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ライラと『私』の物語【最終部開幕】  作者: GiGi
第一部 第四章
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そして私は街を駆ける 03 —枕—




「お邪魔しまーす」


 誠司の後に続き部屋の中へ入った莉奈は、部屋の様子を見てある種の感動を覚える。


「……誠司さん、なんか宿って感じだね!」


「そりゃまあ、宿だからな」


 少し広めの部屋にベッドが二つ。食事するには申し分ない程度のテーブルに、人ひとりが横になれるゆったりとしたソファ。


 壁に飾ってある、妖精が木で休んでいる絵画はこの宿名を表したものか。


 莉奈は『汚れを落とす魔法』を誠司と自身に唱え、荷物を置きコートを壁に掛ける。



「いやあ、宿泊なんて学校の行事以外じゃ初めてだよー。ワクワクするなあ」


 ニコニコしながらベッドにポスンと座る莉奈を見て、家族で旅行は——と言いかけた誠司の口が止まる。


 危ない。彼女の元の世界での家庭事情を聞く限り、そんな事はあり得なかったのだろうから。誠司は慌てて言葉を変える。


「——そうか。とは言っても、この部屋はうちと造りは大差ないだろうに」


「もう、分かってないなあ、誠司さんは」


 莉奈は枕を手に取り顔をうずめ、匂いをかいだ。ほのかに花の優しい香りがする。


「あ、いい匂い。こういうのはね、気分が大切なんだよ、気分が。誰かと一緒に、旅先で、寝食を共にする。そこに、部屋の造りは関係ないでしょ?」


「……ああ、確かにな。私も昔は旅ばかりしていたからな、気持ちは分からなくもないよ」


 誠司は、そう答えながら荷物の入っている麻袋あさぶくろを、莉奈の荷物の隣りに置く。


 そして、誠司が椅子に座るタイミングを見計らって、莉奈は本題を切り出した。



「それで、この後のご予定は? 私はどうしたらいいかな?」


「そうだな。私は食事をとったら寝る。今動くと、途中でライラが起きてしまうからな。レティさんの話で、大体どの区画を捜せばいいのかの目星はついた。だが、出来れば夕方前には動き出したい。ライラには申し訳ないが、その時間には無理矢理にでも寝かしてくれ」


