大いなる悪意、戦渦の足音 01 —さよなら、万年氷穴①—
『厄災』戦のあった、翌日。氷人族の街、イベルノ。
その街の入り口で、『厄災』達と莉奈は別れの挨拶をしていた。
「じゃあね、ルネディ、メル、マルティ。元気になったら、家にまた遊びに来てね」
「……リナちゃん……うん、うん」
「リナさん、絶対に遊びに行きます! 冒険者のこと、色々と教えてもらいたいし!」
「ほら、二人とも、リナが寂しがっちゃうでしょ? 元気よく見送ってあげなさい」
メルコレディとマルテディに、優しく話しかけるルネディ。莉奈はルネディに視線を合わせる。
「じゃあ、ルネディ。みんなのこと、よろしくね」
「ふふ。任せてちょうだい。あなたこそセイジのこと、よろしくね」
二人は笑い合い、莉奈は人差し指を、ルネディは拳を突き出して軽く合わせた。
彼女達とは予定通り、ここでお別れだ。次に会う時はきっと、元の大きさに戻っていることだろう。
そんな和やかな顔をしている莉奈の元に、人の姿をとった氷竜娘達が近づいてきて膝をつく。
「リナ様。帰り道、どうかお気をつけ下さい」
ズル。莉奈はよろめく。すぐに体勢を立て直した莉奈は、人差し指を立てて彼女達の前に突き出した。
「あー、もう、そういうのナシ! 私、あなた達と普通に仲良くしたいんだから!」
「ですが」
莉奈は目を覆う。これはアレだ。エルフ族の——いや、レザリアの影響をもろに受けている。あの諸悪の根源め。
その諸悪の根源は、莉奈の背後に忍び寄ってきていた。無言でガバッと抱きついてくるレザリア。それを莉奈は、ひょいとかわす。
「……リナ。かわすの上手くなりましたね」
「……レザリア。今の私に、死角はないよ」
ふふふ、と笑い合う二人。レザリアは咳払いをし、氷竜娘達の方を向いた。
「フィア、サンカ、ルー。リナの希望です。いつも通りのあなた達で接しなさい」
「「はい、マスター」」
そう言って氷竜達は立ち上がった。マスターってなんだよ。
莉奈はため息をつきながらも氷竜娘達のそばに近寄り、一人ひとりを抱きしめ、別れの挨拶をする。まずはフィアだ。
「フィア……クレーメンスさんのこと、好きなんでしょ?」
「……にゃ……にゃにゃ……うにゃあ!?」
顔を赤くするフィア。莉奈は悪戯っぽい笑みを浮かべ、フィアの顔を覗き込む。
「人も竜も、関係ないよ。応援してるからね……まあ、難しそうな人だけど」
「……あ、あたしは……別に……ううん、ありがと……」
赤面した顔で、コクリと頷くフィア。莉奈は目を細め、次にサンカを抱きしめる。
「サンカ。元気でね。その花、すっごく似合ってるよ」
「グスッ……リナさまぁ……」
サンカの頭には、レザリアが新たに作ってあげたサンカヨウの花が飾られている。ブリクセンに帰ったら、ハウメアがこの花を模した髪飾りをプレゼントするとのことだ。
「ほら、サンカは元気がいいのが取り柄なんだから。笑って、笑って!」
「……うん。リナさま、元気でね!」
思い返せば、彼女は一番熱心にリナ講座を受けていた。それすなわち、氷竜の中で一番、莉奈の個人情報を握っている人物なのだ。
——新たな諸悪の根源になりませんように。
莉奈はそんな思いを込めながら、サンカの頭を撫でるのだった。
最後に莉奈は、ルーを抱きしめる。
「ルー。またライラと遊びに来るから、相手してあげてね」
「…………リナ様。うん。その時また戦おうって、ライラに伝えといて。それまで私、魔法の勉強、たくさんしておくから」
ルーは昨晩、落ち着きのないライラにずっと寄り添ってくれていた。父の身を思い精神的に不安定なライラの話を、ずっと聞いてくれていたのだ。
莉奈はそんな優しい氷竜の頭を、優しく撫でる。
「ありがとね、ルー。うん、必ず伝えておく。だから、ルー。元気になったライラと、遊んであげてね」
「…………うん。待ってるね」
こうして、三人との別れを終えた莉奈は、外へと向かう。
向かう。向かおうとしたのだが——街の奥からもの凄い勢いで走ってくる人物がいた。その姿を見た莉奈は、固まる。
やがて莉奈の元にたどり着いた人物は、肩で息をしながら莉奈にこぼした。
「…………ゼェ……ゼェ……やはりこの身体の大きさだと、疲れるのう」
胸を大きく揺らしながら駆け寄ってきた人物——言うまでもなく、女王竜だ。




