そして私は街を駆ける 06 —ライラとクレープ—
「こんにちは。隣りいいかな?」
突然、声を掛けられ、誰かが隣に座った。
ライラが横を向くと、そこには小麦色の肌の女性が座っていた。ライラは驚く。さっきまでライラの前に並んでいた女性だ。
「お姉さん、さっきの——」
「死にそうな顔してるんだもん、心配して後つけてきちゃったよー。あの店って、すぐ売り切れちゃうんだよねえ。だいたいみんな分かってて並んでるんだけど……もしかして知らなかった?」
女性の質問に、ライラは力なく頷いた。
「うん……私、この街来たの今日が初めてで……でも、見てたらすっごい食べたいって思って……そっか、売り切れちゃうんだね」
「ああ、なるほど。初めてこの街に来たんだ。そりゃ、知らないハズだあ。そっかそっか」
そう言って、女性は紙袋の中をガサガサ漁る。
そして、袋の中からクレープを取り出し、笑顔でライラに握らせた。
「はい。チョコストロベリークレープキジカタナッツオオメクリームマシマシだよ。食べていいよー」
「えっ、何で……?」
何でクレープをくれようとするのか、何でライラの欲しかったものが分かるのか、ライラの頭の中は疑問符で一杯だ。女性は笑いながら言う。
「だって、あたしの後ろでずっとつぶやいてるんだもん。あたしもそれ食べたくなっちゃってさー。でも、もう一つあるからね、遠慮せずそれ食べていいよ」
「え、でも……」
言葉とは裏腹に涎を垂らしまくっているライラの頭を、女性はポンと撫でた。
「あたしね、この街が好きなんだ。だからね、この街をあなたにも好きになって貰いたい。ようは、ただのあたしのお節介。食べてくれると嬉しいな」
「うう……お姉さん、ありがとう。では、いただきますっ!」
女性の屈託のない笑顔に、ライラはお礼を言いクレープにかぶりつく。
その瞬間、口の中に芳醇な甘味とふわふわの食感が広がった。
「んふー!」
ライラは目を輝かせ、クレープを指差し女性の肩をパンパンと叩く。
そして、二口目、三口目と、どんどんかぶりついていった。
「おいひー!」
「うふふ。気に入ってくれた?あたしも食べちゃおー」
女性も紙袋からクレープを取り出し、食べ始めた。
——幸せな時間が過ぎてゆく。
「ごちそうさまっ!」
ライラは食べ終わった後も、口の周りについたクリームを指で取ってペロペロ舐めている。その様子を眺める女性も、幸せそうだ。
「そんなに美味しそうに食べてくれると、あげた甲斐があったね。はい、あたしもごちそうさまっ」
そう言って、女性は最後の一口を口の中に放り込んだ。
そこでライラは気づく。クレープをご馳走してくれた女性に対して、まだ自己紹介をしていないではないか。
「あっ、ごめんなさい。私、ライラっていいます。十六歳です!」
「ああ、そういえばまだだったね。あたしはアナ。年齢は……内緒でもいい?」
アナは苦笑いしながら頬をかき、ライラに右手を差し出した。
ライラはアナの右手を両手で掴み、ブンブンと握手する。
「よろしく、アナ!」
「よろしくね、ライラちゃん。ところで、ライラちゃんは一人なの?」
「うん、一人で街を見て回ってるの」
その言葉を聞き、アナは眉をしかめる。そして、若干声を落としてライラに話し掛けた。
「ええとね、一人でいるあたしが言うのもなんだけど……今ね、あまり女の子が一人で歩き回らない方がいいかも」
「……なんでかな?」
聞くまでもない。人攫いの件であろう。こんな街娘まで知り得てる程の規模なのか、とライラは驚いた。だが、ライラは念の為、知らないフリをする。
「——それがね、今この街で女性が攫われているらしいの。まったく、あたしの大好きな街でなにしてくれてんだって感じ。まあ、さすがにこんな真昼間なら大丈夫だと思うけどねー」
アナはつまらなさそうに鼻を鳴らす。
そう、誠司や莉奈が外へ出るなと言っていたのは、それを危惧してのことなのだ。
「……そっか。もっと色んなとこ見て回りたかったんだけどなあ」
ライラは急に申し訳ない気分になり、諦めの声をもらす。
そのライラの言葉を聞き、アナがまるで当たり前かのように口を開いた。
「じゃあさ、夕方まででよければあたしが案内してあげようか? 二人なら、人の多いとこ歩けば全然問題ないし。それにあたし、この街のこと、色々知ってるよ」
「え? ほんと!?」
ライラの顔がパァッと輝く。
もし現地人であるアナに案内して貰えれば、色々な場所を知ることが出来る。まさに渡りに船だ。
ライラの反応を見て、話は決まったとばかりにアナは立ち上がり、耳に手を当てる。通信魔法だ。
「——あ、もしもし、お母さん? クレープ売り切れてたよー——え? しょうがないじゃん。あ、それとあたし、ちょっと寄り道するから——うん、仕事には直行するよ——わかった、じゃあねー」
通信を終えたアナは、ライラに手を伸ばす。
「んじゃ、ライラちゃん、行こっか」
「え……私、もしかして、お母さんのクレープ……」
通信魔法の内容が聞こえ顔を青くするライラに、アナはにっこりと笑いかける。
「あー、いいのいいの。お母さん、週四であそこのクレープ食べてるから。それよりどこ行こっか。どんな所見てみたい?」
「うんっ! えとね、えとね——」
ライラはアナの手を取り立ち上がる。
アナに色々案内して貰えれば、明日の莉奈との買い物が、もっと素晴らしいものになるはずだ。
期待に胸を膨らませ、ライラはアナと共に歩き出すのだった——。




