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ライラと『私』の物語【年内完結】  作者: GiGi
第五部 第四章
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眠れる氷の女王竜 07 —ストライク・ショット—






 莉奈達は氷竜と睨み合う。


 莉奈達が今いるのは、階段の中央付近。その彼女達を塞ぐように、氷竜はたたずんでいる。


 莉奈は意識を俯瞰ふかんさせる。階下には、グリム隊が注意を引きつけている氷竜が一体。


 そして階上には、クレーメンス達と対峙している氷竜がいた。


「……リナ。お父さんと変わろっか?」


 ライラが氷竜を真っ直ぐに見ながら莉奈に問いかける。


 莉奈は考える。この砂で出来た階段、そして崖上は動き回れるほど広くはない。地形的に誠司の強みである機動力は活かせない。


 それに、今回の戦いの目的は倒すことではない。『逃げる』ことだ。


 それなら——。



「……ライラ、注意を引きつけて。その間に私がなんとかする」


「……うんっ!」


 氷竜は口を開き、氷のブレスを吐こうとしている。それを見た莉奈は、隣でホバリングをしているマルテディに話しかけた。


「……マルティ、合図で避けるよ。そしたら私がアイツの翼膜を切り刻むから、マルティはヤツの足場を崩して」


「はいっ!」


 莉奈は意識を集中する。火竜の時とタイミングが同じなら——



「——今だ!」



 合図と共に左右に避ける莉奈とマルテディ。氷の渦が、ライラを包み込む。


 その隙に莉奈は氷竜へと高速で向かい——



「……えっ?」



 ——いるべき場所に氷竜はいなかった。


 上から気配がする。莉奈は注意深く、そちらに意識を向けた。そこには、莉奈達を見下ろす氷竜。


 莉奈が接近するよりも早く氷竜はブレスを吐くのを中断し、莉奈の更に頭上へと飛び上がっていたのだった。


 そう、まるで莉奈達の行動がわかっていたかのように。


 茫然とする莉奈。固まるマルテディ。ライラは『身を守る魔法』を詠唱しなおす。


 そんな三人を見下ろす氷竜の顔は、まるで嘲笑あざわらうかのように口元を吊り上げているのだった。








「ふんっ!」


 クレーメンスは縦に斬撃を振るう。その剣筋は赤い弧を描き、刀身の何倍もの長さとなって氷竜に襲いかかる。


 羽ばたき、横へと飛び避ける氷竜。間髪入れず、クレーメンスは横薙ぎの斬撃を放つ。


 氷竜へと迫る炎刃。それを氷竜は、空中で前転の動作で避け——そしてその勢いのまま、氷のブレスをクレーメンス目掛けて吐いた。


「……ちいっ!」


 クレーメンスは斬撃を滅多斬りで繰り出し、氷のブレスを押し返そうと試みる。しかし、一撃繰り出すごとにクレーメンスの刀身をまとう炎は弱まっていく。


 氷のブレスがクレーメンスに届こうとする、その時。背後から魔法が飛んできた。


「——『護りの魔法』」


 ハウメアの魔法だ。クレーメンスの前に現れたその障壁は、氷のブレスを受け止める。


 その隙に、クレーメンスは炎をまとい直す。


「——『火弾の魔法』」


 再び燃え上がる剣。続け様、ハウメアの援護が飛んでくる。


「——『闇深き鋭刃の魔法』」


 言の葉が紡がれると、空中に浮く氷竜を囲むように数多あまたの漆黒の刃が現れた。ハウメアは杖を振り下ろす。それを合図に、漆黒の刃は氷竜の翼膜目掛けて一斉に襲いかかった。



