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ライラと『私』の物語【年内完結】  作者: GiGi
第五部 第六章
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天敵・Ⅰ 11 —生き、足掻く—






「…………ハァ……ハァ……」


「惨めだなあ、セイジぃ。さっさとやられろよ!」


 ヴェネルディの剣が振り下ろされる。


 その剣筋を躱すだけなら造作もない。だが——



「……ぐっ……」



 ——誠司の身体を、風が切り刻む。彼のまとう作務衣はすでに所々裂かれており、その下から滲み出る血がべっとりと身体に貼り付いていた。


(……誠司さん……)


 莉奈は涙を流しながら、傷つく父親をその目で見続ける。


 なんとか、なんとかここから脱出する方法を——誠司の覚悟を無駄にしてはいけない。


 だが——考えようとしても、目の前で傷つき続ける父親を見て、頭が真っ白になる。



 私は、駄目な子だ——。



 莉奈は唇を噛み締め、それでも必死に状況を打破しようと考えを巡らせ続ける。





 誠司は左手一本で、駆ける。



 息が上がる。



 血を失ってふらつく。



 しかし、娘達を守るためだ。私はまだ、大丈夫だ。



 容赦なく襲いかかる剣撃。ヴェネルディの悪魔の笑み。



 誠司の意識が、頭から離れかける。




(……ああ、疲れたなあ。私は何で、戦ってるんだっけ……)




 ——いや、無論、娘の、娘達のためだ。



 薄れゆく意識を何とか繋ぎ止め、誠司は駆け続けた。




 だが、それにも終わりがやってくる——。




「……くっ!」


「……誠司さんっ!」


 疲労から足をとられ、情けなく地面に転がる誠司。


 無理もない。右腕を失くし、バランスのとれない状態で駆け続けていたのだから。


 ヴェネルディはいよいよ、歓喜の笑みを浮かべた。


「あはは! 頑張ったねえ、セイジ。けど、そろそろ終わりにしよっかあ!」


 誠司を見下ろすように、ヴェネルディは立つ。



(……ああ、ここまでなんだなあ……)



 ぼんやりとそんな事を考える誠司の脳裏に、走馬灯が流れ始める。


 その中の一つ——いつかの莉奈の言葉が、頭に流れた。




 ——『だから誠司さんもさ、誰かの為に死ぬんじゃなくて、生きて、生きて、足掻こうよ。お互いにね』




(……すまないな、莉奈。私はどうやら、ここまでみたいだ。君は……生き足掻くんだぞ……)



 莉奈との約束を果たしきれず、自嘲気味の笑みを浮かべてしまう誠司。そんな彼の様子を見て、ヴェネルディは眉をひそめた。


「……何が、おかしい……?」


 誠司は何も答えない。ヴェネルディは思う。死を間際にして、頭がおかしくなってしまったのだろう、と。




 ——ヴェネルディには一生かかっても理解出来ないだろう。足掻ききった男の、最期の笑みを——。




「じゃあ、あばよ、セイジ!」


 振り上げられるヴェネルディの剣。莉奈は涙を風に流しながら、全力で飛び向かう。


(……私が……誠司さんの盾に……っ!)


 誠司とヴェネルディの間に割り込もうと決意した莉奈。


 時間がゆっくりと流れる。





 このままでは、きっと、二人とも共倒れになっていたことだろう——。








 だが、運命は、それを許さない。












 ここは何もない空間。少し前まで、愛で溢れ返っていた空間。


 空間の管理者は、誠司とライラの混ざり合っている魂の前に立ち、それを眺めていた。


「……まずいな」


 誠司の魂が、弱まっている。


 過去、ここまで弱まることは一度たりともなかった。このまま放っておけば、誠司の魂は肉体を抜け出してしまうだろう。


 ——もしかして自死を選択してしまったのか?


 管理者としてやってはいけないことだが、非常事態だ。長年連れ添ってきた友の為に、空間の管理者は手を伸ばし、魂の記憶に触れた。



「……これは……」



 外での状況を確認した空間の管理者は、この空間に眠っている少女の元へと瞬時に移動をした。



「……ライラ、起きてくれ」


 空間の管理者は、この空間で『眠っている者』に干渉することは出来ない。


 だが、空間の管理者は、必死に呼びかける。


「ライラ、君のお父さんが大変なんだ。このままでは、命を落としてしまう」


 空間の管理者は、悲しそうな表情で少女に呼びかける。



 ——僕の声が届くわけないのに——。



 そう頭では理解しながらも、空間の管理者は呼びかけずにはいられなかった。


「もうすぐ、君とお父さんは再会出来るんだろう? 頼むから、僕に道具としての役割を、全うさせてくれ……」


 気がつけば、空間の管理者は泣いていた。道具としての自分、概念的存在。僕に感情はないはずなのに——。


「……ライラ、お願いだ。セイジを助けてやってくれ——」


 少女の手を握る、空間の管理者。その涙が一粒、ポタリとライラの手に落ちた。



「……う……ん……」



 少女が、動いた。空間の管理者は目を開き、大声で呼びかけた。



「——ライラ! セイジを……君のお父さんを、どうか助けてやってくれ!」



 ポタポタと落ちる涙。その涙は少女の胸に届き、沁み渡っていき——





 ——暗闇の中、想いを受け取った少女は——





 その目を、開いた。






お読みいただきありがとうございます。


これにて第六章完。次回より第七章「天敵・Ⅱ」が始まります。


引き続きお楽しみいただけると幸いです。よろしくお願いします。


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