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ライラと『私』の物語【年内完結】  作者: GiGi
第五部 第五章
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竜の理、人の理 09 —翻弄—






『そこまで! 見事なり!』


 女王竜は高らかな声で宣言する。状況を理解しようと立ち尽くす誠司の元に、グリムが駆け寄ってきた。


「……誠司、詳しくは後で話すがゴニョゴニョ……」


「……なるほどな……はあ、わかった……」


 グリムに耳打ちされた誠司は、倒れているルーの元へと向かった。


 彼女は倒れたまま動かない。どうやら気を失っているようだ。


 誠司は彼女の上体を起こし上げ背後に回り、活を入れた。


「…………う……ん……」


「やあ、すまなかったね。お目覚めかな?」


 人型とはいえ竜の『魂』を持つ者。身体の造りがどうなっているか分からなかったので不安だったが、どうやら無事に目覚めたようだ。


 ルーは頭を振り、誠司を観察する。


「…………あなた、ライラ……なの?」


「ンッ……私はライラの父だ。彼女の変身で呼び出されたね」


「…………そう。よくわからないけど、すごいんだね」


 起き上がろうとするルーを念のため誠司が支えるが、さすがは竜族、回復も速いみたいだ。彼女はしっかりと立ち上がった。


 その様子を見たグリムは、女王竜に振り向き語りかけた。


「どうだろう、女王竜。楽しんでいただけたかな?」


 グリムのことを見つめる女王竜。何やら思案しているようだったが——やがて彼女は目を閉じ、つぶやいた。



『……まだだな。まだ足りん』



 その答えに、引きつるグリムの表情。いや、女王竜は充分、楽しめていた様子だったのに——。


 女王竜は目を開け、困惑するグリムを見据える。


『……フン。いろんな言い訳を考えたが、素直に言おう。あのような戦いを見せられて、わらわの血がたぎらないわけなかろう——』


「……ふむ、ということは……」


 グリムは直感する。これはアレだ。火に油、もとい、氷に塩をぶち撒けてしまったようなものか。


 女王竜は高らかに宣言する。



『——妾も戦うぞ! かかって来い、火竜をも打ち倒した伝説の人の子、『白い燕』リナよ!』








 女王竜の指名を受け、直立姿勢のまま地面に突っ伏している莉奈。戻ってきた誠司とグリムが、憐れみ半分、心配半分で声をかけた。


「ンンッ。どういう状況か分からないが、莉奈、大変なことになっているな」


「ふむ。まさか女王竜本人が出てくるとはな。すまない、予想外だった」


「……もう、なんなのよお……」


 ヨロヨロと起き上がりながら、莉奈は頭を振る。


 レザリアとクラリスが駆け寄ってきて、両脇から莉奈を支えた。


「大丈夫です、私のリナなら!」


「ああ……また一つ、伝説が生まれるのですね!」


「……あのねえ、あなた達のせいだからね?」


 言うまでもなく、先ほど女王竜に聴かせた歌が原因だろう。だから莉奈は、指名された。


 ハウメアとマルテディが不安そうに声をかける。


「リナちゃん、大丈夫かいー? あんなのが相手じゃ……」


「グリムさん、何かいい方法、ないんですか……?」


「……ふむ、それこそ万全のキミ達『厄災』でもない限りは——」


 そのように話し合う皆の前にバッと手を出して、莉奈は話を遮った。


 キョトンとする面々。莉奈は肩を落とし、トボトボと女王竜の元へと向かう。


「……莉奈……」


 心配して声をかける誠司。その誠司の呼びかけに、莉奈は軽く手を上げてつぶやいた。


「……はあ、『試合』でよかった。ま、何とかしてくるよ……」








 空洞の中央に立つ莉奈。その姿を確認した女王竜が歩いてくる。


 一歩ごとに鳴り響く地響き。


 四足歩行の形態とはいえ、全長六十メートル近くもあるのだ。やはり、でかい。


 莉奈は女王竜に語りかける。


「あのう、女王竜様。これ、試合でいいんですよね? 殺し合いとかじゃなくて」


『フン。そうだ、妾を楽しませる、な』


