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ライラと『私』の物語【年内完結】  作者: GiGi
第五部 第六章
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天敵・Ⅰ 08 —鳥はかごの中に—






 誠司は刀の柄に手をかけ、ヴェネルディ目がけて駆け出す。先手必勝だ。


 ヴェネルディは一歩あとずさるが——それよりも早く、誠司は彼の横を駆け抜けた。



 ——  一閃。



 刀を鞘にしまう音。手応えは——ない。


 その刀ごしに伝わってきた感触に目を開いて驚き、誠司は急ぎ距離をとる。


 ヴェネルディは茫然としていたが、やがて高笑いを始めた。


「……フフ……フハハハハッ! どうした、セイジぃ。これが僕本来の力! お前の攻撃なんか、僕には効かないのさっ!」


 一度攻撃を受けて、ヴェネルディは確信した。


 ——奴の刃は、僕には届かない。


 愉悦に浸り笑っているヴェネルディを、誠司は忌々しげな視線で睨む。


 莉奈は飛び、誠司の元へと降りたった。


「……誠司さん。奴に攻撃、通用しない。なんか、風の障壁みたいなのに守られてて……」


 それを聞いた誠司は、舌打ちと共に眉をしかめた。


「……チッ。サーバトやドメーニカを思い出すな……莉奈、分が悪い。ここは一旦引いて、ハウメアを連れてくるぞ」


「……うん、わかった」


 誠司は経験していた。物理攻撃の一切通用しない、『厄災』サーバト、ドメーニカとの戦闘を。


 魔法でないと戦えない相手。悔しいが、莉奈もいる今、ここは無理をする場面ではない。なんとか隙を見て、ここから脱出を——。


「おやあ? セイジ。まさか、逃げだそうなんて思ってないよなあ?」


 誠司達の撤退の気配を感じとり、ヴェネルディはゆっくりと歩いてくる。


「……ふん。少し前の私なら相手していただろうがね。無駄な戦いは、しないんだ」


「……ふうん? 仕方ないか、僕は強いからねえ!」


 クックッと肩をすくめながら笑うヴェネルディ。その様子を見て、莉奈が動いた。


(……今だ!)


 一瞬の隙をつき、莉奈は誠司を羽交締めにし、谷へと飛び降りた。


 誠司を抱えて飛ぶのは大変だが、谷底の安全な場所くらいまでなら大丈夫だろう。


 そこから万年氷穴へと戻り、ハウメアさんを連れてくれば——。



「……させるかよ」



 ヴェネルディの声が聞こえた気がした。


 直後、谷底から激しい風が吹き上がった。


「……わっ!」


 突風に揉まれながらも、必死に誠司を強く抱きしめる莉奈。


 やがて莉奈達は崖の上へと吹き上がり——風鳴りの崖へと押し戻されてしまった。


 誠司を抱えながら、莉奈は何とか地面に降り立つ。


 見ると、ヴェネルディが拳を掲げている様子が映った。


「……逃がすわけないだろう? 散々僕のことを馬鹿にしておいて……」


 そう言って、ヴェネルディは掲げた拳を頭上で振り回した。




 その瞬間——ブリクセン国各地に吹き始めていた風が、止んだ。


 一方で風鳴りの崖の周辺に風が吹き始め——その崖を中心に、嵐が巻き起こった。


 莉奈は茫然としながら、崖の周囲を見る。


 崖の内側は大丈夫だが、外側は猛々しい風が吹き荒んでいた。


 誠司と莉奈は直感する。



 ——閉じ込められた。



 この崖上内は、理屈で言えば台風の目の中のようなものだろうか、風の影響はないが——谷底から外側は、惨憺さんたんたる状況だった。


 木が薙ぎ倒される、石が飛んでいく——飛んで逃げるのは無理だと一目で分かるほどの暴風が、吹き荒れていた。


 ヴェネルディがゆっくりと歩み寄ってくる。


「……さあ、セイジ、僕と戦え。僕を倒せば、望み通り逃げられる——」


 誠司は苦々しげにヴェネルディを睨む。そんな誠司を見て、ヴェネルディは満足そうに笑った。



「——さあ、やってみろ、セイジ! 安心してくれ、お前は楽には殺さないからなっ!」









 クロカゲは、ペチカを守るように立っていた。


 風が一瞬止んだ後、突然吹き始めた、暴風。


 ペチカの身を守るため、クロカゲはペチカを岩陰へと降ろし、風と飛来してくる物から彼女を守るように立ち塞がっていた。


「クロカゲちゃん……」


 メルコレディの心配する声に、クロカゲはブルッと鳴いて応える。


 飛来して身体を打ち付ける、石つぶてや木の破片。それを意に介することなく、クロカゲは立ち続ける。


 メルコレディは、横たわっているペチカを見る。


 張り詰めていたものが解けたのか、彼女は目をつむり苦しそうに息をしていた。


 無理もない。彼女は疲労、睡眠不足、水分不足、加えて先ほどの衝撃的な出来事。そして、氷人族にとって厳しい暑さの中を、全力で走って逃げたのだ。


 ——いわゆる、熱中症。


 メルコレディはペチカの身体を冷やす、冷やし続ける。氷の欠片を口に含ませ続ける。


 ——わたしのせいだ。


 メルコレディは涙を流す。もしわたしが、ペチカちゃんを止めていれば——。


 そんな中、朦朧とした意識でペチカはメルコレディのことを見つめ、震える指でそっと撫でた。


「……ごめんね……メルちゃん。ペチカがわがまま言っちゃったから……」


 首を必死に横に振るメルコレディ。ペチカは優しく微笑む。


「……悪いことしちゃったから、バチが当たっちゃったんだね……ごめんね、お母さん、お父さん……」


「ペチカちゃん! 大丈夫だから、しっかりして!」


 その目から涙を流しながら、メルコレディは必死にペチカを冷やす。


 その時、クロカゲが大きな声でいなないた。


「……どうしたの、クロカゲちゃん……?」


 メルコレディの疑問にも応えず、クロカゲはいななき続ける。


 やがて——その声に導かれるように、一人の人影が近づいてきた。


「……探したぞ。状況を教えてくれ」


 ゴーグルをつけ、風に青髪をたなびかせながらクロカゲの隙間から顔を出す人物。


 メルコレディはその頼もしい人物を見て、顔を綻ばせる。


「……グリムちゃん!」


 風鳴りの崖へと向かっていたグリムが、無事、ペチカを発見した。




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