大いなる悪意、戦渦の足音 03 —戦渦の足音—
——二日後、帝都ブリクセン。
結局、あれ以来『白い燕人形』がこちらの呼びかけに応えることはなかった。
ハウメア達と別れた誠司達は、その足で彗丈の店、『人形達の楽園』へと向かう。
——カラララン……
店のドアを開けると、彗丈が立ち上がり、近づいてきた。
そして無言で店の外を見渡し——店のドアにかかっているプレートを『閉店』へと裏返し、誠司達を店内の奥へと招き入れる——。
「やあ、いらっしゃい。早かったね」
彗丈は穏やかな顔で、皆に冷たい紅茶を注いで差し出す。
今ここにいるのは、誠司、莉奈、グリム、レザリアの『魔女の家』の面々だ。
誠司は紅茶に口をつけず、険しい顔で彗丈に問いただした。
「……彗丈、確認だ。いつから私達のことを、監視していた?」
彗丈は紅茶に口をつけ、悪びれずに言う。
「最初からさ。友人の心配をするのは、当然だろう?」
「……チッ。気分のいいものではない事は、わかるだろ?」
「安心してくれ。本当に、時たまさ。元気かどうかを確認するぐらいだ。まあ最近は、君達のホームコメディが楽しくて見る機会が増えていたことは否定しない」
楽しそうに肩を揺らす彗丈。莉奈はほっぺを膨らまして、布にぐるぐる巻きにされた『白い燕人形』をテーブルの上にドンと置く。
「じゃあ、なんで肝心な時に限って私達の呼びかけに応えてくれないんですか!?」
「なんだい、それは?」
「『白い燕人形』です!」
莉奈は人形の布をほどく。それを見た彗丈は、ああと納得した声を上げた。
「すまないね。本当に君達が懸念しているほど、僕は覗き見はしてないよ。それに、僕の作った人形は世に何千体もある。こちらからアクセスしない限り、会話は出来ないんだ。でないと、僕の頭はパンクしてしまうからね」
その説明を聞き、莉奈の背筋がゾクッとする。
世界に何千体もある、監視カメラ——あれ? でも、元の世界でも道端にゴロゴロと監視カメラあったよね? もしかして、問題ないんじゃ——
「いや、問題あるよ!」
「ンッ、よくわからないが、落ち着きなさい、莉奈。つまり、彗丈。君は君の作った人形、全てにアクセス出来ると?」
「ああ、そうだ」
心なしか、彗丈の口端が上がる。
なんとも食えない男だ——誠司はため息をつき、そして、彗丈に対する疑念を口にする。
「……彗丈。私はグリム君に尋ねられたんだ。とある、質問をね」
「へえ、それはなんだい?」
彗丈がグリムを見る。グリムは彼を見据えながら、その時にした質問を口にした。
「私は誠司に質問をした。『『厄災』の名は、どこで知ったんだ』とね。当時、『厄災』達には理性がなかった。自ら名乗ったとは考えづらい。それに、その名を名付けたであろう『魔法国』は真っ先に滅んでいる。なら、いったい何処からその名を知ったんだ、とね」
「……続けてくれ」
彗丈は組んだ指に顎を乗せ、続きをうながす。誠司があとを引き継いだ。
「……ああ。それで思い出したんだ。ルネディ、マルテディ、メルコレディ、ジョヴェディ、ヴェネルディ、サーバト、ドメーニカ……いずれも彗丈、君から聞かされた名だ」
そう。当時、誠司とエリスは、『厄災』関連の情報を彗丈から聞かされていた。
彼は言っていた。『この街で情報を集めて、『厄災』に立ち向かう誠司達のために情報を提供していた』と。
ため息をつき、誠司は続ける。
「……今、『魔法国』が『厄災』の名付けと聞いても、顔色一つ変えなかったね。なあ、彗丈、答えろ——」
いったん区切り、誠司は冷たい視線で、彗丈を刺した。
「——お前はどこまで、絡んでいる?」
——沈黙。