「うん、了解。街には出ない方がいいよね?」


「ああ。ただ、この件が片付いたらゆっくり観光して貰っても構わない。今日一日退屈だろうが、そう言ってライラをなだめすかしてくれ」


 そう、その為に莉奈はこの街に来たのだ。責任重大だ。


 ライラに勝手に動かれると、この後の誠司の予定が全て狂う可能性がある。


 それはすなわち人身売買が成立し、追跡が困難、或いは奪還が不可能になるかもしれないという事だ。


「うう、起きていられるかなあ」


「なに、ライラも状況を分かってくれるだろう。君も説明が終わったら軽く寝なさい。いつもお肌の事を気にしてるじゃないか」


「ふふん、誠司さんの自慢の娘でいたいからねえ」


 莉奈の揶揄からかう様な笑いに、誠司は眉をしかめる。


 まったく、親の心子知らずとはよく言ったものだ——いや、子だと認めた訳ではないのだが。


 そんなくだらない言い合いをしている所で、誠司は階下から人が上がって来る気配に気づいた。ヤントの魂だ。足音が近づき、扉がノックされる。


「セイジさん、食事をお持ちしました――」







「んふー、おいしー!」


 ヤントが用意してくれたのは、揚げたてのカツに新鮮なキャベツがパンに挟まれている、いわゆる、カツサンドだった。


「うん、食事は相変わらず旨いな。朝っぱらから少し重たい気もするが」


「誠司さん、一期一会いちごいちえだよ! 疲れで油ものがキツくとも、こんな美味しい物、今は甘んじて受け入れなきゃ!……あ、でも無理なら私が貰うけど?」


 実際、昨日はそれ程食事をとれた訳ではない。加えて、深夜の強行軍だ、お腹が空いてないわけがない。


 それでも莉奈は、最初にカツサンドを見た時は、疲れで油ものは喉を通らないんじゃないかと心配した。だが、杞憂だった。


 一口目をかぶりついた瞬間、肉汁と旨味が口の中にあふれ出し、脳が『喰らいつけ』と全身に命令する。


 それは誠司も一緒だった様で、なんだかんだ言いながらも莉奈より先に平らげてしまった。今は指まで舐めている始末だ。


 莉奈も最後の一口を飲み込み、水差しに用意されていた水を口に流し込む。こちらにはレモンの様な風味がつけられており、口の中がサッパリとする。


「ふう、ごちそうさま。とっても美味しかったあ」


「そうだろう? この宿は夜は酒場の営業もしているが、酒より食事目当ての客が多いくらいだ」


 誠司の話もうなずける。ただの軽食でこのレベルだ。これは俄然がぜん、他の料理が楽しみになる。莉奈はよだれを垂らしながらベッドに飛び込んだ。


「……はあ、幸せだあ。なんだか眠くなって来ちゃったよお」


「ま、待て、まだ寝るな莉奈。もう少し起きててくれ!」


 慌てる誠司の言葉を聞き、莉奈はガバッと身体を起こして誠司に舌を出した。


「はは、分かってるよ。そういや私、勝手にこっちのベッド使っちゃってるけどよかった?」


「ああ、私とライラには必要ないからな。好きな方を使ってくれ」


「わかった、ありがと。でも、だったらベッド一つの部屋でもよかったんじゃない?」


 こういう細かい所の節約はどうしても気にしてしまう。幼少期より家計簿と睨めっこしてきたのだ。


 誠司のふところ具合は知らないが、自称娘としては気になってしまうのだ。


「そりゃ、はたから見たらベッド一つの部屋に男女なんて、社会的体裁がよろしくないだろう。まあ、この世界では割と当たり前だったりもするがね」


「だったらいいじゃん、気にしなければ。あ、もしかして恥ずかしいの?」


 莉奈のニヤニヤした物言いに、誠司は深く息を吐き返答する。


「私というより君の体裁だな。後は、君に変なことを吹聴ふいちょうされない様に、という思惑もある」


 一緒の部屋という時点で体裁も何もあったもんじゃない、と莉奈は思うが、ここは軽く「はいはい」と受け流しておく。


 だが、莉奈の事を気遣ってくれたのは確かだ。期待に応えて、ちゃんと変なことを吹聴してあげなきゃな、と心に決める。


「そういえばさ——」


 ふと思いついた様に、莉奈が口を開く。前から気になっていた事だ。失礼な質問じゃないよね、と莉奈は一応頭の中で思案してから誠司に聞いてみる。


「——誠司さんとライラ、当たり前だけどベッドで寝ないんだよね。向こうの寝心地はどうなの?」


「寝心地ね——どうなんだろうな。もう慣れてしまったからなあ……悪くはないが、布団が恋しくなるのは確かだ」


「ふうん。布団は持ち込めないの?」


 誠司とライラは、身につけているものだったら向こうの世界に持ち込める。着ている服(しか)り、ライラの杖然り、誠司の刀然り。


 莉奈はもしかしたら、布団にグルグル巻きになって寝れば、布団を持ち込めるのではないかと思ったのだが——。


「いや、布団は無理だな。サイズ的に『身につける』という概念がいねんから外れているらしい」


「グルグル巻きになっても?」


「ああ」


「……やってみたんだ?」


 莉奈は首を伸ばして誠司の顔を覗き込んだ。誠司は頬を赤らめ、目を逸らす。


「……色々試してみただけだ。私はもう寝る。後は頼んだぞ」


「あ、ちょっと待って!」


 いたたまれなくなり、不貞寝ふてねしようとする誠司を莉奈は引き留める。


 そして、莉奈のかたわらにある枕を誠司に投げ渡した。


「ほいっ! いい匂いするんだよ、それ。これぐらいだったら持ち込めるでしょ?」


 誠司は突然投げられた枕を受け取り、目を見開いた。そして、その目を細めて枕を眺める。


 誠司は枕を抱えて、そのまま目を閉じた。


「——ありがとな、莉奈」


 そう言って光に包まれる誠司の口元は、少しほころんでいる様に見えた。莉奈もそれに釣られて口元を緩ませ、誠司を見送った。


 そして、入れ替わりで現れるライラを迎える。





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