エピローグ ④
†
翌早朝。
『魔女の家』の玄関前には、『支配の杖』を大事そうに抱えながら大きなバッグを持つカルデネと、彼女に付き添うレザリアの姿があった。
「……では行きましょうか、カルデネ」
「……うん」
名残惜しそうにカルデネは魔女の家を見上げる。やがて軽く目をつむり、振り返って一歩踏み出そうとした、その時だった。
「ちょっと大荷物なんじゃない? どういうことかな、カルデネ」
その声に驚きカルデネが声のする方を見ると——物陰から莉奈が歩み出てきた。
彼女の姿を見てカルデネは少し慌てた様子を見せたが、やがてうつむいてポツリと言葉を出した。
「……うん、昨日話した通り、妖精王様に支配の杖をお返ししに——」
「それだけなら、そんなに荷物を持っていくことないんじゃない?」
カルデネの方に歩みよる莉奈。彼女は真っ直ぐに、カルデネを見つめた。
「カルデネ。家を出るつもりなんでしょ?」
その質問に答える代わりに、カルデネはうつむいた姿勢のまま寂しそうな微笑みを浮かべた。
彼女の様子を横目で見たレザリアが、慌てて言い訳をする。
「あの、リナ。カルデネにも理由がありまして……」
「そう。聞かせてくれる? カルデネ」
沈黙。莉奈は静かにカルデネの言葉を待つ。カルデネは顔を上げ、莉奈の顔を真っ直ぐに見つめ返した。
「うん。セイジ様とライラも在るべき形に戻れて、私の役目は終わったから……」
「一つだけ、聞かせて」
莉奈はカルデネに、問う。
「この家から、出て行きたかったの?」
「……そんなことない!」
思わず大きな声を出してしまい、キュッと唇を噛み締めるカルデネ。しかし彼女は意を決し、莉奈に自分の心情を静かに吐露し始めた。
「私だって、ずっと皆んなと一緒にいたいよ……。でも、セイジ様もライラも、そしてリナも、ようやっと幸せな家族の形を手に入れたんじゃん。私なんかがいたら、邪魔になっちゃう……」
「誰かが言ったの? カルデネが邪魔だって」
「……それは……」
勿論、言われてなんていない。カルデネが自身で判断したことだ。
誠司がカルデネを迎え入れる時に出した条件、『とりあえずは君が一人で歩ける様になるまで』。それを気にしているのだろう。
レザリアは思い返す。いつかの洞穴でカルデネと交わした、恋話を。
——「……うん、セイジ様と約束したの。あの家にいていいのは、私が独り立ちできるまでって。きっと私は邪魔者だから、早く力をつけて、セイジ様の恩義に報いて、独り立ち出来るように頑張らないと……」
結局、レザリアが説得するもカルデネは今日の旅立ちを決めた。
涙ぐみながら莉奈の顔も見れずにうつむいてしまう彼女を見て、レザリアはため息をつく。
人の心の動きには聡いのに、なんで自分絡みのことは見えないのでしょうね——と。
すっかり押し黙ってしまったカルデネを見て、莉奈は彼女のことをジト目で見て、つぶやいた。
「『胸を大きくする魔法』」
「……え?」
カルデネは顔を上げる。
「約束したよね。『胸を大きくする魔法』の最適化に挑むって」
「……あっ」
そうだ。莉奈達が北に旅立つ前の温泉で、半ば無理矢理にカルデネは約束させられたのだ。
莉奈は鼻で息を吐いて、踏ん反り返る。
「この家の家族として、改めてあなたにお願いする。カルデネ、『胸を大きくする魔法』を、魔力量57の私でも唱えられるように最適化してちょうだい。それが出来るまで、あなたをこの家から逃がさない」
「……リナ、ごめん……それ、一生かかるかも……」
困惑しながらも事実を告げるカルデネに、莉奈は「くっ!」とよろめきながらも、笑顔で答えた。
「よし、じゃあ生涯を捧げて。でも……出来れば私が死ぬ前に、お願いね」
「……いいの? 私なんかがいて……」
恐る恐る莉奈に視線を合わせる彼女の頬は、濡れていた。莉奈は大きく、頷く。
「当たり前じゃん。私も、皆んなも、カルデネのこと待ってるから。だから全部終わったら、この家でまた会おうね!」
「……うん……うんっ!」
こうしてカルデネは手を振り、レザリアと共に妖精王アルフレードの元へと出かけていった。
その姿を部屋の窓からこっそり覗いていた誠司は、安堵の息をつく。
(……カルデネ君は大丈夫そうだな。さて……)
誠司はベッドでスヤスヤと眠っているライラを、愛おしそうに見つめる。
そして静かに目をつむり、独り言をつぶやいた。
「……まったく、念願の家族旅行が、この様な形になってしまうとはな——」
誠司は右手を開き、閉じる。問題ない。私は、戦える。
「——願わくば、これで最後にして欲しいものだがね。私はゆっくり、家族と過ごしたいんだ」
カーテンの隙間から差し込む朝日が、誠司の横顔を照らす。
手に入れた幸せ——ただ、今は、ゆっくりと享受している暇は、ない。
そう、半月後、戦争が始まるのだから。
お読みいただきありがとうございます。
これにて第五部完結。活動報告に「あとがき的な何か」を掲載しますので、お時間のある方は、是非。
次回、明後日(8/21)より第六部を隔日投稿いたします。
十分なストック量が溜まりしだい毎日投稿に戻しますので、引き続きお楽しみいただけると幸いです。よろしくお願いします。




