眠れる氷の女王竜 08 —女王の目覚め—
崖上では、クレーメンスと氷竜が熾烈な争いを繰り広げていた。
「はいあっ!」
交差し続ける赤と青。この果敢にも突撃し続ける戦士のために、ハウメアは障壁を張り続ける。
「——『護りの魔法』」
防がれる氷竜の攻撃。その隙にレザリアの矢が、氷竜の翼膜目掛けて放たれる。
それを宙で回転して払う氷竜。このようにレザリアの矢は防がれてしまってはいるが、牽制の役割は果たせていた。
「ふんっ!」
その隙にクレーメンスは魔剣を振り、剣に留められている魔法を解き放った。氷竜に襲いかかる火弾。
氷竜はその火弾を受けながらも、クレーメンスに襲いかかる。
彼はその攻撃を避けながら、三度『火弾の魔法』を刀身にまとわせる——。
何度目かになるか分からない障壁を張ったハウメアは息をつき、隣にいるグリムに漏らした。
「何で近接武器を得物にする人って、突撃したがるんだろうねー。おかげで障壁を張るだけで精一杯だ。ところであっちは、大丈夫なのかな?」
「……正直言って、かなりマズい。女王竜が、目覚めてしまった」
「……あちゃー」
グリムの言葉を聞き、ハウメアは視線を階下に移す。
ここからだとよく見えないが、それでも皆が動きを止めている様子は窺えた。ていうかリナちゃん、なんで階下に戻ってるの?
その時だ。宙に浮かぶ氷竜が身を翻し、女王竜の元へと飛び去った。
「……リナの元には、行かせません!」
レザリアが矢を放ちながら、氷竜の後を追い階段を駆け下りて行く。
クレーメンスも口元に笑みを湛えながら、その後に続いた。ハウメアも階段に足をかける。
「……わたし達も行こう。ねー、グリム、お願いがあるんだけど」
「なんだ?」
ハウメアは、真面目な顔でグリムを見すえた。
「高いところ怖いから、おんぶして」
†
女王竜はその眼を開き、こちらを見ていた。
莉奈が、ライラが、グリムが固まる。莉奈達の元へと近づこうとしたマルテディは、階段に降り立ち茫然としていた。
莉奈は小声でグリムに囁く。
(……逃げるしか、ないよね?)
(……ああ。逃してくれたら、の話だが)
小さく頷いて、ライラの手を握って少しずつ後ずさる莉奈。
しかし——目の前の女王竜の傍には氷竜が二体。そして、もう一匹の氷竜も背後からこちらに向かってきている。
圧倒的に不利。何か、何か手は——。
莉奈が必死に考える、その時。女王竜の口が開いた。
(……ブレスが、来る!)
莉奈はライラを抱きかかえる。グリムは動かせる端末を、莉奈達を守るように立ち塞がさせる。
そして、女王竜は——
『……随分と騒がしいの。何か用か、人の子らよ』
「……ひいっ、喋ったあぁっ!」
——冷たい息を漏らしながら、莉奈達に語りかけてきたのだった。
†
『母様、一大事です。侵入者です』
『侵入者? 妾を倒しにでも来たのか?』
目の前で会話を繰り広げる氷竜と女王竜。呆気にとられながらも、莉奈はブンブンと手と首を横に振った。
「違います、違います! 様子を見にきただけなんですっ!」
『様子を? 妾は見せ物ではないぞ』
「分かってますってえ!」
莉奈はほとほと困り果てた表情で女王竜に返答する。そんな中、ライラがてくてくと女王竜の方に歩いていった。
「ライラ!?」
莉奈の呼びかけにも応えず、女王竜の前まで歩いていくライラ。そして彼女はピタッと立ち止まって目を輝かせた。
「すごい! お話できるんだ! 私、ライラっていいます、十七歳です!」
そう言ってペコリと頭を下げるライラ。初めて会った人? に挨拶出来るのは立派だが——状況が状況だ。莉奈は頭を抱える。
突然近づいてきた人物に警戒する氷竜達。しかし女王竜は、ライラのことを目を細めて見つめた。
『ほう、ライラか。妾には名が無い。好きに呼ぶがよい』
「お名前ないんだ。じゃあとりあえず女王様って呼ぶね」
『女王、か。人の子にはその様な文化があると聞き及んでいる。まあ、好きにしろ』
普通に話している。莉奈達も、遅れて到着したレザリアやハウメア達も呆気にとられている。
その、グリムに背負われたハウメアを見た女王竜は、ほうと反応し彼女に話しかけた。
『そこな女子』
「……ひっ……!」
突然話しかけられ、反射的にグリムを強く抱きしめるハウメア。グリムは首が締まって「ぐぎゅう」と変な声を上げる。
『妾の血を引く者が未だにおろうとはな。どうだ、一族は繁栄しているのか?』
「……えっ、どういうことかな?」
女王竜の言葉にハウメアはポカンとする。その様子を見た女王竜は、ため息をついた。辺りに冷気が吹き荒ぶ。
『……もう、遠い昔の話だ。人の子には途方もない、な。まあいい。おい、お前たち。人の子の姿をとってやれ』
その呼びかけに応じ、三匹の氷竜は青白い光に包まれた。莉奈はその光景に見覚えがある。あれは確か、ヴァナルガンドさんが——。
光が収まる。その光が晴れた先には、見た目麗しい三人の女性が佇む姿があったのだった。




