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ライラと『私』の物語【年内完結】  作者: GiGi
第五部 第六章
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天敵・Ⅰ 05 —ペチカ—






「母様のところには来てないみたい!」


 女王竜の元へと戻り状況を確認してきたサンカが、息を切らして報告する。



 ——ペチカの父親が、宿にいるハウメアの元へと知らせを持ってきてから一時間近く。街は慌ただしさに包まれていた。


 ハウメア達は昨晩宴が行われた集会所を借り、対策に頭を悩ませていた。


 とりあえずはこの万年氷穴の中を隅々まで調べ、いないことを確認している最中だが——。


「……ありがと、サンちゃん。やっぱり、風鳴りの崖へ行ってしまった可能性が高いねー……」


 ハウメアは唸る。『お母さん』を女王竜に置き換えた可能性にすがってのことだったが、まあ空振りだった。隣にいるグリムが、険しい顔で口を開く。


「……ああ。この氷穴の坑道内、そして氷穴の外、周辺を私の端末に探させてはいるが、まあ見当たらないな」


 グリムのスキル、『千騎当千クラウド』だ。


 彼女は彼女が管理出来る限界までその数を増やし、捜索を行っている。


 その報告を聞いたルネディとマルテディは、沈痛な表情を浮かべうつむいた。


 ルネディが漏らす。


「……ごめんなさい……うちのメルのせいだわ……」


 そうだ。メルコレディの能力がなければ、きっとペチカはこんなことをしなかっただろう。


 メルコレディが能力を使えば、氷人族は真夏でも外に出ることが可能ではあるだろうから。


 私達が言い聞かせておけば——そんな自責の念に駆られる二人に、ペチカの父親が語りかける。


「気になさらないで下さい……悪いのは私が気をつけていなかったからです。メルさんと一緒のペチカ、とても楽しそうでした。それに……」


 父親は唇を噛み締め続ける。


「……元はといえば、私が妻の墓にペチカを連れて行かなかったことが原因なんです。妻を失った私は、娘まで失うのが怖かった……。万が一を考えてしまい、あの娘を外に連れ出したくなかったんです。だから、行きたがっているペチカを置いて、毎年、私だけで妻の墓に……全て、私のせいなんです……」


 無言。父親の独白を聞いた周りは、何も声をかけられない、かけてあげられない。


 その様に周りが沈黙する中、ルーが申し出た。


「…………あの、私達が風鳴りの崖、ってところに飛んでいってもいいよ?」


「うん……そうだね。お願い——」


 そう言いかけたハウメアのことを、グリムは手で制した。


「……ありがとう。状況がはっきりしたら、キミ達にお願いすると思う。いつでも動けるように、準備だけはしておいてくれ」


 そのグリムの言葉に頷く、フィア、サンカ、ルーの三人。グリムは続ける。


「まあ、誠司は半径五百メートル以内の魂は見逃さないし、莉奈の視界は広い。あの二人に任せておけば、とりあえずは大丈夫だ。では、少し失礼——」


 グリムは立ち上がり、目線でハウメアを促して部屋の隅へと向かう。ハウメアは察し、グリムの後をついていった。




「……どうしたの、グリム」


 ハウメアは部屋の隅で声を潜め、グリムに尋ねる。氷竜の申し出を濁した事といい、きっとあの場では聞かせたくない何かがあるのだろう。


 グリムは眉をひそめ、ハウメアに報告した。


「……ハウメア嬢。状況はかなりマズい。風鳴りの崖は、『厄災』ヴェネルディが出現した場所なんだろう?」


「……うん、そうだよ、間違いない」


 いつもの緩慢とした口調はなりを潜め、真面目に答えるハウメア。


 焦る気持ちを抑え、グリムは外の様子を告げる。


「……今、外は、風が強まってきている。そしてその風向きは、『雲の流れと一致していない』」


「……っ!……それって、『厄災』ヴェネルディ……このタイミングでかあ……」


 最悪の事態にハウメアは目を覆う。風鳴りの崖と聞いて、嫌な予感はしていたが——。


「……だから、氷竜には控えてもらった。奴の『厄災』の力がどの程度かわからないが、最悪、風で落とされかねないからね。もうしばらくすれば、向かわせている私の端末が風鳴りの崖へと到着する。状況が判明次第、速攻で動くぞ——」








「……ハァ……ハァ……」


「……ペチカちゃん……無理しないで……」


 肩で息をしながら山道を登るペチカを気づかって、彼女のポケットの中に入っているメルコレディが心配そうに声をかける。


 空は分厚い雲に覆われており、幾分暑さは和らいでいるが——いくらメルコレディが冷やし続けているとはいえ、氷人族の彼女にとってはかなり辛い気候だろう。


 加えて慣れない山道、不足している睡眠、強まる風、悪条件は重なっている。


 メルコレディが注意し、休み休み進行はしているが——それでもペチカの体力の消耗は激しかった。


 心配そうに彼女の顔を覗き込むメルコレディに、ペチカは笑顔を作って答える。


「……だいじょうぶだよ、メルちゃん。あの吊り橋を渡ったら、もう風鳴りの崖だから」


「……うん……」


 キラキラとした雪の汗を流すペチカの顔を見返しながら、メルコレディは昨晩のやり取りを思い返す。





 ——「……メルちゃん。あのね、お願いがあるの」


 ペチカは母親を想い涙ぐみながら、メルコレディにお願いした。


「——風鳴りの崖まで、ペチカを連れてって」


 当然だが、メルコレディは彼女をたしなめる。とても危ないし、もし何かあったら今のメルコレディにはペチカを守り切る自信はなかったから。


 それでも切々と訴えかける彼女に、メルコレディは心を動かされてしまう。


 亡くなった母を想う気持ち、明け方前にはたどり着くこと、メルコレディもいつまでもこの街にはいないであろうこと——。


 そんなペチカの必死のお願いに、書き置きを残すことを条件に、ついにメルコレディは首を縦に振ってしまう。


 そう。『厄災』メルコレディ、彼女は優しすぎたのだ——。




 ペチカの予定では、明け方前には着いているはずだった。


 だが、致命的な誤算があった。彼女は普段、外には出してもらえない。地図でルートを確認したペチカは、高低差を考慮していなかったのだ。小さい頃に一度だけ訪れた時は、父に背負われていたから、わからなかった。


 山道は厳しい。子供の足では、尚更だ。


 それでもペチカは、頑張った。魔物が現れないのも幸いした。


 そしてついに、恐る恐る吊り橋を渡り終えたペチカは、キラキラとした汗を流しながらメルコレディに向かって晴れやかな笑顔を浮かべた。



「メルちゃん、ありがとう! ここだよ、ここが風鳴りの崖! お母さんね、ここにいるんだ!」




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