「……ごめんなさい。正直、楽しませる余裕なんてないです。けど——」


 莉奈は小太刀を抜き、構えた。


「——すぐに『参った』って言わせてみせます。それでいいですか?」


 その強気な発言を聞いた女王竜は、目元をピクリと動かした。


『……ほう? やってみろ。出来るものならな』 


 睨み合う莉奈と女王竜。静寂、後。闘いの始まりを告げるフィアの声が厳かに響き渡った。



「——始め!」





 女王竜は氷のブレスを吐き出す。威力を抑えているとはいえ、凄まじい氷嵐だ。壁際のハウメアは護りの障壁を張り、皆を守る。


 白い嵐が空洞に渦巻く。そして視界が晴れた先には——


(……いない。どこへ隠れた?)


 辺りを見渡す女王竜。その時、声が響いた。


「——右翼膜」


 その声と同時に、右翼膜をスラっと何かがなぞる感触があった。


 女王竜は慌てて振り返る。そこに姿はない。だが、また声だけが聞こえてきた。


「——左翼膜」


 まただ。次は左翼膜がなぞられる感触がする。


 そして——


「——右耳」


 女王竜の右耳からハッキリと聞こえる囁き声。右耳がペシペシと打たれる感触。


 背筋に寒気を感じた女王竜は、頭を大袈裟に振って辺りを見渡した。


『……どこだ、どこにいる!』


 身体を捻り、ぐるんと辺りを見渡すが——燕の姿は見えない。


 女王竜は戦慄する。順番で言えば、次は——


「——左耳」


 その声が聞こえると同時に、何か異物のようなものが左耳に突っ込まれた。


『……ぐおぉっ!』


 不快感をいだき、必死に振り払う女王竜。相変わらず姿は、見えない。



 次は、次はいったいどこに——



「——はあい、げ、き、り、ん」



 いつの間にか逆鱗のそばに現れていた莉奈は、トントンと小太刀の柄で逆鱗を叩いた。


『……卑怯者! 姿を現して戦え!』


 女王竜は叫ぶ。逆鱗をいとも容易くとられた、とられてしまった。


 その竜の弱点を触られた女王竜は、怒りに満ち溢れる。やたらめったらと振り回される鉤爪。


 と、その時突然、女王竜の目の前に莉奈が現れた。



 ——言葉通り、目の、前に。



「——右目」


 そう言って、女王竜の右目にあてがわれる小太刀。女王竜はそれを腕で振り払い、燕の姿を目で追いかける。


(……くっ! だが、もう見失わんぞ……!)


 だが、女王竜が瞬きをした瞬間——莉奈の姿は再び視界から消えた。


『……ぐぬっ!』


「——はい、左目。そろそろ降参する?」


『ぬかせっ!——』




 ——莉奈は女王竜の視界をジャックしていた。


 彼女の能力、『意識を別の場所に飛ばす能力』。


 彼女は自分の視界と女王竜の視界を同時に映し出し、常に女王竜の死角になるように位置取っていたのだ。


 加えて『空を飛ぶ』彼女の技術。火竜や火竜の女王竜戦を経験した今の彼女にとって、倒すことは出来なくとも図体の大きい相手を翻弄するぐらい、訳はなかった。




 女王竜に恐怖の感情が芽生える。




「——はい、右耳」



「——ふふん、右脚」



「——それ、左翼膜」



「——はあい、右目」



「——よっと、左目」



「——ひ、だ、り、み、み」



「——逆鱗!」



 ——…………。




 終わらない、終わらない。迫り来る莉奈の恐怖が。


 もし彼女が本気なら、いずれかの部位はすでに機能を失っていたことだろう。



 耳元で莉奈は囁く。



「……つ、ぎ、は……」


『……参った、参った! 降参だっ!』


 迫り来る恐怖から逃れるため、女王竜は降参の声を上げた。


 ふう、と息をつく莉奈。


 こうして、女王竜戦は呆気なく——




「……えっ?」



 莉奈は異変を感じ、固まる。


 降参したはずの女王竜は青白い光に包まれ、次の瞬間——



「……ぐっ……!」



 ——五メートルはあろうかという人の姿をとり、両手でしっかりと莉奈を握り込んでいたのだった。


 女王竜は怒りの形相で、その手に力を込めた。



「……舐めるなよ、小娘がっ……!」




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