帝都ブリクセン 10 —疑惑—
城の近くにある食事処に入った私達は、店の隅の方のテーブルに座る。注文をし終え、店員さんが遠ざかっていくのを確認した私は、気持ち声を潜めて二人に尋ねた。
「……で、どうしたの? 二人とも黙っちゃって」
その問いかけに誠司さんは腕を組んで息を吐き、目を閉じながらその重い口を開いた。
「……そうだな。私よりも……グリム君、君が気づいたことを教えてくれ」
「……ああ、わかった」
そう返事をして、グリムも息を吐き語り始める。
「まず、誠司。確認だが、彗丈宛ての手紙にはどこまで書いた?」
「ああ。手紙に書いたのは挨拶以外だと『厄災』の復活の件、そして壊れたヘザーを修理してもらうために近日中に伺う、と、それぐらいだ」
「……ふむ。では順を追っていこうか。まず一つ目。店の扉にはベルがついていた。彗丈はその音には反応せず、まるで誠司の声で初めて気づいた素振りを見せた。あの時彼は、何もしていなかったのにも拘らずだ」
「……それが?」
私は思わず聞き返してしまう。確かにあの位置で扉のベルの音を聞き逃すことはないと思うが——。
「見た感じ、流行っているような店には見えなかった。床に埃も積もっていたしね。それに誠司は『近日中に伺う』と手紙を出したんだ。久しぶりの再会だ。ベルが鳴った時、誰が来たか確認しようとするのが普通じゃないか?」
「あー、確かに……でも、ボーっとしてたんじゃない?」
「ああ、私もそう考えた。しかし、もしそうでないのだとすると——」
誠司さんがグリムの言葉を引き継ぐ。
「——『わざとらしい』。私が感じた印象だ」
「うむ。まるであの時、誰が入って来たのかがあらかじめ分かっていたみたいにね」
そうなのか? うーん、そうかも……いやいや、でも。
「……たまたまじゃない?」
「まあ、勿論それだけで疑問に思ったりはしないさ。これは思い返せば、っていうレベルの話だ。では、次に二つ目——」
グリムは出された水に口をつけ、続ける。
「——彼はヘザー人形の破損具合を確認しなかった。最後までね。順序はどうあれ、依頼された人形の具合を確認するのは当然じゃないか? あれ程の人形職人なら、なおさら」
「……私も気になった。彗丈は人形に命を捧げているような男だ。そんな彼が人形の状態を気にしないのか? とね。正直、怒られるんじゃないかと思っていた私は拍子抜けしたものだ」
「ああ。にも拘らず、彼は人形の修理期間を答えた。確認もせずにね」
話を聞いている内に、私に一気に不安が押し寄せてくる。
「……もしかして……別人……とか?」
私は頭をよぎった不安を口に出した訳だが——二人はまたもや私の方を見て肩をすくめた。くそっ、やっぱり腹立つな。
「まあ、とりあえず聞いてくれ。次に三つ目だ。誠司は私達のことを『日本から来た転移者』だと説明した。その場合、真っ先に疑問に思うことがあるはずだが……彼はそのことについて尋ねることはなかった」
「それって……」
「——日本から来たと説明された『グリム』という名の『青髪』の存在を、なぜ彼は疑問に思わない? 仮にAIであった私の存在を知っていたんだとしても、疑問は生じるはずだ」
言われて思う。確かにあの時の会話は、不自然さを感じた。なんというかこう、私達の存在をあらかじめ知っていたような——。
誠司さんがため息をつく。
「私が疑念を抱き始めたのもそこら辺からだ。他にも『転移者』と説明されたら、いつ、どこで、どうやって、そしてどんなスキルを持っているのか、普通は気になるもんだろう」
「あ、もしかして誠司さん、勿体ぶりたかったのに聞かれなかったから気になったの?」
「ンッ、うるさい」
咳払いをして誤魔化す誠司さんを横目に、想像する。
もし私が新たなる『転移者』と会ったら——うん、少なくともどんな『スキル』を持っているのか気になるはずだ。そのことについては結局、最後まで聞かれなかった。
「……確かにねえ。私が養子になった、って聞いた時の方が、よっぽど驚いてた感じがした」
うん、あの時は彗丈さん、本当に驚いた顔をしてた。それを聞いたグリムは考え込む。
「ふむ……ちなみに莉奈、誠司。養子になった件は誰に話した?」
「えっとね、グリムにだけこっそり。なんだか恥ずかしいじゃん」
「ああ、今更だしな。それにライラは養子縁組関係なしに、莉奈のことを姉だと思っているからな」
そう。誠司さんと私は話し合った。正式に皆に報告するとしても、誠司さんとライラが出会えたその日にしようと。
「……そうか。では、最後に決定的な四つ目。莉奈、キミが彗丈に作ってもらった人形だ」
「……これ?」
私は人形を取り出した。そして『白い燕』人形をちょこんとテーブルの上に置く。ヤバい、かわいい。
「そうだ。『白い燕』の存在と莉奈を合致させたことはまだいい。しかし、この人形には彼が絶対に知りえない情報がある」
「……私の……潜在的な可愛さ……?」
「油断をするとすぐにボケるな、キミは。まあいい。それは……これだ」
そう言ってグリムが指差したのは——人形の白いマントだった。
「——莉奈。このマントをつけたのは、ジョヴェディ戦からだろう?」
「……あっ」
私は気付く。この暑さの中、私は街中ではマントを着けていない。そして彼はこの人形を、『白い燕の叙事詩』をイメージして作ったと言っていた。
——『白い燕の叙事詩』は、まだ、女王竜戦までしか歌われていない。
「そういう事だ。なぜ彼は、まるであの場所にいたかの様にキミの姿を再現できる?」
言葉を返せず、茫然とする私。グリムの言う通り、なぜ、私のマント姿を知っている?
私は『白い燕』人形を眺める。それはちょこんと私の方を見つめていた。あ、やっぱかわいい。グリムは息を吐き、続ける。
「以上から考えられるのは、『彗丈は私達の行動をなんらかの手段で監視している』。間違いないだろう。これが私の考えだ、誠司」
「ああ。だからその可能性に気づいた私は、早々に切り上げたという訳だ。まあもっとも、彗丈が何を考えているのか、そしてどんな手段を使っているか分からないがね。ただ、場合によっては、ここの会話も筒抜けかもしれないな——」
†
扉に『閉店』のプレートが掲げられた『人形達の楽園』の店内。そこで彗丈は閉じていた目を開き、つぶやいた。
「……さすがはグリムに誠司。まあ、気付くよね」
彼は立ち上がり、ヘザー人形の破損具合を確かめながら、独り言をつぶやき続ける。
「……安心してくれ。常に監視してる訳じゃないからね。僕にとっては、ただの暇つぶしさ」
そう言いながら彼は、事前に準備しておいたヘザーを修理するための材料を取りに奥へと向かう。あらかじめどのくらいの材料と時間がかかるのかは、把握していた。
「……さて、誠司のために急いであげないとな。しかし、あのグリム、実際に見ても素晴らしい造形をしていたな……配信で観ていた通りだ」
彼は口元を緩め、そして、祈るようにつぶやいた。
「……頑張れ、誠司、莉奈、グリム。『厄災』は、あと二体だ。どうか、死なないでくれよな……」
お読みいただきありがとうございます。
これにて第二章完。次回より第三章『北の魔女』が始まります。
手の不調のためストックがそれほど貯められていないので、しばらくは隔日更新が続きそうです、申し訳ありません。
最後まで頑張りますので、引き続きお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いいたします。