竜の理、人の理 05 —名前の由来—
『カッカッカッ、そこまで! 油断したのう、我が娘よ!』
高らかに笑い、試合の終了を告げる女王竜。彼女はハウメアの方を向き、頭を下げた。
『ハウメアといったかの。あれでも奴は妾の跡継ぎだ。見逃してはくれんかのう』
「もちろん、命まで取るつもりはないさー。んじゃ、『全ての魔法を解除』っと」
そう言ってハウメアが杖で地面をトンと叩くと——瞬く間に氷山は消え去り、閉じ込められていたサンカが地面へと落ちた。
更に何故だかハウメアは魔法が解けて下着姿になり——その露わな姿を目撃した壁際では、クレーメンスがクラリスに「見ないで下さい!」とグーで殴られていた。
ハウメアはサンカの元へと歩いていき、しゃがみ込んで優しく声をかけた。
「大丈夫ー、サンちゃん? 悪かったねー」
「……ケホッ。ううん、私の完敗。でもいったい、何をしたの……?」
すっかりしおらしくなったサンカ。ハウメアの方を見ることも出来ずにうなだれている。
そんな彼女に、ハウメアは種明かしを始める。
「んじゃ、最初から説明しようか。まず、サンちゃんの氷のブレスを『氷の障壁魔法』で防いだわたしは、すぐに『霧の魔法』で視界を隠した——」
ハウメアの話はこうだ。
視界を隠したハウメアは服を脱ぎ捨て、『匂いを消す魔法』を自身に唱える。
そして続け様『分身魔法』を唱え、その作り上げた分身体に『氷の障壁魔法』を唱えさせ、魔力を込めた人型の彫像を作り上げた。それが霧の中で漂ってきた、サンカが唯一特定できた魔力の正体。
そこまで聞いたサンカは驚いた声を上げる。
「……ちょっと待って。魔法って、そんなに速く唱えられるものなの……?」
「あー、わたしね、詠唱速度には自信があるんだ。この寒さで頭の回転もバッチリだ。このぐらい、訳ないさー」
にへらーと笑うハウメアを茫然と見るサンカ。ハウメアは続ける。
その後ハウメアの分身体は、『闇深き鋭刃の魔法』を唱えサンカを牽制し、時間を稼ぐ。
サンカが逃げる中、その隙にハウメアは追加で『分身体』二体と『姿を溶け込ませる魔法』を分身体全部に唱えさせた。
同じ魔法なら、集中力の高まっているハウメアなら複数同時詠唱も可能とのことだ。世界最高峰の魔術師、ジョヴェディにも出来ない芸当。
サンカはぽかんと口を開けたまま、話に聞き入る。
その後ハウメア本体は幻影魔法で服をまとい、『凍てつく氷の魔法』の詠唱を始める。
本体と分身体に次々とストックされる『凍てつく氷の魔法』。
霧が晴れ、ハウメアを視認したサンカは、匂いを根拠に姿を見せているハウメアを『偽物』だと誤認する。
そしてハウメアの思惑通り、まんまと彼女の匂いのついた服のところに配置した、姿を隠した分身体へと向かっていき——あとはサンカも知るところだ。
「待って、待って、待って!」
話を聞き終えたサンカは、上擦らせた声を上げる。
「あのさ、魔力がないと魔法って唱えられないんでしょ? そんなにたくさん唱えられるわけ!?」
「あはは、いい質問だねー、サンちゃん——」
サンカの質問に、ハウメアはしたり顔をする。
「——それが、あなた達の血を引いた私達の特性さ。氷人族は寒ければ寒いほど、その魔力は増大するんだ」
とは言えもうすっからかんだけどねー、と笑うハウメア。そんな彼女を見て、サンカはうつむいた。
「……ごめんなさい」
「んー?」
「……ごめんなさい。あなたのこと、出来損ないだなんて言っちゃって……。出来損ないは私の方だ……グスッ」
キラキラとした氷の結晶をその瞳から流すサンカ。ハウメアは慌てて取り繕おうとする。
「いやいや! 動きたくないわたしを五十メートルも走らせたんだ。サンちゃんも大したものだよ!」
「……五十メートル……それだけしか……グスッ」
慰めになっていない慰め。ハウメアは困り果てた顔で声を上げた。
「レザリアちゃーん、ちょっと来てー!」
「わ、私ですか!?」
ハウメアの呼びかけに、おずおずと近寄ってくるレザリア。ハウメアは何やら彼女に耳打ちした。
レザリアは頷いて、魔法を詠唱する。
「——『木に花を咲かせる魔法』」
そのエルフ族に伝わる魔法をレザリアが唱えると、ハウメアの杖の先に、白く、透明な、美しい花がポンと咲いた。
ハウメアはその花を摘んで、サンカに差し出す。
「サンちゃん、これ見て」
「……これは……?」
きょとんとした顔で花を見つめるサンカ。ハウメアは目を細めてサンカに微笑みかけた。
「どう、キレイな花でしょ? とある人に教えてもらったんだけど、この透き通るような花は別の世界では『サンカヨウ』っていうらしくってね——」
「……!!」
「——どうかな、サンちゃんにピッタリだ」
そう言ってハウメアは、サンカの髪にサンカヨウの花を差し込んであげた。
恐る恐るそれに触れたサンカは——泣き崩れた。
「ハウメアーーっ。名前っていいもんなんだねーーっ!」
「あはは。喜んでもらえたんなら、なによりさー」
こうしてサンカのくしゃくしゃの笑顔と共に、第二試合は幕を閉じた。
残すはあと一試合。氷竜の娘戦、最後の戦いが始まる——。




