あの素晴らしい日を
これは火竜襲撃戦を終えた彼女らが『魔女の家』に帰宅し、のんびりとした日々を過ごしているある日の物語——。
誠司とライラが、何もない空間で邂逅を果たしている時のことだ。
莉奈とレザリアとグリムの三人は、一日の疲れを癒やすために温泉に浸かっていた。
「……くふー。やっぱ温泉は、落ち着くねえ」
そう言いながら指を組んで、腕を大きく上に伸ばすのは莉奈だ。
そんな幸せそうな彼女を見て、レザリアは目を細める。
「……ええ。温泉で身体を伸ばし、その隣にはリナがいる。これ以上の幸せがありますでしょうか、いえ、ありません」
「……あの、レザリア? もうちょっと他に、幸せ探そ?」
じわじわ寄ってくるレザリアを、じりじり避ける莉奈。そんな二人を見ながら、グリムは肩をほぐす。
「……いや、しかし同感だな……」
「ええ。リナのいる温泉、これに勝る喜びはありません」
「いや、違くて。温泉は落ち着くな……。人間はこんな多幸感に包まれながら、疲れを癒やしてたのか……」
「え、グリム、疲れとか感じないんじゃなかったっけ?」
莉奈が興味深そうに尋ねる。彼女の持つ『再生能力』。その効果で、疲労は感じないと聞いていたが——。
「肉体はね。さすがに脳は疲れるよ。リラックスして睡眠をとり、デフラグしないと処理がどんどん重くなってしまう」
「デフラグ? なにそれ?」
「ああ。デフラグメンテーションといってだな——」
頭に「?」マークを浮かべながら、グリムの説明を頷いて聞く莉奈。
ひと通りの説明を聞き、「ほほう」と(ちんぷんかんぷんな顔をして)納得している莉奈を見て、レザリアは感心した様子でグリムに話しかけた。
「グリム。私には今の話はよく分かりませんでしたが、すごいですね。リナの世界では概念的存在だったんですって?」
「ふむ。少なくとも『魂』とやらはなかったな」
「そうなんだよ、レザリアー。みてみて、この娘、ムダ毛一つ生えてないの。ずるくない?」
ジト目でグリムを眺める莉奈。グリムは視線を受け、湯面の上にスラリとした脚を上げた。
「まあ、アバターがそういう設定だったからな。いや、そこまで仕様が決められていなかった、という方が正解か」
「はいはい、スタイルいいよね。まったく、この世界で浮かないくらいには胸あるし。いいなあ、ちょっとちょうだいよ」
そう。この世界の女性は、元の世界よりも総じて胸が大きめである。胸がファンタジーだ。莉奈はブクブク言いながら湯に口を沈める。
そんな彼女の胸の方をガン見しながら、レザリアは尋ねた。
「リナ。ずいぶん気にしてますけど、実際、何センチくらいあるんですか?」
「……あの、あなた、私が気にしてるの知っててそれ聞く……?」
「いえ、リナが気にしてても、私は気にしませんから。ああ……まあ、言えないのなら別に……」
レザリアはため息をつき、目を逸らした。
カチン。莉奈の中で何かが弾けた。
——これは挑戦状だ。見下しやがって。確かにあなた達よりは大きくないかもだけど、私だって、私だって——
「——言えらあっ! おまえら、しっかり聞きやがれっ!」
莉奈はジャバッと立ち上がる。腕を組んで。気持ち胸を寄せ上げて。
二人の視線が集まる。ハッ。啖呵を切ったはいいが、やっぱり恥ずかしい。
しかし、今更引き返せない。莉奈は顔を赤らめながら、ボソッとつぶやいた。
「……は……じゅう…………」
「……はい?」
「…………80は超えてると……思う……」
「なるほど、リナは80を超えているくらい、と」
疑うでもなく、納得をするレザリア。まあこの反応は、正直嬉しい。下手に慰められたりでもしてたら、居た堪れなく——。
グリムがボソッと、つぶやいた。
「——77」
——時間が止まる。空気が凍りつく。主に、莉奈の。
直後、莉奈は冷や汗をダラダラ流しながらグリムの所に近づき、彼女の肩を揺すった。
「な、な、ななな、ななじゅうななって、な、なな、なんのことかなあ!? グ、グ、グリムぅ!?」
「いや、キミが正確に自分のサイズを把握していないから、教えてあげようと思って——」
「も、もう、グリム!? あなた、私のサイズ、知らないでしょ!?」
ガクンガクン揺すられるグリム。ジャバジャバと湯しぶきが飛ぶ中、彼女は答える。
「いや、これは私の『モニターチェック』に由来する能力だろうね。私はこの目で見たサイズや物理的な距離感が、ある程度正確に把握できるんだ」
「ま、ま、またまたご冗談を——」
「——77・59・86。ちなみにアンダーは……」
トン。莉奈は無言でグリムの首を手刀で叩いた。コテンとなるグリム。
莉奈は笑顔でレザリアの方を向く。
「はあい、レ、ザ、リ、アぁ。何も聞こえなかったよ……ね?」
「はい、しかと聞きました。リナのことがまた一つ知れて、私は今日という日に感謝をしています」
「……わかったよ……抹消してやるよ……おまえらの記憶をよぉぉっ!」
温泉で戦う、三人の女性たち。
レザリアは莉奈の攻撃をかわしながら、グリムに問う。
「感服いたしました、グリム。それで、リナの体重は……」
「ふむ。体重の方は正確には分からないが、50前後といったところか」
「……ぐっ……49.8だ、ごるぁっ!」
…………——。
——これは『魔女の家』、とある一日の、ほんのささやかな幸せの一幕。
騒げや楽しめ、今はただ。
この先、この家の者達は、激しい戦いの渦に立ち向かうことになるのだから——。
遥か遠くからその家の様子を見守っている人物は、静かにつぶやいた。
「……頑張れ、『私』」




