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ライラと『私』の物語【年内完結】  作者: GiGi
第五部 第四章
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眠れる氷の女王竜 09 —竜と人の子—






「……ヴァナルガンドさんみたい」


 莉奈は思い返す。あの神狼とも謳われる、ヴァナルガンドという戦闘狂狼を。


 あの時も彼は同じように光に包まれて、このように人の姿を形取ったのだった。


 だが、その莉奈の惚けたつぶやきに、女王竜が反応した。


『……ヴァナルガンドを知っているのか、そこな女子おなごよ』


「ひゃい!?」


 突然話を振られ、莉奈はあたふたする。


 これはマズったか。なんて返そうか莉奈が思案している時。レザリアと、遅れて到着したクラリスがずいと前に出た。



「ええ、ここの女性リナは、ヴァナルガンド様を降参させました。しかも単独で!」


「それでは僭越ながらお聴きください。『白い燕の叙事詩』第二番、『白き光が神狼を斬る(改訂版)』編を!」



 ドサッと地面に突っ伏す莉奈。そんな彼女を余所に、クラリスの歌声が響き渡る。大人しく聴き入る女王竜と氷竜達——。



 やがて歌も終わり、聴き終えた女王竜は——高笑いをし始めた。


『カッカッカッ、愉快よのう! あのヴァナルガンドが人の子にしてやられるとは! なあ、そうは思わんか、お前たち!』


 女王竜に話を振られて、人の姿をとっている氷竜達もクスクスと笑い出した。


「ええ、ええ。あのヴァナルガンドが……尻尾って……ぷぷ」


「ふふ、その戦い、見てみたかったなあ……ああ、今度見せてもらえばいっか」


 当人の莉奈にとって、穏やかでない話をする氷竜達。莉奈はヨロヨロと立ち上がり、頭を振った。


「……あ、あの……ヴァナルガンドさんをご存知で?」


『ふん。知っているも何も、わらわがここに居座るようになってから彼奴あやつは度々ケンカをふっかけに来ておるぞ』


「まったくあの野蛮な犬、『腕試しだー』って言って母様を起こしちゃうんだから。ま、人の世について色々と教えてくれるのは楽しくていいんだけど」


 ガクン。再びよろめく莉奈。何やってんのよあの人。


 そんな彼女を尻目に、閑話休題、女王竜は話を戻す。


『それでだ。このように妾達は人の子の姿をとることが出来る。そしてその昔、人の子と恋に落ちた者がいたのだ』


 そこまで聞いたハウメアは察する。彼女はグリムの背中から降り、前に歩み出た。


「……それが、氷人族のルーツってことなのかなー?」


『氷人族……確かそう呼ばれていたな。そうだ。まさか子が産まれるとは思ってなかったがの。その後、血を薄めながらも繁栄を続けたと聞き及んでおる。しかし、それも前回の巣にいた時の話だ。こうして今、妾の血を引く者に会えるとは思っていなかったぞ』


 そう言ってハウメアを見る女王竜の目は、優しい。


 この地に氷人族が住み着いたのは、長い歴史でみれば最近の話だ。偶然か必然か、彼らは母の元へと帰ってきていたのだ。


「そうだねー。わたしも驚いたよ。でも、安心してくれ、女王竜。あなたの末裔は世界の極寒の地で繁栄しているし、今も一部の者はこの氷穴で暮らしているよ」


『そうか、そうか』


 満足気に頷く女王竜。


 皆は一連のやり取りを見て安心する。とりあえず彼女達は敵対する存在ではなさそうだ。


 気を緩めずに警戒をしていたグリムも、前に出て疑問を口にする。


「私はグリム。少し質問をしてもいいかな、女王竜」


『妾に答えられる質問なら、な』


「渡り火竜……火を吐く赤い竜の、女王竜と呼ばれる存在を、キミは知っているかな?」


 グリムは慎重に聞く。もし、氷竜と火竜が仲間意識を持っていた場合——それを打ち倒したことを知られてはならない。少なくとも、この場では。


 グリムの思惑を感じとったのか、その場にいる皆が緊張する。もしそうだったとした場合、早急に対策を打たなくてはならない。火竜を倒した歌は世に広まってしまっているのだから。


 現状、友好的な態度に思える彼女達を敵に回すのは得策ではない。グリムは脳内でいくつものパターンをシミュレートする。


 そして、その存在を尋ねられた氷竜達は——露骨に不機嫌そうな態度を見せた。グリムは心の中でほくそ笑む。


『……ふん、彼奴きゃつらか。あんな野蛮で低脳な連中、竜を名乗るのも烏滸おこがましいわ』


「ええ、言葉も理解出来ない、図体がただ大きいだけの存在。そのくせ、あたし達を見つけしだい襲いかかってくるの。まあ、返り討ちにしてるけど」


 なるほど。氷竜と火竜は仲がよろしくないらしい。グリムは続けて尋ねる。


「ふむ。なら、火竜はキミ達にとって、敵という訳だね?」


『眼中にないわ……と言いたい所だが、彼奴らは妾の一族に事あるごとに襲いかかってきてな。面倒臭くてかなわんわ。どうにかならんかのう』


 大きくため息を吐く女王竜。グリムはその風に髪をたなびかせながら、口角を上げ、振り返り手を上げた。


「レザリア、クラリス」


 呼びかけに応じ、二人の諸悪の根源が前に出る。



「女王竜様、ご安心ください。その憎き火竜共は、ここのリナの手により打ち倒されました」


「それではお聴きください。『白い燕の叙事詩』三番から五番、『白き光が竜を落とす』『白き光が大地を灼く』そして、『白き光が巨竜を貫く』編をっ!」



 ——クラリスの透き通った歌声が、空洞内に響き渡る——



 当の莉奈は背を向けてうずくまり、耳を押さえてイヤイヤしている。



 やがて歌も終わり——静かに聴き入っていた氷竜達とライラとレザリアとマルテディから、拍手が沸き起こった。パチパチ。


 女王竜は高らかに笑い声を上げた。


『カッカッカッカッ! まさしく愉快、愉快よのう! リナといったかのう、感謝するぞ!』


「まったくですね、母様。それにしても『思い通りにならなくて叫ぶ』とか……ぷぷ」


 楽しそうに語り合う氷竜達。クラリスの頬っぺたを引っ張る莉奈。その空気につられ、皆は笑い合う。




 ——しかしその穏やかな空気は、氷竜達の発する次の会話で崩れさることとなる。




「それでは母様。これで何の憂いもなく、次の巣へと飛び立てますね」


『ああ、そうだな。久しぶりに、巣を替えるとするかのう』


「……えっ?」



 その場にいる人の子全員から、笑みが消えた。





お読みいただき、ありがとうございます。


これにて第四章完。次回より第五章『竜の理、人の理』が始まります。


余談ですが、今話で三百話&投稿開始から一年を迎えることが出来ました。


これもひとえに皆様の応援のおかげです。

完結まであと一年くらいでしょうか(全九部予定)。必ず完結させますので、どうかこれからもよろしくお願いいたします。


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