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ライラと『私』の物語【年内完結】  作者: GiGi
第五部 第六章
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天敵・Ⅰ 07 —『最弱』—






 莉奈は、一部始終を視ていた。


 ここに飛び向かいつつ、この風鳴りの崖へと意識を飛ばし、彼が行ったことを全て視ていた。


 風に乗って降り立ったこと。ペチカの髪を引っ張ったこと。ペチカを蹴飛ばしたこと。


 そして、ペチカの母の眠る墓を斬ったことも——。




 ヴェネルディは飛び退き、忌々しげに莉奈を睨む。


「……ふざけんなだと? それはこっちのセリフだ。急に現れて、なんだお前は?」


「……ペチカに謝れ」


「はあ?」


「ペチカに謝れっ!」


 莉奈は、吼える。そんな感情を昂らせる彼女を、ヴェネルディは冷ややかな目で見つめた。


「謝れ? 謝って欲しいのは、僕の方なんだけど。まったく、ガキは言うことを聞かないわ、腕は斬り落とされるわ、散々だ」


「………………」


 ——理解出来ない。この男の行動が、言動が。


 莉奈は無言で振り向き、上体を起き上がらせたペチカにメルコレディを差し出した。


「ペチカ、危ないからここから離れて。メル、ペチカのこと、お願いね」


「……リナお姉ちゃん」


「……リナちゃん」


 ヴェネルディを相手にせず、背中を見せる莉奈。ヴェネルディは剣を振り上げた。


「無視してんじゃねえよ!」


 振り下ろされる剣。


 だが莉奈はその剣を少しずれて躱し、振り返ることなくヴェネルディの腹に蹴りをぶち込んだ。


「……ぐっ……なっ……?」


 よろめき、地面に尻をつくヴェネルディ。莉奈はゆっくりと振り向いた。


「……ねえ。話の通じない人と、話す必要ってあるのかな?」


 そのヴェネルディを見下す莉奈の目は、刺すように冷たい。


 ヴェネルディは憎々しげな目で莉奈を睨みながら立ち上がった。


「……おい、黙れよ、たかが人間風情が」


「ほら。無視すんなとか、黙れとか、やっぱり話、通じないじゃん」


 彼は腕を再生しながら、剣を抜き、叫んだ。


「うるさい! 僕は選ばれたんだ! お前らは黙って僕の言うことを聞け!」





 ——『厄災』ヴェネルディ。


 彼は別に、魔力量の高さから『厄災』に選ばれた訳ではない。


 当時の魔法国にて、若くして侯爵としての地位を継いだ彼は耳にする。


 もしも『厄災』になることが出来れば、不老不死の力が手に入ると。


 彼は金と権力を使い、『厄災』の枠を勝ち取った。


 これで不老不死になれる。嬉しそうに高笑いをするヴェネルディを見て、ヘクトールはほくそ笑む。


 彼、ヴェネルディは気づかない。後に理性を奪われ、人、物、金、彼の持つ資産は全て奪われることに。


 それがヘクトールの、ささやかな狙いの一つであった。


 ヘクトールが彼を『厄災』に選んだのには、もう一つ理由がある。


 ——もしも魔力量の少ない人間に『厄災』の力を与えた場合、どの程度の力を発揮できるのか。


 結果は『最弱』だった。


 試しに一番の障壁、ハウメアのいるブリクセン国に送り込んでみたが——大した成果も残せず、一瞬にして滅ぼされてしまった。


 ヘクトールは予想通りの『実験』結果に、満足そうに頷く。


『厄災』の枠を一つ潰したのは痛いが——これも自身が『不老不死』になり、世界に君臨するためのいしずえと考えれば何も問題はない。


 彼が狙うのはただ一つ。最強にして最悪、『厄災ドメーニカ』の持つ力なのだから——。





 莉奈はヴェネルディと対峙しながら考える。


 とりあえずの目的は、この場からペチカを逃がすことだ。彼女は今、莉奈の言うことを聞いて、吊り橋の方へと向かっている。


