表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
313/628

あの素晴らしい日を






 これは火竜襲撃戦を終えた彼女らが『魔女の家』に帰宅し、のんびりとした日々を過ごしているある日の物語——。



 誠司とライラが、何もない空間で邂逅を果たしている時のことだ。



 莉奈とレザリアとグリムの三人は、一日の疲れを癒やすために温泉に浸かっていた。


「……くふー。やっぱ温泉は、落ち着くねえ」


 そう言いながら指を組んで、腕を大きく上に伸ばすのは莉奈だ。


 そんな幸せそうな彼女を見て、レザリアは目を細める。


「……ええ。温泉で身体を伸ばし、その隣にはリナがいる。これ以上の幸せがありますでしょうか、いえ、ありません」


「……あの、レザリア? もうちょっと他に、幸せ探そ?」


 じわじわ寄ってくるレザリアを、じりじり避ける莉奈。そんな二人を見ながら、グリムは肩をほぐす。


「……いや、しかし同感だな……」


「ええ。リナのいる温泉、これに勝る喜びはありません」


「いや、違くて。温泉は落ち着くな……。人間はこんな多幸感に包まれながら、疲れを癒やしてたのか……」


「え、グリム、疲れとか感じないんじゃなかったっけ?」


 莉奈が興味深そうに尋ねる。彼女の持つ『再生能力』。その効果で、疲労は感じないと聞いていたが——。


「肉体はね。さすがに脳は疲れるよ。リラックスして睡眠をとり、デフラグしないと処理がどんどん重くなってしまう」


「デフラグ? なにそれ?」


「ああ。デフラグメンテーションといってだな——」


 頭に「?」マークを浮かべながら、グリムの説明を頷いて聞く莉奈。


 ひと通りの説明を聞き、「ほほう」と(ちんぷんかんぷんな顔をして)納得している莉奈を見て、レザリアは感心した様子でグリムに話しかけた。


「グリム。私には今の話はよく分かりませんでしたが、すごいですね。リナの世界では概念的存在だったんですって?」


「ふむ。少なくとも『魂』とやらはなかったな」


「そうなんだよ、レザリアー。みてみて、この娘、ムダ毛一つ生えてないの。ずるくない?」


 ジト目でグリムを眺める莉奈。グリムは視線を受け、湯面の上にスラリとした脚を上げた。


「まあ、アバターがそういう設定だったからな。いや、そこまで仕様が決められていなかった、という方が正解か」


「はいはい、スタイルいいよね。まったく、この世界で浮かないくらいには胸あるし。いいなあ、ちょっとちょうだいよ」


 そう。この世界の女性は、元の世界よりも総じて胸が大きめである。胸がファンタジーだ。莉奈はブクブク言いながら湯に口を沈める。


 そんな彼女の胸の方をガン見しながら、レザリアは尋ねた。


「リナ。ずいぶん気にしてますけど、実際、何センチくらいあるんですか?」


「……あの、あなた、私が気にしてるの知っててそれ聞く……?」


「いえ、リナが気にしてても、私は気にしませんから。ああ……まあ、言えないのなら別に……」


 レザリアはため息をつき、目を逸らした。



 カチン。莉奈の中で何かが弾けた。



 ——これは挑戦状だ。見下しやがって。確かにあなた達よりは大きくないかもだけど、私だって、私だって——



「——言えらあっ! おまえら、しっかり聞きやがれっ!」


 莉奈はジャバッと立ち上がる。腕を組んで。気持ち胸を寄せ上げて。


 二人の視線が集まる。ハッ。啖呵を切ったはいいが、やっぱり恥ずかしい。


 しかし、今更引き返せない。莉奈は顔を赤らめながら、ボソッとつぶやいた。


「……は……じゅう…………」


「……はい?」


「…………80は超えてると……思う……」


「なるほど、リナは80を超えているくらい、と」


 疑うでもなく、納得をするレザリア。まあこの反応は、正直嬉しい。下手に慰められたりでもしてたら、居た堪れなく——。



 グリムがボソッと、つぶやいた。



「——77」



 ——時間が止まる。空気が凍りつく。主に、莉奈の。


 直後、莉奈は冷や汗をダラダラ流しながらグリムの所に近づき、彼女の肩を揺すった。


「な、な、ななな、ななじゅうななって、な、なな、なんのことかなあ!? グ、グ、グリムぅ!?」


「いや、キミが正確に自分のサイズを把握していないから、教えてあげようと思って——」


「も、もう、グリム!? あなた、私のサイズ、知らないでしょ!?」


 ガクンガクン揺すられるグリム。ジャバジャバと湯しぶきが飛ぶ中、彼女は答える。


「いや、これは私の『モニターチェック』に由来する能力だろうね。私はこの目で見たサイズや物理的な距離感が、ある程度正確に把握できるんだ」


「ま、ま、またまたご冗談を——」


「——77・59・86。ちなみにアンダーは……」


 トン。莉奈は無言でグリムの首を手刀で叩いた。コテンとなるグリム。


 莉奈は笑顔でレザリアの方を向く。


「はあい、レ、ザ、リ、アぁ。何も聞こえなかったよ……ね?」


「はい、しかと聞きました。リナのことがまた一つ知れて、私は今日という日に感謝をしています」


「……わかったよ……抹消してやるよ……おまえらの記憶をよぉぉっ!」



 温泉で戦う、三人の女性たち。


 レザリアは莉奈の攻撃をかわしながら、グリムに問う。


「感服いたしました、グリム。それで、リナの体重は……」


「ふむ。体重の方は正確には分からないが、50前後といったところか」


「……ぐっ……49.8だ、ごるぁっ!」




 …………——。




 ——これは『魔女の家』、とある一日の、ほんのささやかな幸せの一幕。



 騒げや楽しめ、今はただ。



 この先、この家の者達は、激しい戦いの渦に立ち向かうことになるのだから——。



 遥か遠くからその家の様子を見守っている人物は、静かにつぶやいた。




「……頑張れ、『私』」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