天敵・Ⅱ 02 —声—
「……『楽には殺さない』だと……? おい、お前、僕のセリフを真似するなよ」
ヴェネルディは舌打ちをし、唾を吐いた。
赤い瞳でそれを見るライラ。ふと、ヴェネルディは一つの考えに思い至る。
「……そうか、わかったぞ。お前、セイジなんだな? このガキがさっきの僕のセリフ、聞いているはずがない」
「……お前は馬鹿なんだな、ヴェネルディ」
「……は?」
ヴェネルディは剣を振る。不意をついたその一撃は、ライラを捉える。だが、先ほどのようにその剣は、ライラの身体に、ただ当たっただけだった。
「……馬鹿にするなよ、ガキぃ……。それになんだよ、その身体……」
「馬鹿なお前に、教えてやる。この世には『身を守る魔法』というものがあるんだ」
「……ちっ! うざってえなあ!」
横に薙ぎ払われる剣。それを後方に下がって躱し、ライラは距離をとる。ヴェネルディが追いかけてくる中、ライラは逃げながら祈りを捧げた。
少女の身体が、淡い光に包まれる——。
直後、ライラは白い杖を構えなおし、ヴェネルディに迫っていく。
「待たせたな。いくぞ、ヴェネルディ」
「ガキが、教育してやる!」
ライラとヴェネルディの打ち合いが、始まった。
ライラの杖が、ヴェネルディを打つ。だがその攻撃は、風の障壁によって流されてしまった。
「効かねえんだよ、ガキが!」
ヴェネルディは剣を振り上げ、力を溜めた。そして振り下ろされる、風の刃。
その風の刃は、ライラに当たる瞬間二つに割れ、少女を避けるように流れていく。『風を防ぐ魔法』の効果だ。
(……チッ……厄介だな……)
目の前の少女は、すばしこい。ヴェネルディの剣を、容易く避けてしまう。
——仕方がないことではある。ヴェネルディは剣の稽古など嗜む程度にしかしておらず、『厄災』の力で強化された肉体頼りで剣を振るっているのだから。
だが、全く当たらないわけではない。
「……そこだあ!」
「……くっ」
やたらめったら振り回される剣が、ライラに当たる。腐っても『厄災』だ。その膂力は、並の人間を遥かに凌駕していた。
それでも向かっていくライラ。
繰り返される光景。
ようやく当たる、ヴェネルディの剣。
ライラは下がって詠唱をする。
少女の身体が、淡い光に包まれる——。
そしてライラは腰のホルダーから魔力回復薬を取り出して、一本飲み干した。
魔力回復薬、あと九本。ライラは『厄災』を滅ぼすため、白い杖を構えて再び駆け出した——。
戦いは続いている。
上空に退避している莉奈は、その戦いの様子を見て必死に考えを巡らせていた。
——何か、何か私に出来ることは——。
あの動き。
莉奈は、ライラが何を狙っているのかは、上空から見て察していた。しかしその先、何をしようとしているのかがわからない。
こうしている間にも、ライラの魔力回復薬のストックは減っていっている。あと、七本。まだ余裕はあるが——。
(……ライラ。何をしようとしているの……?)
莉奈は考える。必死に考える。
その時、莉奈の耳に、声が聞こえてきたような気がした。
†
暴風に身をさらしながら、谷の向こうから戦いの様子を見守るグリムは考える。
(……ライラはいったい、何を狙っているんだ……?)
ライラが怒りに身を任せているのはわかる。しかし、我を忘れている訳ではない。
——ライラは今、規則的に行動を繰り返している。
グリムは考える。ライラの使える魔法、ライラの持っている知識、ライラの戦闘スタイル、ライラの狙いは——。
「……まさか!?」
グリムはハッとする。いや、待て。グリムは慎重に熟考する。確かに、今のライラがヴェネルディを倒すには、それしかなさそうだが——必須条件がある。莉奈がライラのしようとしている事に、気づくことだ。
今の莉奈を見る限り、気づいている様子はない。
しかしこの暴風の中、声を届けるのは難しいであろう。
これは、無理かもしれない——グリムは唇を噛み、うつむく。
だが、諦めかけたグリムの心に、先ほどのルーの言葉がふと、思い出された。
——『…………ねえ。人の子って、理屈で動くの? もう少し、感情的に動くものだと思ってたんだけど』
グリムはゆっくりと、顔を上げた。
「……ふふ、いいだろう。やってやろうじゃないか、感情的に」
すうっと息を吸い込み——グリムは叫ぶ。大声で、腹から、心から叫ぶ。
「——莉奈ーーっ! 矢だ、矢を放てーーっ! 全力でライラを、支援しろーーーっっ!!」
グリムの声だ。私は声の聞こえてきた方向——谷の向こうへと意識を飛ばす。
そこにグリムは——いた。
何やら叫んでいるようだが——私は意識を集中する。
風の音に混じって、確かに聞こえた。『矢を放て』と。
正直、何が狙いなのかわからない。ライラの狙いと合致しているのかもわからない。
でも、私は——グリムを信じる。
アルフレードさんから貰った『無限の矢筒』に、矢は大量に補充してある。最近はめっきり使う機会が減ったけど。
私は弓を構え——矢をつがえ、放つ。
レザリアに見られたら笑われそうな、へっぽこな腕前だけど、それでも私は、撃つ、撃つ、撃ち続ける。
当たらない。ヴェネルディに当たっても、風に流されて地面に突き刺さってしまう。
ふと、ライラがこちらの方を見た。赤い瞳のその少女の口元は——綻んでいた。
——うん、これでいいんだ。
私は矢を放ち続けながら、グリムにお礼をつぶやいた。
『——ありがと』
莉奈の声が聞こえた気がした。グリムは茫然と、崖の上の様子を見守る。
どうやら声は届いたみたいだ。それを証拠に、莉奈は矢を放ち続けている。
理屈ではありえない現象。それを経験し、グリムは堪えきれずに笑った。
「……まったく。本当、この世は不思議に満ち溢れているな——」
——ライラの魔力回復薬、あと、五本。




