エピローグ ①
あれから、約半月後——。
西の森の『魔女の家』に、誠司達の姿はあった。
「——では、特に変わったことはなかったと」
「ええ、セイジ。平穏そのものでしたよ。まあ、荷物を届けに来てくれたノクスさんは退屈そうにしてましたけど」
心配する誠司に、ヘザーはクスリと笑って返す。
——後に調査した話になるが、結論を言うと、結界の綻びはあった。人為的に破壊された形跡と共に。
だが、小さい魔物が通れる程度の綻びであったため、とりあえずは放置をすることにした。
グリムの推測では、「彗丈の言う通り、結界を破れるかどうかの『実験』をしたのだろう」ということだった。なら、こちらが気づいたことを相手に知られてはならない。
ひと通りの近況報告を終えた誠司達の元に、カルデネがやってくる。
そして彼女は、優しげな視線で誠司に告げた。
「セイジ様、お待たせ。準備は出来たよ——」
その言葉に、誠司は唾を飲み込む。
——そうだ。私は帰ってこれたんだ。生きて『我が家』に。悲願を叶えるために——。
カルデネは潤み始めた瞳で、万感の想いを込め、続けた。
「——セイジ様とライラを在るべき形に戻す研究、ついに、終わったよ……」
†
何もない空間。
そこには今、誠司とヘザー、カルデネの姿があった。
誠司は中腰になり、空間に横たわって眠っている少女を優しく見つめ、声をかけた。
「——ライラ、起きなさい」
一瞬の光に包まれる二人。その光が晴れた先、二人の位置は入れ替わっていた。
ライラはゆっくりと目を開け、久しぶりの父親の姿を見る。
「……お父さん」
「おはよう、ライラ」
澄んだ空色の瞳で、誠司を見つめるライラ。少女はゆっくりと父親に近づき、その右腕にそっと触れた。
「……よかった。お父さんの腕だ……」
少女の瞳に涙が浮かび上がる。莉奈から、みんなから聞かされてはいたが、あの時失われた誠司の右腕——それは今、彼の右腕にしっかりとついていた。
誠司はライラの頭を撫でる。
「……ありがとうな、ライラ。ライラのおかげで、私は……私達は助かった。ありがとな」
無言で首を横に振るライラ。少女はたまらず、誠司の胸に飛び込んだ。
「……怖かったの、お父さんがいなくなるのが。私、それで怒って、許せなくって……」
「ありがとう、ライラ。君は私の、自慢の娘だ」
「お父さん……お父さん……」
上手く想いを言葉にできない娘を、優しく抱きしめる誠司。
その光景を見守るヘザーとカルデネの元に、空間の管理者が近づいてきた。
「初めまして。話には聞いている。君が、カルデネだね?」
「……はい。本当に妖精王様と、同じ姿をしておられるのですね……」
「そうらしいね。僕を作った人だ。必然的に、同じ形をとってしまうのだろう——」
妖精王アルフレードと空間の管理者は、同じ姿をしている。
過去にアルフレードの手により作られた『支配の杖』。そこから生み出された概念的存在。
彼は『支配の杖』の力、そのものだ。そして今、その彼は役目を終えようとしている——。
空間の管理者は、誠司と過ごした年月、ライラを見守り続けた年月を思い返しながら、その目を細めた。
「——さあ、ではついて来てくれ。これからセイジとライラ、二人の『魂』の場所へと案内する」
†
空間の管理者のあとをついていくと、突然、目の前に光が現れた。
誠司はもちろん、他の者にもしっかりと視認出来る光。
その光は目の前の宙に浮かび上がっており、薄青と白の二つの光が複雑に絡み合っていた。そしてそれは、優しく、温かく、朧げに光っており——空間の管理者はその光を見つめながら、目を細めた。
「セイジ、ライラ。これが君達二人の、『魂』だ」
空間の管理者の言葉に、皆は固唾を飲み込む。
この『魂』にカルデネが触れ『別れ、出会う魔法』を唱えれば、魂は別れ、誠司とライラは『在るべき形』に戻れるはずだ。
カルデネが一歩、前に出る。
「空間の管理者様、お尋ねしたいことがございます。セイジ様とライラ、二人が在るべき形に戻った時、この空間は……あなた様はどうなられますか?」
「そうだね。セイジに前もって説明した通り、この空間は役目を終え、この空間内の物を吐き出した後、静かに消えていく。まあ、心配しないでくれ。君達の入ってきたバッグを開いておけば、その空間が繋がっている先に君達は吐き出されるはずだ」
「……私達が聞きたいのはそんなことじゃないよ、空間の管理者。この空間がなくなった後、君がどうなるか、ということだ」
誠司が腕を組み、空間の管理者に問う。空間の管理者は息を吐き、寂しそうな笑みを浮かべながら答えた。
「……それこそ心配しないでくれ、セイジ。僕は道具だ、概念だ。役目を終え、静かに消えてゆくだけさ」
「空間の管理者、聞いてくれ。私の世界の話だ。私の国には、付喪神という伝承があるんだが——」
誠司は目を瞑り、語り出す。その脈絡のなさに空間の管理者は不思議そうな顔をしつつも、耳を傾ける
「——その伝承というのは、『長いあいだ大切に使われた物には、魂が宿る』、といった物だ。どうかね、空間の管理者。私が何を言いたいか、分かるだろう?」
その言葉を聞いた空間の管理者は固まる。まさか——。
彼は声を震わせ、かぶりを振った。
「……そんな、バカな。僕に魂だなんて——」
「私の言うことが信じられないのか?『魂』のスキルを持つ、私の言葉が」
困惑する空間の管理者。そんな彼を見て、誠司はゆっくりと口角を上げた。
「君には魂が宿ってるよ、空間の管理者。もう、何年も前からね。どうだい、驚いただろう? 空間を管理し、私達を見守り続けてくれた、私の大切な親友よ」




