天敵・Ⅰ 02 —幸せな風景—
「いいのか、フィアンドロッ……フィア。俺の隣にいても、楽しくないだろう?」
無表情で酒を飲むクレーメンス。その隣の席には、フィアが陣取っていた。宴が始まってから、ずっと。
「……そんなこと、ない。いいから、もっと色んな話聞かせてよ」
「そうか。俺としてはフィアの話が聞きたいが。お前のことを、もっと知りたい」
「……なっ……!」
顔を赤らめるフィア。そこに歌を終えたクラリスがやって来て、クレーメンスの隣にドカッと座った。
「フィア? この人に何か変なことされてないですよね!?」
「……へっ!?……へ、変なことって、なんのことかな……?」
顔を真っ赤にするフィア。クレーメンスはクラリスの方を向き、無表情で抗議した。
「失礼だぞ、クラリス。する訳ないだろう——」
フンと鼻を鳴らすクラリス。彼女は持ってきた酒を口に——。
「——俺は『白い燕』、単推しだ」
「…………えっ……?」
動きを止める二人。後。二人は同時に立ち上がった。
「ちょ、ちょちょ、どういうこと!? クレーメンスって、まさかリナ様のことが!?」
「し、し、『白い燕』さんに手を出そうというのですか!? 駄目です、私を通さずに勝手なことしないで下さい!」
もの凄い剣幕で迫る二人。そんな彼女達のことを、クレーメンスはジッと見つめる。
「待て。単推しと言っても、純粋に応援しているだけだ。別にやましい気持ちは、ない」
ふうと息をつく二人。とりあえず椅子に座り直す。落ち着いたと判断したクレーメンスは、酒を飲み干し立ち上がった。
「では、いい機会だ。少しリナと話をしてくる——」
「「ダメっ!」」
両腕を引っ張られ、クレーメンスは強制的に椅子に座らせられた。
どうやらフィアの前途は、多難なようである。
†
マルテディ達『厄災』は、氷人族の少女ペチカと仲良く話していた。
特にペチカとメルコレディは、気が合うみたいだ。
「わあ、わあ、メルちゃん、とっても涼しい! そんなちっちゃいのに、すごいんだね!」
「えへへ。ほんとはね、ペチカちゃんよりも大っきいんだよ」
微笑えましいやり取り。そんな二人のことを、ルネディとマルテディは目を細めて見つめる。
そこに、未だに挨拶回りで色んな所に顔を出している莉奈が通りかかり、皆に声をかけた。
「やっほー。皆んな、楽しんでるー?」
「あら、77……いえ、リナ、ご機嫌よう」
ぐぎゅうと締め付けられるルネディ。マルテディが慌てふためく中、メルコレディが呆れた感じでルネディに注意をした。
「だめだよ、ルネディ。いつかほんとに潰されちゃうよ?」
「ねえ、ねえ、77ってなあに?」
「……うふふ……ペチカ……それはね、リナの胸……むぎゅう……」
莉奈の手の中で、くてっとなるルネディ。しまった、調子に乗ってからかいすぎた。
テーブルの上に降ろされ咳き込んでいるルネディの背中を、優しくさするメルコレディ。そんな彼女に莉奈は、嬉しそうに語りかけた。
「メルー。ペチカと随分、仲良くなったみたいじゃーん」
「うん! 今日ね、ペチカちゃんのところにお泊まりするの!」
メルコレディとペチカは顔を見合わせ、「ねー」と声を合わせる。
「本当、仲良しさんだねえ。メル、迷惑かけないようにね?」
「はーい!」
元気よく返事をするメルコレディ。彼女はペチカとの会話に戻る。そんな様子を見て莉奈はため息をつき、ルネディを掬いあげた。
「あら、リナ。まだ潰し足りないのかしら?」
「……そうじゃないんだけどさ……ちょっといい?」
莉奈はルネディを連れ、メルコレディ達に話を聞かれないよう、席を離れる。
「……こんなことあなた達に頼むのは気が引けるんだけどさ……ペチカね、母親がいないみたいなんだ。だから、その……」
そこまで言って、言い淀む莉奈。ルネディは莉奈の言わんとしていることが分かり、真面目な口調で返した。
「……わかったわ。幸いメルとも仲良くなったことだし、寂しくさせないよう、気にかけておくわ」
そう。莉奈達は明日か明後日にはもうここを発つ予定だが、彼女達『厄災』はメルコレディのために、しばらくイベルノに滞在することになる。
意を汲み取ってもらえたことが分かり、莉奈はルネディに頭を下げた。
「……ごめんね、ルネディ。あなた達も大変だったのに……」
「ふふ。気にしないでちょうだい、リナ。親のいない私達だからこそ、彼女に寄り添えるのかも知れないのだから」
クスクスと笑うルネディ。莉奈はこの優しい『厄災』のことを、目を細めて見つめる。
「あーあ。でも、あなた達と別れるの、私だって寂しいんだよ?」
「あら、ずいぶんと嬉しいこと言ってくれるじゃない。心配しないで。元の身体に戻ったら、また顔を出すわ。77センチがどんなものかを思い出しに、ね」
「くっ……じゃあ、戻ってきたら、あなたの胸囲、測らせなさいよ」
「ふふ、いいわよ。約束ね」
「うん、約束だからね」
そこまで言って、たまらず笑い出す二人。
テーブルではメルコレディとペチカが仲良く話し、それをマルテディがニコニコと見つめている。
——こんな日が、いつまでも続けばいいのになあ。
莉奈とルネディは、優しくその光景を眺めるのであった。




