天敵・Ⅰ 01 —もてなしの宴—
「おかえりなさい!……あれ? わあ、お姉さん達がいっぱい増えてる!」
イベルノの街に帰ってきた莉奈達を、氷人族の少女、ペチカがぴょんぴょん飛び跳ねながら出迎える。
隣に立つ長老が、一歩前に歩み出た。
「皆様、お疲れ様です。どうでしたかな、氷竜は」
「あー、長老。今からそれを説明するから、手の空いてる街の人、全員を集めてくれるかなー」
ハウメアの言葉に、首をかしげる長老。行きよりも人が増えているのが気になる。だが、ハウメアの表情を見る限り、悪い知らせではないようだが——。
不思議そうな顔をする長老にハウメアは近づき、耳打ちして事のあらましを簡潔に伝えた。
それを聞いた長老は、目を丸くして驚きの表情を浮かべる。
そして、恐らく女王竜らしき人物——美しく長い青白色の髪を綺麗に束ねた、はち切れんばかりの胸を組んだ腕で支えている、一番貫禄のある人物の前に出て膝をついた。
「女王竜様とお見受けいたします。あなたが我らの母とお伺いいたしました……」
「カッカッカッ! よいよい、そんなに畏まらんでも。親に膝をつく子などおらんだろう。それとも、人の子のしきたりではそうなのか?」
高笑いする女王竜。どうやら最初に出会った時と比べ、彼女の中では竜と人の垣根は薄れてきているようだ。
そんな彼女の前に、ペチカがぽてぽてと近づいていく。
「お姉さんじゃなくてお母さんなの? あのね、ペチカね、お母さんいないの」
「むむ? どういうことだ?」
少し寂しげな表情を浮かべるペチカに、事情を尋ねようとする女王竜。
そんなペチカの肩に、長老は手を置いた。
「……これ、ペチカ。すまないが、皆を集めてきてくれんかのう」
「……うん、わかった!」
笑顔で頷き、くるりと身を翻すペチカ。
——『母がいない』。駆け出して行くその小さな背中を、莉奈と誠司はライラの境遇に重ね合わせ、複雑そうな表情で眺めた。
「すみません、女王竜様。して、そちらの方々は……」
「私はサンカ。どう、ステキな名前でしょう?」
「…………私はルー。よろしくね」
「あたしは——」
「——フィアンドロッセ・マルチャリオスだ」
突然割り込んできたクレーメンスの顔面に、フィアとクラリスのグーパンチが飛ぶ。
フィアは咳払いをし、笑顔を浮かべた。
「あたしはフィア。それ以上でもそれ以下でもないわ。あたし達三人は、母様の娘なの。よろしくね」
「……あ、ああ。なるほど、あなた方も竜なのですね。驚きました。それでは女王竜様、御三方、ようこそおいで下さいました。ここが氷人族の住む街、イベルノでございます——」
†
イベルノの街の、手の空いている氷人族は全員集められ、ことのあらましをハウメアから説明された。
それを聞いた氷人族から、どよめきと感嘆の声が上がる。
腕を組みながらその反応を見ていた女王竜は、満更でもない様子でうんうんと頷く。
そしてハウメアに呼ばれ、女王竜、フィア、サンカ、ルーと、一人ずつ順番に紹介されていく。
さすがに女王竜は堂々としていたが、三人の氷竜達は大勢の人の視線を集めるのが初めてなこともあり、照れ臭そうに挨拶をしていた。
住民達にひと通りの紹介を終えた後、長老が前に出てこの場を締め括った。
「それでは皆の者。今夜はハウメア達の歓迎会をやる予定じゃったが、そこに我らが母、女王竜様に氷竜の皆様も招こうと思う。いいか? 盛大にもてなすぞ!」
ワーッと湧き上がる歓声、突然のことに驚く氷竜娘たち。
だが、人も竜も関係ない。こうして会話ができ、酒を酌み交わせるのなら——。
——こうしてこの日の夜、竜族を交えた宴は、盛大に始まるのだった。
†
ここはイベルノの街の集会所。
クラリスの歌が彩る中、ハウメア達の歓迎会、及び竜と人との懇親会という名の宴は盛り上がりを見せていた。
「ぷはあ、セイジさん、降参だ! 相変わらず強いな、あなたは!」
「はは、もう飲み比べが出来る歳でもないがね。まだまだ負けんよ」
街一番の酒豪を返り討ちにした誠司は、目を細め皆の様子を見る。
莉奈はレザリアを引きずりながら氷人族の皆とコミュニケーションをとっており、忙しそうにしている。
ハウメアは隅っこの方で小さくなっている。大勢いる場所は苦手なのだろうか。それでも彼女の元に氷人族の皆が代わる代わる挨拶に来ていた。仕方あるまい。彼女は氷人族の代表、誇りなのだから。
それと同様、女王竜の元にも皆は集まっていた。
突如明かされた、氷人族のルーツ——次々と尊敬と感謝の念を伝えに来る街人に、女王竜は満足そうにしている。いや、あれは料理と酒に満足しているのか?
その様に楽しそうにしている皆を見て誠司は満足そうに頷き、莉奈を呼び止めた。
「——莉奈」
「なあに、誠司さん?」
「私はそろそろライラと代わる。あの娘にも楽しむよう、伝えといてくれ」
「……あー。早く一緒に楽しめるようになれるといいんだけどね」
莉奈は誠司の気持ちを想い、複雑な表情を浮かべる。そんな親思いの娘に向かって、誠司はにこやかに微笑んだ。
「なあに、もうすぐだ。次、家に帰る頃にはきっと、な」
そう。予定通りにいけば、ブリクセンから家に帰る頃にはカルデネの研究も終わっていることだろう。
誠司にとって、ライラにとって、悲願の時がついに訪れるのだ。
莉奈は頬を緩め、誠司に挨拶をする。
「オーケー、わかった。じゃあ誠司さん、ゆっくり休むんだよー。おやすみー!」
「ああ、おやすみ。あと、ライラにはまだお酒は飲ませないように……——」
そう言い残して、誠司は一瞬の光に包まれた。苦笑しながら鼻を鳴らす莉奈。わかってますって。
——そして、一瞬の光のあと現れた少女は、自分の身を守る祈りを捧げる——
宴はまだまだ楽しく続きそうだ。




