竜の理、人の理 03 —『フィア』—
『そこまで!』
女王竜の声が高らかに響く。
クレーメンスの放った巨大な火の鳥を前に、なすすべのなかったフィア。
この試合は勝敗は関係ないとはいえ、結果は火を見るより——いや、火を見て明らかだっただろう。
女王竜は高らかに笑い出す。
『カッカッカッ! ここにいる娘達は妾の後継の候補となる程の実力者。その者相手に、見事だったぞ人の子よ!』
楽しそうに語る女王竜。とりあえず初戦は満足してもらえたらしい。
血にまみれ、自らの炎で火傷を負いながらも立ち、頷いて話を聞くクレーメンス。そんな彼の元に、ライラがてててと駆け寄ってきた。
「ぴーぽーぴーぽー。救護班です!」
「……ぴーぽー? なんだ、それは?」
「んとね、お父さんやリナの国ではこうするんだって。きゅーきゅーしゃー? って言ってた」
無表情でライラを見つめるクレーメンス。言葉の意味を理解しようとしているのだろう。
そんな彼の様子を気にすることなく、ライラは魔法を詠唱する。
「——『傷を癒す魔法』」
魔法の効果が現れると、クレーメンスの傷口はみるみると塞がっていった。ライラはついでに『汚れを落とす魔法』も唱える。
そうしてクレーメンスへの処置を終えたライラは、フィアの方へと駆け寄った。
「はい、フィアも。あ、少し焼けちゃってるね。ちょっと待っててね——」
魔法の詠唱を始めるライラを見つめながら、フィアは『フィア』と呼ばれたことに口を緩める。
「——『傷を癒す魔法』」
ライラの魔法を受け、傷を回復させたフィア。ライラにお礼を言った彼女は、クレーメンスの元へと歩み寄った。
「クレーメンス……だったよね」
「ああ。どうした、フィアンドロッセ・マルチャリオス」
ガクッ。少しよろめいたフィアだったが、すぐに立て直し、気持ち頬を赤らめてクレーメンスを見つめた。
「……フィア」
「ん?」
「……フィアがいい。フィアって呼んで」
「そうか? ならフィアと呼ぼう。それで、どうしたフィア」
フィアと呼ばれ嬉しそうな表情を浮かべた彼女は、くるりと背中を向けて少し声を張り上げた。
「なんでもないよ、ありがと!」
そう言い残して、仲間の氷竜の元へと駆け出していくフィア。
それを無表情で見送ったクレーメンスは、ライラに話しかけた。
「助かった、ライラ。では、俺たちも戻るとしよう」
「……あの、クレーメンスさん、もう少しなにかこう、なんとかしてあげればいいのに」
「何をだ?」
「なんでもない!」
無表情で問い返すクレーメンスに、呆れた様子でくるりと背を向けるライラ。
——こうして初戦は終わった。だが、まだこれからだ。女王竜を楽しませる戦い、その次の試合の準備が始まる。
†
「お疲れー。いやー、すごかったねー。なにアレ?」
戦いを終えたクレーメンスを、ハウメアが出迎える。
クレーメンスは無表情のまま、ハウメアに迫ってきた。声を掛けておいてなんだが、一歩後ずさるハウメア。
「ああ、あれか。あれは魔剣を媒体にした、ただの魔法の重ね掛けだ。繊細なコントロールが必要なので、クラリスの歌で集中力が増している時しか使えないがな」
「そうなんですよ! そのせいで私、何かあるとすぐこの人に呼び出されるんですから。あなたからは報酬、別に貰いますからね!」
話に割り込み、ぷんすか怒るクラリス。なるほど、彼女はクレーメンスと行動を共にすることが多いらしい。当たりの強さもそれゆえなのだろうか。
莉奈は気になり尋ねてみた。
「クラリス、クレーメンスさんと一緒のこと多いんだ。だから仲良いんだね——」
「冗談はやめて下さい!」
莉奈の言葉をピシャリと遮るクラリス。彼女はクレーメンスをキッと睨む。
「この人、私の歌を聴いても顔色一つ変えないのに、戦闘中はあんなに楽しそうな顔をして……吟遊詩人の名折れですう……」
莉奈の胸に飛び込み、よよと泣き崩れるクラリス。レザリアが細剣の柄にカチャリと手をかける。
クラリス大ピンチ。その時だ。空洞の中央から声がかかる。
「ねえ、まだー? 待ちくたびれちゃうんだけどー」
見ると、すでにそこには次の氷竜が待ち構えていた。皆は顔を見合わせる。次に行くのは——
「しょうがないねー。わたしが行くよー」
——ハウメアが杖を携え前に出た。莉奈が驚きの声を上げる。
「……あの、ハウメアさん、大丈夫ですか?」
「ん? リナちゃん、どういう意味かなー?」
ハウメアはため息をつき、莉奈に振り向いた。莉奈は「ええと……」と言葉を詰まらせる。
「んー、竜族は魔法抵抗力が高い。加えてわたしは『火属性』の魔法が使えない。あと、普段動いていないのに大丈夫か、そんなところかなー?」
ハウメアの全てを見通す言葉を聞いて苦笑いをする莉奈。そうだ、彼女がそこいら辺を理解していない訳がない。
ハウメアは莉奈に微笑みかけた。
「まあ、見ててよリナちゃん。ここはわたしの場所だ。女王竜を楽しませるくらい、訳ないさ」




