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ライラと『私』の物語【年内完結】  作者: GiGi
第五部 第六章
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天敵・Ⅰ 04 —風は吹き始め—






「……誠司さん。とりあえずペチカの家、行ってみよう。私、知ってる」


「……莉奈、念の為、準備してきなさい。嫌な予感がする」


「……うん、わかった」


 莉奈は開けっぱなしになっている窓から自分の部屋へと戻り、手早く準備を終える。



 一分後、準備を終えた莉奈は誠司の元へと降り立った。


「お待たせ。皆に知らせなくていい?」


「……ああ。状況が分からないからな。今は、急ごう」


 誠司と莉奈は駆け出す。ペチカの家に向かって。彼女の家は、氷穴の入り口近くにある。



 そして数分後——誠司はペチカの家の扉をノックした。


 静かに、幾度にも渡って繰り返さるノック。


 焦燥感に駆られる誠司。やがてその家の扉は開き、寝起きの顔をしたペチカの父親が顔を出した。


「……ああ、おはようございます、セイジさん、リナさん。どうかされましたか?」


「……単刀直入に聞く。ペチカ君は、どこに行った?」


 その誠司のただならぬ様子に、真顔になるペチカの父親。


 彼は辺りを見回して、外履き用のペチカの靴が無いことに気づき——娘の名を叫びながら、ペチカの寝室へと駆け向かった。


「ペチカ、ペチカ!」


「……失礼、私達も上がらせてもらうよ」


 父親の後に続く、誠司と莉奈。


 そして父親は部屋に入り、立ち尽くす。


 その部屋にいるはずの、ペチカとメルコレディはいなかった。


 代わりに、テーブルの上に残された書き置きが一つ。


 それを目にした父親は、力なく膝をついた。


「……失礼」


 誠司は断りを入れ、書き置きを覗き込む。そこには、こう書かれていた。



 ——『お母さんに会いに行ってくるね。メルちゃんもいっしょだから、だいじょうぶ。心配しないで!』



 誠司と莉奈の顔が苦痛に歪む。昨日のペチカの言葉が思い出される。



 ——「あのね、ペチカね、お母さんいないの」



 誠司は事実を確かめるために、父親に話しかけた。


「……君。ペチカ君の母親というのは……」


「……はい……妻は……亡くなりました。ペチカがまだ、小さい時に……。くそ、なんで私は、ペチカが出ていくのに気がつかなかったんだ……」


 自責の念に囚われ、力なく床を叩く父親。誠司の胸が締め付けられる。


「……それで、母親に会いに、というのは」


「……恐らく……妻の墓のことでしょう。妻が亡くなった時に、一度だけ連れて行ったことがあります。ペチカはよく、地図を眺めていました……場所が、分かるのかも知れない……」


 涙を零しながら床をじっと見つめ、父親はつぶやく様に答える。言わずもがな、氷人族はこの真夏の気候、外の暑さにさらされたら、命は、無い。


 誠司は膝をつき、父親の肩に手を置いた。


「……大丈夫だ。こんな状況だが、君にはささやかな好材料が二つある」


 無言で顔を上げる父親。彼を見つめる誠司の眼鏡越しの瞳は、優しかった。


「一つは、メルコレディの力は君の想像以上に凄いこと。彼女ならペチカ君を、守ってやれるだろう。そして、もう一つ——」


 誠司は立ち上がり、莉奈の肩に手を置いた。


「——ここには、人探しのスペシャリストが二人もいる。だから、安心してくれ。ペチカ君を無事、連れ戻してやる。場所を教えてくれ——」







 ペチカの家を出た誠司は、苦悶の表情に満ちていた。


 莉奈は先ほどの会話を、頭の中で反芻はんすうする。




 ——「……はい。妻の墓は、『風鳴りの崖』という場所にあります」


 ——「……風鳴りの崖……なぜ、そんな所に……」


 ——「……生前、妻と私が真冬によく訪れていた場所なんです。彼女はそこから見える景色が大好きで……」


 ——「……そうか、わかった。では、私達は早速向かう。君、宿にいる私達の仲間に、このことを伝えてくれ」




 ————……。



 早足で歩く誠司。莉奈は、誠司の顔色を窺う。


「……ねえ、誠司さん。顔、怖いよ……?」


「ああ……すまない。だが、莉奈、急いだ方がよさそうだ」


「……どういうこと……かな?」


 莉奈の中に、ある一つの拭えない不安が生じる。それは、もし口に出して認められてしまったら、最悪を覚悟しなくてはならないほどの大きな不安。


 だが誠司は——その莉奈の考えを、不安を、予感を、肯定する事実を告げた。


「——莉奈。当時の私とエリスが『厄災』ヴェネルディと戦った場所、どこだと思う?」


 そこまで聞けば、もう答えが出たようなものだ。予感は間違いであって欲しかった。しかし、現実は認めないといけない。


 莉奈は唾を飲み込み、呻くようにその名を口にする。


「……『風鳴りの崖』……とかかな?」


「……そうだ。当時の私とエリスは、『風鳴りの崖』で、『厄災』ヴェネルディを討ち倒したんだ」


 誠司と莉奈は、氷穴の外へと出た。


 髪が揺れる。白いマントがたなびく。誠司の作務衣が身体に張り付く——。



「……チッ、嫌な風だな。急ぐぞ、莉奈」




 ——風は先ほどよりも強く、音を立て誠司達に吹きつけるのだった。







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