 ——この足場の悪い地形で、氷竜を地に這わせるために放たれたハウメアの魔法。



 しかし氷竜は翼を折りたたみ、その肉体に鋭刃を受けながらも落下するようにかわして翼膜を守った。


 竜のとった行動に、目を見開いて驚くハウメア。再び飛び立とうとする氷竜に向かって、クレーメンスが駆け出す。


 そこに、クラリスの歌声が響き始めた。彼女の唯一無二の特技、能力を底上げする魔法の歌だ。


「「クラリス!」」


 ハウメアとグリムが同時に叫ぶ。


 だが、それは決して期待に満ちた呼びかけではない。二人の彼女を呼ぶその声には、焦燥感が含まれていた。嫌な予感がする。


 歌で能力の底上げされたクレーメンスは、速度を上げて駆け、氷竜に襲いかかる。


 しかし——氷竜は先ほど以上の俊敏な動きで、宙へと浮かび上がった。


 そして、鉤爪を立て滑空し、クレーメンスに襲いかかる——



 交差する赤と青。



 一瞬の静寂、後。悠々と羽ばたき、宙からクレーメンス達を見下ろす青。クレーメンスの肩口から激しく吹き出す赤い血飛沫。


「クラリス! 歌を止めろ!」


 グリムは叫ぶ。ビクッとし、反射的に歌を止めるクラリス。


 クレーメンスは額に汗を滲ませながら、傷口を炎の刀身で焼き止血する。氷竜は息を吸い込み、クレーメンスに向けて再び氷のブレスを吐いた。


「——『護りの魔法』!」


 ハウメアの唱えた障壁が、再びクレーメンスの前に現れる。間一髪、防がれる氷のブレス。


 渦巻く白の中、クレーメンスは魔剣を構え直し口元を緩ませた。


「……ふっ、面白い……!」








 氷竜を相手どっている莉奈は、違和感を覚える。


(……全然こっちの動きに、乗ってこない……?)


 魔物は目立つ獲物から狙う習性があるはずだ。しかし、目の前の氷竜は莉奈の挑発に乗ることなく、冷静に戦況を見極めているかのように感じられる。


 火竜の時とは全然違う。やりづらい。


「……マルティ、閉じ込めちゃって」


「……うん」


 莉奈の呼びかけに応じ、マルテディは腕を振り上げた。


 次の瞬間——宙に浮いている氷竜は、砂の球体に包み込まれた。


 これで身動きは取れないだろう。とりあえずはひと安心だ。街への危険性を考えると出来れば翼膜を傷つけておきたかったが、仕方ない。今は逃げるのが先決だ。


 莉奈はライラの隣に降りたち、宙に浮いている球体を眺めた。


「さっ、逃げるよ——」


 莉奈がライラに声をかけた、その時だった。空中に浮かんでいた砂の球体が、ドスンと音を立てて階段に落ちる。


 その球体は重力に引っ張られ、だんだんと莉奈たちの方へと傾いてゆき——


「……えっ?」







 階下のグリム達は、対峙する氷竜の注意を引きつけていた。


 だが、手ごたえがおかしい。氷竜は全くグリムの挑発には乗ってこず、時たまブレスを吐いてくるものの、基本的にはグリムのことを『観察』しているのだ。


 グリムは考える。階上の氷竜はクラリスの歌に反応した。


 彼女の歌は、一定以上——『言葉を理解出来る』程度の知能がなければ、効果がないはずだ。


 しかし、氷竜はクラリスの歌の影響を受けた。そして先ほどから感じられる目の前の氷竜の冷静な動き。


 間違いない——氷竜は『人語を理解する』、そのレベルの知能を持ち合わせている。


「……ふう、まいったね」


 グリムがため息をつき、次の手を考えるその時だった。


 ゴロゴロという地響きと共に、莉奈の悲痛な叫び声が聞こえてきた。



「グリムぅぅっ、避けてええぇぇーーーっっ!」



 グリムは振り返り、そして唖然とする。


 ライラを抱えてこちらに向かって飛んでくる莉奈。その彼女の背後を、砂の球体が追っかけるように階段を転がり落ちてきている。


「莉奈! 真上に逃げろ!」


「あっ、そっか」


 グリムの言葉を聞き、急上昇する莉奈。砂の球体は、真っ直ぐと転がってきている。


「止めるぞ」


「ああ」


 グリム隊が砂の球体の前に立ち塞がる。これはいけない。ここで止めなくてはならない。なぜならこの先には、ヤツがいる。だが。


「ふぎゅ」


「ぐえっ」


 次々と轢かれていくグリム達。彼女の健闘虚しく、砂の球体は転がり続けた。目を覆うグリム。直後——



 ドゴォン!



 ——球体は『女王竜』にぶつかって、激しい音と共に崩れ去った。飛び上がる、中に入っていた氷竜。




 しんと静まり返る空間。固唾を飲んで見守る莉奈達。



 そして立ち昇る砂煙の中——衝撃を受けた女王竜の目は、ゆっくりと開くのであった。




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