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ライラと『私』の物語【年内完結】  作者: GiGi
第五部 第六章
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天敵・Ⅰ 09 —最悪の相性—






「……ふむ。熱中症の症状とみて、間違いないだろう」


 グリムは軽く診察し、背負っていたバッグから薬を取り出す。


「幸い、症状はそこまで重くはない。メルコレディ、キミのおかげだ。疲労回復薬に、経口補給液に……おっと、メルコレディ、彼女は氷人族だ。薬を凍りつく手前まで冷やしてくれないか」


 テキパキとペチカに処置を施すグリム。彼女はペチカの上体を起こし薬を飲ませながら、メルコレディに問いかけた。


「それで、莉奈と誠司は? 風鳴りの崖で、何が起こっている?」


「グリムちゃん、大変なの! セイジちゃんが、リナちゃんが……——」




 メルコレディから話を聞いたグリムは、顔を歪める。メルコレディは見ていた。莉奈の小太刀が、ヴェネルディに通用しなかったこと。そして、誠司がペチカを助けた後、吊り橋のロープにぶら下がっていたことを——。


「……なるほど、状況はよくないな……」


 グリムは短刀で自分の腕を斬り落とした。瞬く間に作り上げられる、もう一体のグリム。


「メルコレディ。一人の私はペチカを背負って万年氷穴へと戻る。申し訳ないが、私の背中ごとでいい。全力でペチカを冷やし続けてくれ」


「……もう一人のグリムちゃんは……?」


 メルコレディは不安そうに尋ねる。グリムは立ち上がり、風鳴りの崖の方を睨んだ。


「……風鳴りの崖へと向かうが、期待しないでくれ。どうやらあそこへ近づくほど風が強くなっている。歩くこともままならなくなるだろうな」








「どうしたぁ、セイジぃ! 僕を滅ぼすんじゃなかったのかあ!?」


 嬉々として振るわれる、ヴェネルディの剣。


 本来なら誠司の相手になる剣筋ではないが——風が厄介だ。躱してはいるが、余波で誠司の服と肉体に無数の傷がついていく。


 加えて、こちらの攻撃は全て風で防がれてしまっている。


「誠司さんっ!」


 莉奈が牽制のために空から襲いかかる。その小太刀を風の障壁でぬるりと受け流したヴェネルディは、莉奈の腹を蹴飛ばした。


「……ぐっ……!」


「ちょこまかと鬱陶しいんだよ……」


「……莉奈!」


 誠司の声が響く。莉奈は身を翻し、すぐさま上空へと退避した。莉奈を狙って振り下ろされたヴェネルディの攻撃は、空振りに終わる。


「……チッ」


 ヴェネルディは剣を振り上げ、力を溜めた。風の刃だ。


 大きな隙を見せているヴェネルディに、誠司は斬りかかる。


 だが、その誠司の鋭い一撃すら、ヴェネルディの風の障壁は受け流した。


 誠司に構わず、空に浮かぶ莉奈目掛けて振り下ろされるヴェネルディの剣撃。


 風の刃が莉奈に向かって飛んでいくが、莉奈はそれを飛び躱す。


 この間、誠司はヴェネルディに五連撃を叩き込むが——それらは全て、風の障壁に流されてしまった。




 ——『最悪』の相性。誠司と莉奈は、苦々しくヴェネルディを見据える。




「……全く、ちょこまかまと逃げやがって……いいから大人しく斬られろよっ!」


 風をまとったヴェネルディの剣。誠司は躱すが、余波でまた傷が出来上がる。


(……誠司さん……)


 不安な表情で戦いを見守る莉奈。今までの経験で、多少は自分にも出来ることがあると思っていた。自信がついていた。


 しかし——この戦いにおいて、莉奈は全くの無力だった。助けを呼ぼうにも崖の外に出られない以上、打てる手が、ない。


 そんな莉奈を横目で見て、誠司は息をつく。


(……莉奈、大丈夫だ。ここは私に……君のお父さんに、任せておきなさい)


 誠司は集中する。ここで誠司が倒れれば、次は莉奈が餌食になるのは間違いない。


 そんなことは、させない。こんな自分を慕ってくれる、大切な娘なのだから。


 誠司は駆ける、集中しながら駆け続ける。


 ヴェネルディの攻撃を躱しながら、駆け続ける。その身が傷つこうが、駆け続ける。


 何も莉奈のためだけではない。自分のためでもあるのだ。



 ——なぜなら、ここを乗り越えれば——。



「……斬られろっ!」


 ヴェネルディは剣を振り上げる。誠司は集中していた。奴の動きがスローモーションに見える。


 そして——。



「——そこだ」



 ——風の障壁の合間を縫って放たれた、誠司の突き。


 その突きは、ヴェネルディの鎧の隙間をも縫って——彼の身体に、深々と突き刺さっていた。


「……ぐっ……!」


「——悪いね。愛娘との再会が、控えているんだ」


 そう。ブリクセンでの用事を済ませ家に帰る頃には、ライラと再会出来る準備が整っているだろう。



 誠司はいつだったか、深夜の森で莉奈に話したことを思い出す。




 ——『あの時よりかは、生きて、君とライラの並んでいる姿を見てみたいと思っているよ』




 その夢がもうすぐ叶うのだ。こんな所でやられる訳にはいかない。


 ヴェネルディは苦痛に顔を歪め、叫ぶ。


「…………いてえっ、いてぇよおーーっ!」


 誠司は容赦なく、刀を横に引き抜こうとした。


 だが——ヴェネルディは急に真顔になり、その誠司の刀身を、掴んだ。


 ヴェネルディはつまらなさそうに誠司を見下す。


「……で?」


 彼の、刀を掴む左手から巻き起こる風。誠司は急ぎ、刀を引こうとするが——



「ははっ、残念でしたあ!『厄災』にこの程度の傷、効くわけねえだろうがよっ!」



 ——パキッ



 虚しく音を立て、誠司の刀身が、風に砕かれた。



 力を入れていた誠司は、少しよろめいてしまい——



 その大きな隙に向かって、ヴェネルディの剣は、振り下ろされた。



(……私は、私は家に帰って、ライラと……莉奈と……)



 誠司は身体を庇いながら、避ける。



 直後、舞い上がる、血飛沫。



「……誠司さぁんっ!」



 莉奈の悲痛な叫び声が、風の中、響く。



(……私は……私は……帰るんだ……)



 幸せを掴むはずだった、娘を抱きしめる為のその腕は——




 ——その誠司の右腕は、宙を舞っていた。




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