やがて彗丈は、肩を揺らし始めた。
「いやあ、さすがだね、誠司。いや、グリムか?」
「……彗丈、答えろ」
「失礼。お察しの通り、『厄災』関連の黒幕が魔法国だってことを僕は知っていた。あの時は魔法国に、アクセスし放題だったからね——」
彗丈は語る——。
「——僕は魔法国にある僕の人形達から、情報を得ていた」
「——当然、ヘクトールという人物が黒幕だってことも知っていたさ」
「——そして理性を奪われた『厄災』達は、野に放たれた」
「——けど、肝心の魔法国が真っ先に滅ぼされてしまった。僕の人形と共に、ね」
「——あとは君達の想像通りさ。各地に散らばった僕の人形から情報を集め、匿名で話をばら撒いたり、誠司、君に情報を渡していたって訳さ——」
話を聞いた誠司は息をつく。彗丈は自身の能力を使い、情報を集め、陰ながら誠司達の力になっていたという訳だ。
だが、疑問は残る。
「……とりあえず二つほど質問がある。まず、彗丈。なぜ魔法国が黒幕だということを伏せていた?」
「それは当たり前だろう? 魔法国が黒幕だと知っているのは、関係者以外だと僕だけだ。『厄災』の名前くらいならまだしも、魔法国の話を吹聴して噂の出どころを調べられたらマズい。自らの保身のためさ」
「しかし、魔法国は滅んだんだろう?」
「……本当に滅んだと思っているのかい、誠司?」
彗丈は誠司を見据えた。
「——誠司。ヘクトールは、生きている」
——再び、沈黙。『魔女の城』でハウメアが語った懸念、それは、当たっていた。
「……そうか。まあ、わかった。それで質問はもう一つ。なぜ私達に、その君の『人形にアクセス出来る能力』を隠していた?」
その質問に、彗丈は寂しそうに笑った。
「それこそ、当たり前だ。世に僕の人形は出回っている。この僕の能力は、人にとって忌避したい能力だ。それを証拠に……莉奈、君は僕に対して、いまや悪印象しか持っていないだろう?」
「……ごめんなさい……正直言うと……はい」
それはそうだ。誰だって私生活を覗き見なんてされたくない。今まで勝手に覗かれていたことを考えると、目的がなんであれ、正直、気持ち悪い。
うつむく莉奈。そんな彼女を横目で見て、今まで大人しく話を聞いていたレザリアが彗丈を見据え、口を開く。
「ケイジョウさん」
「君は……レザリアさんだったね。なんだい?」
「……あなたは、私の知らないリナの秘密を知っている、ということですね?」
「……いや、そこまで覗いては……」
「なるほど。あとで話があります。すり合わせを行いましょ——」
莉奈がレザリアの首をしめてガクンガクンと揺らす。
レザリアと彗丈。いけない、この二人を組み合わせたらどんな化学反応を起こすか分かったもんじゃない。
顔色が青くなっていくレザリア。そんな彼女らを横目に、グリムは考え込んだ様子で疑問を口にした。
「彗丈、私からも質問だ。いいかな?」
「ああ、この際だ。なんでも聞いてくれ」
「なぜ、キミはあの時『白い燕人形』にアクセスして自らを不利な状況に追い込んだ? 黙ってさえいれば、疑念は持たれたとしても何とかなったかもしれない。何か、あるのか?」
その質問を聞き、今まで穏やかだった彗丈の顔つきが、急に真面目になった。
彼は重々しく、口を開く。
「……そう、僕がこの能力を秘密にしていたい、なんて言ってられない危機が、今、このトロア地方に迫っている——」
静かに言葉の続きを待つ面々。彗丈はそんな皆を一人ずつ見渡し、最後に誠司の顔を見据えた。
「——ヘクトールが動き出すぞ、誠司。約一か月後だ。奴はこのトロア地方全土を、戦乱の渦に巻きこもうとしているぞ」




