眠れる氷の女王竜 04 —眠れる氷の女王竜—
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鉱山を掘り進めている内に、彼ら氷人族は空洞の存在に気づいた。
土地が増えれば、出来ることも増える——彼らは沸き立った。そう、彼らは真冬以外、外の世界に出ることは叶わないのだから。
彼らは掘り進めた。生活の幅を広げるために、空洞があるであろう場所に向かって。
やがて彼らはたどり着く。
だがその空洞で彼らは、異常に巨大な氷竜を目にすることになるのだった——。
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イベルノの街から掘り進められた、広めの通路を歩くこと二十分。近づくにつれ、皆んなの口数も次第に減ってくる。
そんな空気の中、クレーメンスさんに先導され冷たい空気が流れてくる方向へと向かって歩き続けていた私達は——
「着いたぞ。ここが例の、空洞だ」
——その入り口から溢れ出す青い光。ついに私達は、女王竜と思わしき氷竜がいるという空洞へとたどり着いたのだった。
「落ちないようにな」
クレーメンスさんの注意を受けながら、皆が思い思いに崖下を覗き込む。
広めの空洞の壁は他の場所と同じく、ほのかに青い光を発している。
その光は空気中の白に反射して、照明魔法なしでも充分な明るさが部屋を満たしていた。
入り口の真下は崖となっており、五十メートルぐらい下だろうか、ぼんやりと地表が見える。
そしてその先に視線を移していくと——いた。そこにはクレーメンスさんが言っていた通り、通常のサイズよりも遥かに大きいであろう氷竜が、腹ばいになり丸まって眠っている姿があったのだった。
「……うーん、でかいねー」
ハウメアさんは声を潜め、険しい顔つきで氷竜を見る。そして振り返り、誠司さんとグリムに問いかけた。
「……セイジ、グリム、どうかな。あれは女王竜で間違いないかなー?」
「……間違いないだろう。グリム君、君はどう思う?」
その誠司さんの質問に、グリムは『遠くを見る魔法』の魔力が込められているゴーグルをかけ、つぶやいた。
「……推測するに、全長六十メートル弱といったところか……そうだな。通常の氷竜は、火竜よりも小さいんだろう?」
その質問にはクレーメンスさんが答える。
「……ああ。氷竜は滅多に観測されないし、俺も過去に遠くから見ただけだが……サイズ的に氷竜は、火竜よりもひと回りは小さいな」
クレーメンスさんの返答を聞き、グリムは鼻で息を吐きながらゴーグルを上げた。
「……ふむ。なら、あれが氷竜の女王竜である可能性は高いな。火竜の女王竜と、体長比率は近いと思う」
その言葉を聞き、黙り込む面々。嫌でも渡り火竜の女王竜の強さを思い出してしまう。
私はグリムに尋ねてみる。
「……ねえ、グリム。どう? 見た感じ、寝てそう?」
「……そうだね。あくまで見た印象ではあるが、眠っているようには見えるよ」
眠っているのなら、多分大丈夫だろう。実は私も意識をあの氷竜の近くへと飛ばしていたが、その私から見ても氷竜はぐっすりと眠っているように見えた。
なら、決心の鈍らない内に早く済ませてしまおう。その為に来たのだから。反応しなければそれで良し。反応してしまったら、動きの鈍い内に逃げ帰ってくればいいだけだ。
「……そっか。じゃあ私、ちょっくら行ってくるよ」
じゃっ! と手を上げ、飛び立つ私。そんな私の背中に向かって誠司さんが叫んだ。
「待ちなさい、莉奈! 戻って来なさい!」
ああ、心配してくれてんのかなあ。嬉しいなあ。まあ、様子を見に行くだけだから、大丈夫だよ。
私は飛びながら振り返り、指で輪っかを作って合図を送ってあげた。
誠司さんは周りの人に「シーッ!」と促され、口を抑えられている。ふふ。
まったく、心配性なんだから。じゃあ行ってくるね、お父さん。
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誠司は皆を振り解き、遠ざかっていく莉奈の背中を苦しそうな表情で眺めた。
女王竜を起こしてしまう可能性がある以上、さすがにもう大声は出せない。誠司は簡潔に問う。
「……莉奈が危ない。クレーメンス君、下に降りる手段は?」
「……どういうことだ? ロープをぶら下げて行くぐらいしか、方法はないと思うが」
要領を得ない質問に、無表情ながらも怪訝な感じで答えるクレーメンス。その返答を聞き、誠司は歯をくいしばる。
そのやり取りを聞いたグリムが、ハッとしたかのように声を上げた。
「……まさか、誠司。さっきキミはあの氷竜が女王竜だということを『間違いない』と断言していた。まさか……」
「……そうだ。あそこにいるのは、女王竜だけではない……その子供と思わしき、三体の氷竜が近くに潜んでいる」
固まる面々。誠司の『魂』を見る能力だ。グリムが真っ先に我に返り、誠司に悪態をついた。
「……おい、早く言え。マルテディ、莉奈を頼む」
そう言い残して——皆が止める間もなく、グリムは自身の腕を斬り落として崖へと向かって駆け出していき、躊躇なく崖下へとその身を投じた。
誠司も振り返り、レザリアに向かって声をかける。
「『私達』も行く。レザリア君、ライラに伝言を頼む」