竜の理、人の理 01 —竜の理、人の理—
「……えっ、ちょっと待って下さい。巣を替えるって……巣を替えるってことですか?」
『……?……何を言っておる。そうだ。この近くにいい龍脈があってな。火竜共と奪い合いになるのも面倒くさくて様子を見ていたが……奴等なき今、なんの憂慮もなく妾の巣に出来るというわけだ』
要領の得ない莉奈の質問に、当たり前のように返す女王竜。その言葉にハッとして、グリムは女王竜に尋ねる。
「女王竜。質問が二つある。まず、龍脈とは、大地の気が集まるところをさすのか?」
『ああ。そのような解釈で問題ない。妾の力の源だ。ここも悪くないが、だいぶ吸いつくしてしまってのう。火竜の憂いがないのなら、この地方の南東にある龍脈に移ろうと思っていたのだ』
顔を見合わせる面々。この地の南東。ここまで聞けば、グリムでなくとも心当たる。
それを確かめるために、グリムは続けて質問をした。
「——そしてその場所は、オッカトル共和国のケルワンで間違いないか?」
『ケルワン? 妾は人の子のつけた名前なぞ知らんが、どこのことだ?』
「……ああ、すまない。今、地図を書く」
グリムは地面に簡易的な地図を描く。このトロア地方の全体図を描いていき——そしてケルワンの位置がある場所に印をつけた。
それを見た女王竜は頷く。
『おお、おお、そうだ。そこだ。ここから南にも龍脈はあるのだが、そこは今、悪い気が満ちていてのう。行くとしたらお前たちがケルワンと呼んでおる、そこだ』
なるほど。当時、火竜達、そして火竜の女王竜がケルワンを目指していた理由はわかった。その地を流れる、龍脈が目当てだったのだ。
しかし——ハウメアが前に出る。
「……女王竜。恐れ入るけど、巣替えを待ってもらうことは……出来ないかな?」
『……何故だ?』
ハウメアの言葉を聞き、途端に不機嫌そうになる女王竜。ハウメアは一瞬ビクッとなるが、真っ直ぐに女王竜を見据える。
「……ケルワンには今、大勢の人が暮らしている。それにさっきも言ったけど、この氷穴にはあなたの子孫である氷人族が暮らしているんだ。今、あなたに出て行かれるとこの氷穴は……」
そこまで言って、ハウメアはグリムの方を見た。それを受け、グリムが後を引き継ぐ。
「この氷穴は、見たところキミの力で維持されている。もしキミに去られてしまったら……この氷穴は機能を失い、暑さに弱い氷人族は全滅してしまうだろう」
ハウメアとグリムの訴えを、女王竜は静かに聞き入る。そして、不思議そうに口を開いた。
『それがどうした? 妾に人の子の都合など関係ないし、それに、ここの氷人族が滅んでも、極寒の地に氷人族は繁栄しておるのだろう? 何も問題ないではないか』
絶句。価値観の違い。悠久の時を生きる彼女にとって、それは些末な問題なのかもしれない。
しかし——
「「だめっ!」」
——声を上げる者がいる。莉奈とライラだ。
二人は同時に声を上げたことに驚いて顔を見合わせたが、すぐに女王竜に向き直った。
「駄目です、そんなの! 皆んな頑張って、ここで暮らしてるんです!」
「そだよ! 女王様はみんなのコト考えなきゃいけないんだからっ!」
切々と訴える莉奈とライラ。そんな二人のことを、女王竜は一瞥する。
『……妾の意思に逆らうのか? 人の子の分際で』
「……逆らいます!」
きっぱりと言い切り、莉奈は真っ直ぐに女王竜を見据えた。
「だって、こうして言葉を使って話し合えてるじゃないですか! だったら、人も竜も関係ない!」
視線をぶつけ合う莉奈と女王竜。その莉奈の瞳は潤んでいた。
女王竜は思い出す。遥か昔、人と恋に落ちた娘の言葉を——。
——『母様! 人だとか竜だとか、関係ない!』
『……ククッ』
女王竜が肩を揺らす。それでも真っ直ぐに女王竜を睨み続ける莉奈。やがて女王竜は高らかに笑い始めた。
『カッカッカッカッカッカッ!』
「……何がおかしいんですか」
女王竜の突然の様相に、撫然とした様子で莉奈は尋ねる。やがて女王竜は笑いを止め、口元を緩めながら莉奈を見据えた。
『……フン、なんでもないわ。しかし、火竜を駆逐してくれた其方の頼みだ。考えてやらんこともない』
「……それじゃあ!」
一転、莉奈に晴れやかな笑顔が浮かんだ。そんな彼女に、女王竜は告げる。
『逸るな。無条件で、ただそちらの言いなりというのも面白くはない。条件を出させてもらう——』
女王竜は上体を起こした。
『——妾を楽しませてみせろ。それが出来れば巣替えの件、考えてやる』
†
女王竜から出された条件はこうだ。
こちら側——人側から三名の代表者を出し、それぞれの氷竜と一対一で試合をする。
そして力を示し、女王竜を楽しませることが出来れば良し。勝敗は問わないとのことだが、簡単に負ける訳にもいかないだろう。
皆は円になって座り込み、話し合う。
「……私が砂に閉じ込めちゃえば、試合には勝てると思いますけど……」
「……いや、それだと女王竜を『楽しませる』ことは出来ないだろうな。今回は勝つことが目的じゃない」
「私の歌は、エンターテイメント性抜群ですよ!」
「……クラリス、歌う前にやられちゃうでしょ」
ああでもない、こうでもないと話し合う面々。
そんな中、クレーメンスが立ち上がった。
「まあ、俺は行かなければならないだろうな。どうやら相手は、俺のことを希望しているようだ」
見ると、一人の氷竜がクレーメンスに刺すような視線を送っていた。先ほど彼と渡り合った氷竜だろう。
ハウメアが心配そうに声をかける。
「……クレーメンス。ブレスには気をつけなよー……」
「ああ——」
クレーメンスは剣を抜き、歩き始める。そして去り際、その顔に笑みを浮かべ呟いた。
「——俺がここで頑張れば、氷人族は救われるのか……滾るな。では、行ってくる」




