竜の理、人の理 09 —翻弄—
『そこまで! 見事なり!』
女王竜は高らかな声で宣言する。状況を理解しようと立ち尽くす誠司の元に、グリムが駆け寄ってきた。
「……誠司、詳しくは後で話すがゴニョゴニョ……」
「……なるほどな……はあ、わかった……」
グリムに耳打ちされた誠司は、倒れているルーの元へと向かった。
彼女は倒れたまま動かない。どうやら気を失っているようだ。
誠司は彼女の上体を起こし上げ背後に回り、活を入れた。
「…………う……ん……」
「やあ、すまなかったね。お目覚めかな?」
人型とはいえ竜の『魂』を持つ者。身体の造りがどうなっているか分からなかったので不安だったが、どうやら無事に目覚めたようだ。
ルーは頭を振り、誠司を観察する。
「…………あなた、ライラ……なの?」
「ンッ……私はライラの父だ。彼女の変身で呼び出されたね」
「…………そう。よくわからないけど、すごいんだね」
起き上がろうとするルーを念のため誠司が支えるが、さすがは竜族、回復も速いみたいだ。彼女はしっかりと立ち上がった。
その様子を見たグリムは、女王竜に振り向き語りかけた。
「どうだろう、女王竜。楽しんでいただけたかな?」
グリムのことを見つめる女王竜。何やら思案しているようだったが——やがて彼女は目を閉じ、つぶやいた。
『……まだだな。まだ足りん』
その答えに、引きつるグリムの表情。いや、女王竜は充分、楽しめていた様子だったのに——。
女王竜は目を開け、困惑するグリムを見据える。
『……フン。いろんな言い訳を考えたが、素直に言おう。あのような戦いを見せられて、妾の血が滾らないわけなかろう——』
「……ふむ、ということは……」
グリムは直感する。これはアレだ。火に油、もとい、氷に塩をぶち撒けてしまったようなものか。
女王竜は高らかに宣言する。
『——妾も戦うぞ! かかって来い、火竜をも打ち倒した伝説の人の子、『白い燕』リナよ!』
†
女王竜の指名を受け、直立姿勢のまま地面に突っ伏している莉奈。戻ってきた誠司とグリムが、憐れみ半分、心配半分で声をかけた。
「ンンッ。どういう状況か分からないが、莉奈、大変なことになっているな」
「ふむ。まさか女王竜本人が出てくるとはな。すまない、予想外だった」
「……もう、なんなのよお……」
ヨロヨロと起き上がりながら、莉奈は頭を振る。
レザリアとクラリスが駆け寄ってきて、両脇から莉奈を支えた。
「大丈夫です、私のリナなら!」
「ああ……また一つ、伝説が生まれるのですね!」
「……あのねえ、あなた達のせいだからね?」
言うまでもなく、先ほど女王竜に聴かせた歌が原因だろう。だから莉奈は、指名された。
ハウメアとマルテディが不安そうに声をかける。
「リナちゃん、大丈夫かいー? あんなのが相手じゃ……」
「グリムさん、何かいい方法、ないんですか……?」
「……ふむ、それこそ万全のキミ達『厄災』でもない限りは——」
そのように話し合う皆の前にバッと手を出して、莉奈は話を遮った。
キョトンとする面々。莉奈は肩を落とし、トボトボと女王竜の元へと向かう。
「……莉奈……」
心配して声をかける誠司。その誠司の呼びかけに、莉奈は軽く手を上げてつぶやいた。
「……はあ、『試合』でよかった。ま、何とかしてくるよ……」
†
空洞の中央に立つ莉奈。その姿を確認した女王竜が歩いてくる。
一歩ごとに鳴り響く地響き。
四足歩行の形態とはいえ、全長六十メートル近くもあるのだ。やはり、でかい。
莉奈は女王竜に語りかける。
「あのう、女王竜様。これ、試合でいいんですよね? 殺し合いとかじゃなくて」
『フン。そうだ、妾を楽しませる、な』
「……ごめんなさい。正直、楽しませる余裕なんてないです。けど——」
莉奈は小太刀を抜き、構えた。
「——すぐに『参った』って言わせてみせます。それでいいですか?」
その強気な発言を聞いた女王竜は、目元をピクリと動かした。
『……ほう? やってみろ。出来るものならな』
睨み合う莉奈と女王竜。静寂、後。闘いの始まりを告げるフィアの声が厳かに響き渡った。
「——始め!」
女王竜は氷のブレスを吐き出す。威力を抑えているとはいえ、凄まじい氷嵐だ。壁際のハウメアは護りの障壁を張り、皆を守る。
白い嵐が空洞に渦巻く。そして視界が晴れた先には——
(……いない。どこへ隠れた?)