 ペチカを抱えて逃げることも考えたが——目の前の彼は、風に乗って空を飛ぶことが出来る。


 もし追いかけてこられた場合、ペチカを抱えて飛ぶのは危険だ。なら、注意を引きつけてここに足止めした方がいいだろう。


 それに——もうすぐ、あの人が、来る。




 莉奈はヴェネルディに斬りかかった。その小太刀を剣で受け流すヴェネルディ。


 間髪入れず、莉奈は斬りかかる。その剣を弾きながら、ヴェネルディは後方に下がる。


 連続で斬りかかりながら、莉奈は叫んだ。


「ペチカ! 走って!」


 吊り橋の方へと退避していたペチカは頷き、駆け出した。その様子を見たヴェネルディは毒づく。


「ああ、くそ! 邪魔すんな、逃すかよ!」


 ペチカの方へ向かおうとするヴェネルディ。そんな彼の前に、莉奈は立ちはだかる。


「行かせるわけ、ないじゃん」


 ペチカはもう、吊り橋を渡り始めた。あと少しだ。


「……ああ、苛つくな、くそ! どいつもこいつも……!」


 ヴェネルディは叫ぶ。彼の周りに、風が吹き始めた。そして彼は——剣を掲げ、力を溜め始めた。先ほどペチカの母の墓を斬った、風の刃だろう。


 だが、隙だらけだ。莉奈はヴェネルディの懐に、潜り込んだ。


「——させない」


 莉奈は剣撃を振るう。その小太刀のひと振りは、ヴェネルディを両断——



「……えっ?」



 ——ヴェネルディは口端を吊り上げる。彼を捉えたはずの莉奈のその一刀は、風によって流されてしまった。


 莉奈は焦り、続け様に小太刀を振るう。しかしその全ては、風によって流されてしまう。


「……クックッ……もういい。みんな、死ねよ」


 ヴェネルディは顔を歪め、吊り橋の方へと身体を向けた。


 莉奈は察する。目の前の男は、吊り橋ごとペチカを落とす気だ。


「……駄目っ!」


 莉奈は振るう。何撃も何撃も。だが、その刃は一つとしてヴェネルディには、届かなかった。


 そして振り下ろされるヴェネルディの剣。莉奈は絶望する。振り返り、飛び立とうとしたが——。



 その彼女の目に、映る。



 吊り橋の向こう。猛然と駆けてきた馬、クロカゲから飛び降り、静かに駆けて来る男の姿を。


 吊り橋を必死に駆けるペチカ。あともう少しという所で、ペチカの背後、吊り橋は風によって両断される。


「……あっ……」


 足場を無くすペチカ。駆けて来た男は跳び、空中でペチカを抱き止め、男のやって来た方へと放りなげる。


「——メル君!」


 男は叫ぶ。メルコレディは指を回し、向こう側へと繋がる氷の滑り台を作り上げた。


 緩やかに滑り落ちるペチカ。その彼女に駆け寄ったクロカゲは、彼女の襟を咥えてその場から退避するように駆け出していった。


「誠司さんっ!」


 莉奈は男の名を叫ぶ。ペチカはとりあえず、無事に逃がすことに成功しただろう。


 だが——誠司の姿が見えない。ペチカを放り投げたあと、誠司は吊り橋と共に姿を消したのだ。


「……セイジだって? クックッ……まさか、あのセイジか? 僕を滅ぼした、あのセイジか!?」


 ヴェネルディは笑う。莉奈は茫然とした様子で、吊り橋のあった方に意識を飛ばした。


「なんだなんだ? こんな呆気なく終わっちゃうのか? 僕を滅ぼした、あのセイジが! たかがガキの命と引き換えに、あの、間抜けめっ!」


 高笑いを続けるヴェネルディ。彼を睨む莉奈。


 だが、崖ぎわに——人の指が現れた。笑いを止め、目を見張るヴェネルディ。


 やがて男は身を乗り出し、地に足をつけ、静かに声を上げた。



「——心配には及ばないよ、ヴェネルディ。貴様の薄汚れた『魂』を再び滅ぼすまで、私は死なんよ」


「……へえ?」


 面白くなさそうに、ヴェネルディは誠司を見据える。



 役者は揃った。『風』に立ち向かう莉奈と誠司、二人の抗う戦いが、始まる。




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