眠れる氷の女王竜 03 —氷人族の住む街—
「……ほへー」
私はその幻想的な光景に、心奪われる。
氷人族の住む街、イベルノ。青い光が輝く街。空気中に舞う白い空気が青い壁の光を反射して、幻想的な光景を際立たせている。
そしてその街の入り口には十名ほどの人達が立っていた。どうやら私達の到着を待ち構えていたようだ。皆が私達を笑顔で迎えてくれる。
彼ら彼女らはいずれも肌が透き通るように白く、淡い青髪が美しい。
その中の一人、杖をついた男性が、ハウメアさんに向かって歩み寄ってきた。
「やあ、ハウメア、お帰り。わざわざすまんのう」
「長老、久しぶりー。出迎えてくれたということは、連絡は間に合ったのかなー?」
「ああ、昨日の夜に知らせが来た。しかしハウメア、まさかお前さんが来てくれるとはのう」
「……そのことなんだけどね、長老。ちょっとこっち来て……」
そう言ってハウメアさんは私達を横目で見ながら、長老さんを連れて距離を取る。
そして何やらヒソヒソと話し合い始めた。時おりこちらの方——いや、誠司さんの方か?——を見て、目を伏せている。なんだ?
そんな二人の様子をほけーっと眺めている私の元に、氷人族の可愛らしい少女が一人、歩いてきた。
「こんにちは!」
屈託のない笑顔でぺこりと挨拶する少女。私も釣られて頬を緩ませてしまう。私は中腰になって、その少女に目線を合わせた。
「こんにちは。初めまして、私は莉奈。よろしくね」
「わあ! わたしはペチカ。よろしく!」
ペチカと名乗った少女は、私のことを目を輝かせて見つめていた。
この子は見た目的には四年前のライラと同じくらいの歳だろうか。他の氷人族と同じように透き通った白い肌に淡い青髪で、質素な民族衣装っぽいのを身にまとっている。
私はしゃがみ込んで、ペチカに微笑んだ。
「お迎えに来てくれたのかな? ありがとね」
「うん! ハウメア様やクレーメンスのお友達がいっぱい来るって聞いた! ほんとにいっぱい来た!」
「あはは。少しの間かもだけど、よろしくねー」
そんな感じで私がペチカと話している間に、他の氷人族の皆様も私たちの方に近づいて来て、皆と思い思いに挨拶をする。
その中にはどうやら、誠司さんの顔見知りもいるようだ。
「セイジさんじゃないか! 随分と久しぶりだね、覚えているかい?」
「やあ、勿論だとも。一度酒を酌み交わした仲だ、忘れるわけないさ」
このように和気藹々と談笑する面々。氷人族の人たちは皆、歓迎ムードだ。レザリア、グリム、クラリス、マルティ、クレーメンスさん。皆んなが取り囲まれていた。
私はペチカに向き直る。
「ここ、綺麗な場所だねえ。ペチカはずっとここで暮らしているの?」
「そうだよ。あのね、ペチカね、まだ子供だからってお外に出してもらえないの。ねえねえ、お姉さん冒険者なんでしょ? お外のお話し聞かせて!」
やばい、かわいい。天使か。私がペチカを撫でようとしたその時、ハウメアさんが戻ってくるのが見えた。
私は目を細めてペチカを見る。
「いいよー。後でいっぱい聞かせてあげるね」
「うん、約束ね!」
私に向けて人差し指を差し出すペチカ。私も人差し指を差し出しペチカの指にちょんと合わせる。この世界での『ゆびきりげんまん』だ。
その様子をにこやかに見つめていたハウメアさんが、頃合いを見計らって皆を見渡した。
「やあ、みんな待たせたねー。それじゃあ街に入ろっか。とりあえずは、一休みだ」
†
イベルノの街。その街は住人が五十人ほどとはいえ、小さいながらも立派な街並みをしていた。
この万年氷穴に入り込んで来る魔物はほとんどいないらしい。そのおかげで、発展に注力出来るとのことだ。
この氷穴からは、ここでしか採れない鉱山資源などが豊富に採掘できる。しかしこの寒さのせいで、普通の種族が常駐するのは難しい。
そこでいつからか、寒さに強い氷人族が採掘作業を任されるようになり、その代わりにこの場所への永住と国からの厚い援助が約束されている、とのことだ。
クレーメンスさんの『氷人族の保全活動』も、その一環に他ならないと、ハウメアさんはこの氷穴と氷人族について説明してくれた——。
「それで、長老。どうかな、氷竜の様子は」
ここはイベルノの街の集会所。少しばかしの休息をとった私達は、今、円卓を囲んで席についている。
ハウメアさんの問いかけに、長老と呼ばれる人は氷の入ったお茶をすすりながら答えた。
「うむう。とりあえずは眠ったままだよ。今はまだ、な——」
長老さんの話だと、その氷竜のいる空洞の入り口まで定期的に人を向かわせ、様子を確認させているらしい。
その空洞は入り口から崖状に下に広がっており、その下に女王竜と思わしき氷竜が眠っているとのことだ。
迂闊に近づく訳にもいかず——様子を見に行っているとは言っても、眠っている氷竜を入り口から観察することしか現状出来ていないみたいだ。
長老さんの話を聞き、黙り込む面々。しかし心なしか、視線がこちらに向いているような気がする。うっ。
……まあ、その空洞の地形を聞いた時から諦めていたことだ。私は観念して手を上げる。
「……ええと、私が近づいて様子を見るのが一番いい……ですよね?」
高低差がある以上、空を飛べる私が近くまで見に行くのが適任だろう。
私の申し出に、誠司さんが深く息をつく。
「……まあ、実際には現地に行ってみてからだが……場合によってはお願いするかもな。それで、莉奈が近づくとして、何を調べればいい?」
あー、そう言えばそうだ。氷竜をつつけとか言われたら、泣くよ私。
その誠司さんの質問には、グリムが答える。
「ふむ。詳しいサイズなどは私が見て解析するから……知りたいのは『本当に眠っている』かどうかだな。とりあえずつついてみるっていうのはどうだい?」
「グリム、言ったね。私、今から泣くから」
「失礼、冗談だ。まあ、近づいてみてヤツが反応するかしないかで判断すればいいだろう。それでいいかな、ハウメア嬢、クレーメンス」
そのグリムの言葉を受け、名前を呼ばれた二人は頷いた。
「おーけー。まずはそこからだね。リナちゃん、よろしく頼むよー」
「ああ、問題ない。しかし、起きていた、もしくは起こしてしまった場合はどうする?」
「……うーん、逃げ切れるかなあ……」
不安を口にする私。もしその氷竜がこの前の女王竜クラスの氷のブレスとかを突然吐いてきたら、どうなるかわからない。
そんな私を見て、グリムはマルティの方を見た。
「……もしそうなった場合、マルテディ、キミだけが頼りだ。どうか莉奈を、守ってあげてくれ」
「は、はいっ! もちろんっ!」
少し身体を震わせながらも、気合いを入れて返事をするマルティ。
とりあえず方針は決まった。少し怖いけど、メルのためだ、頑張ろう。
こうして私達は、氷竜が眠っているという空洞へと向かうのであった——。