辺りを見渡す女王竜。その時、声が響いた。
「——右翼膜」
その声と同時に、右翼膜をスラっと何かがなぞる感触があった。
女王竜は慌てて振り返る。そこに姿はない。だが、また声だけが聞こえてきた。
「——左翼膜」
まただ。次は左翼膜がなぞられる感触がする。
そして——
「——右耳」
女王竜の右耳からハッキリと聞こえる囁き声。右耳がペシペシと打たれる感触。
背筋に寒気を感じた女王竜は、頭を大袈裟に振って辺りを見渡した。
『……どこだ、どこにいる!』
身体を捻り、ぐるんと辺りを見渡すが——燕の姿は見えない。
女王竜は戦慄する。順番で言えば、次は——
「——左耳」
その声が聞こえると同時に、何か異物のようなものが左耳に突っ込まれた。
『……ぐおぉっ!』
不快感を抱き、必死に振り払う女王竜。相変わらず姿は、見えない。
次は、次はいったいどこに——
「——はあい、げ、き、り、ん」
いつの間にか逆鱗のそばに現れていた莉奈は、トントンと小太刀の柄で逆鱗を叩いた。
『……卑怯者! 姿を現して戦え!』
女王竜は叫ぶ。逆鱗をいとも容易くとられた、とられてしまった。
その竜の弱点を触られた女王竜は、怒りに満ち溢れる。やたらめったらと振り回される鉤爪。
と、その時突然、女王竜の目の前に莉奈が現れた。
——言葉通り、目の、前に。
「——右目」
そう言って、女王竜の右目にあてがわれる小太刀。女王竜はそれを腕で振り払い、燕の姿を目で追いかける。
(……くっ! だが、もう見失わんぞ……!)
だが、女王竜が瞬きをした瞬間——莉奈の姿は再び視界から消えた。
『……ぐぬっ!』
「——はい、左目。そろそろ降参する?」
『ぬかせっ!——』
——莉奈は女王竜の視界をジャックしていた。
彼女の能力、『意識を別の場所に飛ばす能力』。
彼女は自分の視界と女王竜の視界を同時に映し出し、常に女王竜の死角になるように位置取っていたのだ。
加えて『空を飛ぶ』彼女の技術。火竜や火竜の女王竜戦を経験した今の彼女にとって、倒すことは出来なくとも図体の大きい相手を翻弄するぐらい、訳はなかった。
女王竜に恐怖の感情が芽生える。
「——はい、右耳」
「——ふふん、右脚」
「——それ、左翼膜」
「——はあい、右目」
「——よっと、左目」
「——ひ、だ、り、み、み」
「——逆鱗!」
——…………。
終わらない、終わらない。迫り来る莉奈の恐怖が。
もし彼女が本気なら、いずれかの部位はすでに機能を失っていたことだろう。
耳元で莉奈は囁く。
「……つ、ぎ、は……」
『……参った、参った! 降参だっ!』
迫り来る恐怖から逃れるため、女王竜は降参の声を上げた。
ふう、と息をつく莉奈。
こうして、女王竜戦は呆気なく——
「……えっ?」
莉奈は異変を感じ、固まる。
降参したはずの女王竜は青白い光に包まれ、次の瞬間——
「……ぐっ……!」
——五メートルはあろうかという人の姿をとり、両手でしっかりと莉奈を握り込んでいたのだった。
女王竜は怒りの形相で、その手に力を込めた。
「……舐めるなよ、小娘がっ……!」




