竜の理、人の理 07 —白と白—
開始の合図と同時に、ライラは後方へと下がり距離をとる。
ルーは動かない。注意深くライラの動きを観察している。
距離をとったまま対峙する二人。数秒の時間が経過し、これはいけない、とライラは考える。
(……まずは女王様を、楽しませなきゃ、だよね)
ライラは姿勢を低くし、ルーに向かって駆け出した。
そして振るわれる白い杖。残像が弧となって、白い軌跡を描く。
それをヒラリと後方にステップして躱すルー。下がりながら彼女は、口から氷のブレスを吐き出した。
白いブレスがライラを包み込む。しかし——。
「えいっ!」
その渦巻く白を割って飛び出したライラは、ルーのいた場所へと杖を振るう。
だが、そこにルーはいなかった。
ライラの攻撃を読み、羽根を生やして宙へと退避していたルー。彼女は頭上の死角から滑降して、ライラに襲いかかった。
その爪を、白い杖でなんなく弾くライラ。ルーはその勢いのまま空中で回転し、元の場所へと降り立った。
「…………へえ、今のを防ぐんだ……」
「ふっふっふっー。空からの攻撃は、リナで慣れているのです!」
得意げに鼻を鳴らすライラ。そう、彼女は普段から莉奈と模擬戦を行っている。
それは即ち、ライラは世界で一番、空を飛ぶ相手と手合わせをしている人物ということになるのだ。生半可な空からの攻撃は、通用しない。
感心した様子のルーは、つぶやく。
「…………じゃあ、こういうのはどう? ——『氷刃の魔法』」
ルーが手を差し出すと、彼女を中心にいくつもの氷の刃が浮かび上がった。
そして次の瞬間、その刃はライラを目掛けて次々と襲いかかっていく。
「わっ!」
ライラは正確に向かってくる氷刃を、ぴょんぴょんと跳び避ける。
そのライラ目掛けて一瞬で距離を詰めてくるルー。振り下ろされる爪を、ライラは後方転回——バック転の動きで躱した。
ライラは驚いた声を上げる。
「すごいね、ルー! 魔法使えるんだ!」
「…………うん、使える魔法は。ねえ、ライラ。あなたは『身を守る魔法』を使っているのに、どうして攻撃を避けるの?」
「うひゃあ、詳しいんだね! 内緒なんだけど、『身を守る魔法』には耐久力があるの。だから躱せる攻撃は躱せって、ヘザーが言ってた」
「…………ヘザーって?」
そう言いながら、ルーは再びライラに迫り来る。警戒するライラ。そしてルーは、言の葉を紡いだ。
「——『麻痺毒の魔法』」
「——『痺れを無くす魔法』」
ルーの紡がれる言の葉を聞き、先行して解除の魔法を唱えるライラ。
動けなくして一撃を入れるというルーの思惑だったが——両手からクロス状に振り下ろされた鉤爪を、ライラは難なく避けた。
ライラは再び感心する。
「へえ!『身を守る魔法』じゃ防げない魔法も知ってるんだね」
「…………これでも魔法には、詳しいつもりだよ」
氷竜ルー。彼女の武器の一つは『好奇心』。
彼女はその『好奇心』から、人の世に伝わる魔法というものを調べていた。その悠久な時間を使って。
そしてその内のいくつかの魔法は、実際に使えるようになっていたのだ。竜としては異常とも呼べる才覚。
それを理解したライラは——にんまりと笑った。
「……じゃあ、ルー。これがなんの魔法か、わかるかな?」
そう言ってライラは、詠唱をしながらルーに向かっていった。その白い杖を真っ直ぐに構えて。
その詠唱文を聞いたルーの顔が、青ざめる。
(…………この響き……光魔法!?)
この世には『光魔法』という、竜族の魔法抵抗力を貫通する魔法があるということをルーは知っている。
ルーの口元を真っ直ぐに見据えながら迫ってくるライラ。
ルーは思い当たる。竜をも内部から食い破ると言われている、『火光の魔法』の存在を。
「————、————…………」
「…………こ、こないで!」
詠唱を続けながら迫りくるライラに恐怖し、ルーはたまらず上空に退避する。万が一にでも体内に杖を突き立てられたら——。
ライラは詠唱を中断し、ジト目でルーを眺めた。
「あれー、逃げちゃうんだ? もしかして、怖いのかなー?」
「……う、うるさい!」
女王竜の視線を感じ、警戒をしながら地面に降り立つルー。そんな彼女の怯えた様子を見て、ライラはペロリと舌を出した。
「うそ、うそ、ごめん。私、光魔法使えないから、安心して」
「…………!!……」
絶句する、ルー。人の子に、完全に弄ばれた。
氷竜ルー、彼女のもう一つの武器は、『観察』。
ルーは人の子がこの場に足を踏み入れてから、各々の動きを余すことなく『観察』していた。
各人の動き、戦い方、癖、全て覚えた。誰が相手でも、どう戦うのかを頭の中で繰り返し考えていた。
だから決して舐めている訳ではなく、この試合が行われると決まった時、誰が相手でも上を行く自信はあった。ただ、青髪がきたら面倒くさそうだなあ、とは思っていたが。
しかし目の前の少女は、ルーの思考の上を行った。しかも、とても単純な方法で。魔法に詳しいことを逆手に取られた。
どんな挑発にも乗らなかったルーを、手玉に取ったのだ——。
「…………フフ……」
うつむいて笑い出すルー。
「……どったの?」
怒らせちゃったのかな? と不安になるライラ。
その問いに、ルーは心の中で答える。
——ううん、どうもしてないよ。ただ、『好奇心』が抑えきれなくなっただけ。あなたとの戦い、胸が躍る——。
ルーは顔を上げ、つぶやいた。
「………全力でいくね、ライラ!」




