竜の理、人の理 11 —人も、竜も—
——あれから一時間後。
「——という訳です。それでは復習にまいりましょう」
神妙に頷きながら、レザリアの話に聞き入る氷竜達。女王竜もいつの間にか、通常の人のサイズまで縮んでいた。
「では、まずリナの誕生日を。女王竜」
「うむ! 五月五日だ!」
「よろしい。では、リナの好きなクレープのトッピングを。フィア」
「はい! ミルクストロベリークレープ、キジヤワナッツスクナメ……クリームマシマシです!」
「よく出来ました。次、リナの身長、体重を。サンカ」
莉奈がポカポカとレザリアを殴り出す。それを気にすることなく、サンカは輝いた目で答えた。
「はい! 身長164センチ、体重49.8キロです!」
「そうです、その通りです。リナが言うので間違いないでしょう。では最後にルー。リナのスリーサイズを」
「わー、わー、ふざけんな、おまえら!」
ルーの口を塞ごうと、慌てて駆け寄る莉奈。その伸ばされた手を、ルーはひらりと躱す。
「スリーサイズは77・59・86です」
莉奈の制止も聞かず、しれっと答えるルー。莉奈は地に手をつき、地面を叩く。
「ルー? リナは胸を気にしていると教えましたよね? なぜ素直に答えたのですか?」
「はい。それも含め、リナ様を愛しているからです」
「よく言いました。それでは、まだまだ語り足りませんが今日はここまでにします。皆さん、リナの存在に感謝を」
「「感謝を」」
こうして講義は終わった。女王竜は爪の傷をレザリアの魔法で癒やしてもらいながら彼女に礼を述べており、氷竜娘達は憧憬の眼差しで莉奈を見つめている。
——おまえら、こんな赤裸々に個人情報を公開しておいて、本当に感謝してるのか?
悔し涙を浮かべながら歯軋りをする莉奈。そんな彼女に向かって、女王竜がバツが悪そうに謝罪の言葉を口にした。
「……すまんのう、リナ。さっきは妾が悪かった、許してくれ」
「あ、いえ、こちらこそごめんなさい。逆鱗って、触っただけでもあんなに怒らせてしまうとは思っていなかったので……勉強不足でした」
ペコリと頭を下げる莉奈。ペコリと頭を下げる女王竜。
その様子を見て、ひと通り事態は収束したと判断した面々が莉奈達の方に歩み寄ってくる。
「莉奈、お疲れ様」
「……誠司さん……何も聞こえてなかったよね?」
「何がだ?」
「はは……なんでもない」
すっかり疲れ果てた笑いを浮かべる莉奈。どうやら個人情報の流出は、最小限に抑えられたらしい。
そんな彼女達のやり取りを横目に、ハウメアが女王竜の前に出た。
「それでだ、女王竜。巣替えの件なんだけど……」
ハウメアは恐る恐る尋ねる。この戦いは、その為の戦いだったのだから。その恐縮するハウメアの様子を見て、女王竜はフッと息を吐いた。
「……安心せい。元より、今日明日替えるつもりなぞない。それに、想像以上に妾を楽しませてくれたのだからな」
「……それじゃあ!」
女王竜の言葉を聞いたハウメアの顔に、笑顔が灯る。そんな彼女のことを、女王竜は優しく見つめた。
「——三百年だ。三百年だけ待ってやる。それまでに、何とかするのだぞ」
「……えっ? えっ、あっ、さんびゃ……はは、恩にきるよー、女王竜……」
思った以上の猶予に、肩透かしを食らうハウメア。せいぜい良くて、数年程度かと思っていたが——。
ともあれ、これで氷竜関連の憂いはなくなった。
これなら氷人族、ケルワンの双方とも、長期的な計画での住民達の安全が保障できるだろう。
氷竜娘達に皆が群がり、思い思いに話しかける。先ほどの戦いの感想、お互いの暮らし、莉奈の個人情報などなど——話は尽きない。
そんな彼女達の様子を穏やかな視線で見守るハウメアと女王竜の胸に、同じ想いがよぎった。
——人も竜も、関係ない、か——。
ハウメアは皆を眺めながら、同様に目を細めてその光景を見つめている女王竜に話しかけた。
「ねえ、女王竜。あなたが良ければなんだけど、氷人族の街に顔を出してみない? あなたの子孫に会いに、さ」
その言葉を受け、少し思案した後——女王竜は口元を緩ませた。
「……ククッ。まあ、妾の末裔が、何を見て、何を感じ、何を思っているのか、この目で知るのも悪くないのう」
「ああ、歓迎するよ、女王竜。みんな喜ぶよ、きっと——」
こうして一行は、人の姿をとった氷竜達と共に氷人族の住む街、イベルノへの帰路につく。
『万年氷穴』にて発見された氷竜の調査は、こうして無事、解決したのだった——。
お読みいただき、ありがとうございます。
これにて第五章完。
次章ですが、お待たせ(?)いたしました。
明後日(7/25)より、第五部完結まで毎日投稿いたします。
風の吹き始める第六章。引き続きお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。




