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ライラと『私』の物語【年内完結】  作者: GiGi
第五部 第七章
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天敵・Ⅱ 05 —葬送花—





 魔法の効果が広がっていく。


 その魔法は、地面に突き刺さり、或いは転がっている無数の矢に波及していき——やがて木で作られたその矢に、紫色の花を咲かせ始めた。


 その光景を見たヴェネルディは、呆れた様に笑い出した。


「……はは……あはは……なんだよビビらせやがって……『木に花を咲かせる魔法』だあっ!? こんなので僕が——」



 ——いや、様子がおかしい。咲き誇ったその紫色の花から、何やら紫色の瘴気が立ち昇り始めている。


 状況が理解出来ないヴェネルディ。なんなんだ、これは——。



 困惑するヴェネルディに向かって、ライラは一歩踏み出した。


「これはな、ヴェネルディ。お前も名前くらいは知っているだろう。『腐毒花』だ」


「……ふどく……ばな……?」


 ライラの言葉を理解出来ないヴェネルディ。ライラはため息をつき、続ける。


「……無知なお前に教えてやる。腐毒花は有毒な瘴気を撒き散らし、土地を腐らせる花だ。その瘴気は猛毒で、吸い込んだ者の身体を腐らせてしまう——」


 ライラは手に持つ白い杖をヴェネルディに向け、宣告した。


「——そう。それが、例えお前たち『厄災』の身体だったとしてもね」


「……!!」


 ヴェネルディは目を見開き、慌てて口を押さえる。


 結界内に満たされていく、紫色の瘴気。彼は呻きながら、うわずった声を上げた。


「……ウソ……だろ? そんな……いや、ウソだ……はは……もしそうなら、お前まで巻き添えを食らうじゃないか!」


「——『毒を無くす魔法』」


 ライラは自身に解毒の魔法を唱える。紫色の瘴気が濃くなっていく中、少女の赤い瞳が不気味に光る。


「ヴェネルディ。一つ、教えてやろう。この解毒魔法は副効果として、しばらくのあいだ耐毒効果を発揮する。そして私の魔力量なら——」


 赤い瞳が迫ってくる。


「——この魔法なら、一日中だって唱え続けていられる」


「……ふ、ふざけんな、こんなの僕の風の障壁で——」


 風の障壁。周囲の空気を取り込んで作られる障壁。



 ——そう。周囲の。



「……うっ!」


 ヴェネルディの障壁が、紫色に染まっていく。ヴェネルディは口を押さえながら、闇雲に剣を振り回し始めた。


「……花を……散らして……風で……」


「無駄だよ、ヴェネルディ。瘴気は十分に結界内に満ちている。そして——」


 もはや濃くなり視界の悪くなった紫色の瘴気内に、二つの赤い光だけが浮かび上がった。


「——この結界からは、瘴気すら、逃げられない」


「……う、うわあああぁぁぁっっ、いやだああぁぁぁっ!!」


 叫びながら、ヴェネルディは駆け出した。彼の身体を蝕んでいく瘴気。彼の身体は、すでに紫色に染まり始めていた。


 結界を必死に剣で打ちつけるヴェネルディ。


 カン、カン、と虚しい音だけが響き渡る。


 そんな彼の背後に、解毒魔法を唱えながら赤い瞳が近づいてきた。


「……壊れろ……壊れろよお……」


 カン、カン……。


 もはや少女に構う余裕もなく、ヴェネルディは打ち続ける。


 そして——



「……あ……」



 ——剣を握る、彼の指がポトリと腐り落ちた。カランと音を立て落ちる剣。一度腐り始めたら、『厄災』の再生能力ですら追いつかない。


 それでもヴェネルディは、力なく、結界を拳で、腕で叩き続ける。


 ポトリ、ポトリ。落ちていき、ズブズブと溶けてゆく彼の肉体だったもの。


 ヴェネルディは膝をつき、虚ろな目で背後をふりかえった。


 赤い光と目が合う。


「……僕が、何をしたっていうんだよ……お願いだ、助けてくれ……」


 赤い光は、冷ややかに問い返す。


「……何を? 自分のしたことがわかってないのか?」


「……謝る……謝るから、許してくれ……」


 赤い光が、一瞬、細くなる。


「……そうか。悪いと思ってるんだな?」


「……ああ! 僕が悪かった、何でもする! はは……そうだ、僕が世界をとったら、何でもお前の望みを叶えてやる! だから……僕を助けろ!」


 赤い光が近づいてくる。少女の輪郭が浮かび上がる。


 その少女は、微笑んでいた。ヴェネルディは安堵する。ここさえ乗り切れば——。



 少女は微笑みながら、冷ややかに告げた。





  「ダメに決まってんじゃん」





 ヴェネルディの顔に浮かび上がる、絶望。足が、胴体が、ズブズブと崩れ落ちていく。


 普通の身体ならば、既に意識はなくしていたことだろう。


 だが不幸なことに、『厄災』である彼は意識を失うことは許されず、最後まで苦しみを味わうことになるのだった。



 苦しい、苦しい。



 薄れゆく意識の中で、彼は思う。




 ——ああ、なんでこんな悪魔に手を出してしまったのだろう。



 ——そもそも、セイジに手を出していなければ。



 ——いや、セイジが悪い。先に僕を滅ぼしたのは、あいつだ。僕は、悪くない。



 ——ああ、くそ、死にたくない。おい、ヘクトール。『厄災』は不死身じゃなかったのかよ。ハウメア、エリス、悪魔のガキ……三回も死んだぞ。



 ——……まあ、いい。魂だ、魂さえ無事なら、僕はまた復活出来る。



 ——待ってろよ、お前ら。復活したら、真っ先に僕が殺し……ころ……




 ——………………。





 風の『厄災』ヴェネルディ。最弱にして最悪の性根を持つ『厄災』。



 彼の意識は、生涯は——そこで途絶えたのだった。





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