンに向かって。


 そして、ついに——ブリクセン国の国境が見えてきた。


 ゼンゼリア国と同じく、関所によって仕切られている国の入り口。その門は、開いている。


 ここを越えれば、ブリクセンだ。ペステラーゼが号令を下し、門へと向けて駆け出そうとした、その時だった。


 斥候に出ていた兵士が、慌てた様子で駆け戻ってきた。


「ペステラーゼ閣下、大変です!」


「……どうした?」


 ペステラーゼは号令を止め、斥候のことを睨む。兵士は怯えながらも、荒い息を整え、自身が目にした光景をペステラーゼに伝える。


「……私達の進軍が、バレていたようです。関所から、人が……」


「なに?」


 兵士の言葉を聞き、関所を眺めるペステラーゼ。だが、ブリクセン軍が出てきた様子は窺えない。


「……何も、見えんぞ?」


「は、はい。出てきたのは、二人だけでしたので……」


「二人? まあ、奴らも我が軍は確認しただろうからな。おおかた、関所に常駐している兵が様子を見に出てきたのだろう——」


「——違うんです!」


 ペステラーゼの言葉を遮って叫ばれる兵士の声。ペステラーゼが何か言う前に、兵士は続ける。


「——ハウメアです! ハウメアが出てきたんです!」


「……は?」


 思わず気の抜けた返事をしてしまうペステラーゼ。ハウメアが、出てきた?


「……他には?」


「……あ、はい、そのう……その隣に、少女が一人……」


 兵士は見たままの事実を告げる。ペステラーゼは固まる。状況が全く理解出来ない。


「どういうことだ? 見間違いではないのか?」


「……い、いえ……私は以前、見たことがあります。あれはハウメアに、間違いありません」


「むう……」


 ペステラーゼは考える。ハウメアが出てきたということは、どこかで情報が漏れたのかも知れない。


 だが——今回の戦の一番の目的は、ハウメアの首をとることだ。城にいなかったら、手を焼くところだった。


 それがわざわざ、向こうから出てきてくれたのだ——ペステラーゼはニィと笑う。


「馬鹿よのう、ハウメア! 大将が一人で前に出てきて、どうする!」


「……あの、二人です……」


「うるさいわい、一人も二人も変わらん! 皆の者、これは千載一遇の好機である!」


 ペステラーゼは歓喜に満ちた表情で、関所を指差し、号令を下した。



「——目指すはハウメアの首、ただ一つ! 全軍、突撃!」








 関所の前に立ち、軍隊が動き出したことを確認したハウメアは、スッと右手を上げる。


 それを合図に、関所の扉は閉まり始めた。


 そこでハウメア、大あくびを一つ。迫り来る土煙を寝ぼけまなこで眺めながら、隣にいる少女に漏らす。


「……ふうぁふ……まったく、わたしは朝、弱いんだ。勘弁して欲しいよねー」


「……ハウメアちゃん……」


 ハウメアの腰のたけぐらいの少女は、不安そうにハウメアの顔を見る。そんな彼女の頭に、ハウメアは優しく手を置いた。


「悪いね、メルちゃん。こんなことに巻き込んじゃって」


 その言葉に少女——いや、少女くらいの背丈まで再生を終えている氷の『厄災』メルコレディは首を横に振る。


「ううん。ここでヘクトールを止めなきゃ、またわたしみたいな人が生まれちゃうかも知れないから……」


「うん、そうだね。でもね、メルちゃん、あなたは目を瞑っててもいい。わたしに力を、貸してさえくれれば」


 優しすぎる『厄災』メルコレディ。しかし彼女は、決意を込めた強い眼差しでハウメアを見た。


「わたしも戦う。みんなを、守りたいから」


 メルコレディの決意を聞き、ハウメアは寂しそうに目を閉じる。彼女はもう、人を傷つけたくないだろうに——。


「ありがとうね、メルちゃん——」


 ハウメアは目をゆっくりと開き、メルコレディの手を引き、一歩前に出た。


「——じゃあ、始めようか。戦争を」





 ブリクセンとゼンゼリアの国境戦。ロゴール軍二万とゼンゼリア軍一万五千に対し、ブリクセン国は二人。戦争とも呼べない戦争が始まる。



 更にここでの開戦と同時刻——トロア地方各地において、戦いの火蓋は切られたのであった。





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