帝都ブリクセン 06 —『白い燕』サイン会—
ガクンとよろめく私。随分おとなしいなと思ってたら、何やってんのよあなた達——。
私はレザリアの近くにツカツカと歩み寄り、耳元で囁く。
「……はあい、レ、ザ、リ、ア。なあにやってんのかなあ?」
「あ、リナ。見て下さい、こんなに沢山の方が、リナのサインを求めているのですっ!」
「すごいね、リナ! 人が、いっぱい! だよ!」
屈託のない笑顔を浮かべるレザリアとライラ。まだかまだかと覗き込む列の人々。私に視線が集まる。
マズいぞ、これ。どういう状況でこんなことになってるのよ。うー、よくわからないけど、「サイン会はやりません!」とか言っていいものなのだろうか——暴動とか起きないよね?
「……あ、あのう……」
恐る恐る手を上げる私。その様子に反応した、並んでいる人々の声が聞こえてくる。
「おお、始まるぞ……」
「……実在したのね……」
「病気の娘が大ファンなんだ」
キラキラ目を輝かせる皆様。ああ、ダメだ。これ、断れないやつだ。私の心臓はそこまで強くない。
「……あの、レザリア……これ以上、並ばせないでくれる?」
「でも」
「……私、レザリアのこと、嫌いになりたくないなあ」
「ひっ! ただちにっ!」
ダッシュで最後尾へと向かうレザリア。肩を落とす私。そこにグリムが近づいてきて私に耳打ちする。
「……仕方あるまい。キミの評価が上がれば、歌になっている『厄災』達の評価も上がる。彼女達のためだと思って、快く引き受けてくれ」
「……うぅ……それを言われると……」
グリムの言うことも、もっともだ。
彼女達とはこの国で別れることになるのだろう。その後、冒険者として生活する彼女達のことを考えると——彼女達の主人ということに世間から認識されている私がちゃんとすれば、彼女達はこの国で過ごしやすくなるだろうから。
——やはりギルドに来るとろくなことがない。
私は渋々待機列の前のテーブルに座り、引きつった笑顔を浮かべながら列を捌くのであった——ああ、こっちの世界に来てからもサインの練習しといて、よかったあ。
——そして三十分後。
私はようやく最後の一人のサインを書き終える。
「——それではここに、『クレーメンスへ』と入れといてくれ」
「はいはい……あのう、クレーメンスさん?」
「なんだ?」
「……なんであなたまで並んでるんですか?」
私は呆れた声で彼に尋ねる。列の並びを止めた後も身内特権とか言って、マルティはまだしも、クラリス、クレーメンスさんまで列に並びやがったのだ。
「記念だ。英雄『白い燕』のサインを貰える機会なんて、そうそうないだろうからな」
「……言ってもらえれば書きますって……」
わからん。この人のことが全然わからん。でも、無表情ながらも彼はサインを大事そうに荷物にしまった。なんだか憎めないな、この人。
こうしてサインを書き終わった私は肩をほぐしながら、なんとはなしに目の前のレザリア達のやり取りを眺める。眺めた訳なのだが——
「グリム。あなたの作戦、感服いたしました。おかげで、リナの素晴らしさを皆に知ってもらうことが出来ました!」
「おい、言うな」
「うん、グリムすごい! めいぷろでゅーさー? だね!」
——なるほど。私はゆらりと立ち上がる。
「……グリム。どういうことかな……?」
「い、いや、これはだな……」
「なあにが『仕方あるまい』だ! そこになおれ!」
「……フハハハハ! バレてしまっては仕方ない。暇だったので、つい、な!」
「つい、でやるな、つい、で! こら、レザリア、ライラ、逃げるな、あなた達もだ!」
ギャーギャー喚く私達。まあ、サイン会が開かれたことは不本意だが、こうやって心からふざけ合える仲間がいるのはとても嬉しい。
——ただ、この後アリーチェさんにめちゃくちゃ注意されたのは、言うまでもない。
†
「——とまあ、そんなことがあった訳よ」
ここはブリクセンの街の宿。夕方、ライラと入れ替わった誠司さんは宿に部屋をとり、今は私の報告を聞いている。
誠司さんは肩を揺らして楽しそうに笑った。
「はは、大変だったね。しかし、君もすっかり有名人になってしまったんだなあ」
「もう。笑い事じゃないんですけどー」
ぷっくり頬を膨らませる私。そんな私の様子を、誠司さんは目を細めて見つめる。
「失礼。それにしてもクレーメンスという人物に、氷穴の魔物か。詳しい話は聞いたのかね?」
「あー、それがね。サイン会の件でその人の時間なくなっちゃったみたいで。時間が合えば明日の午後、帝城に来て欲しい、って言ってたけど」
それを聞いた誠司さんは、ふむ、と考え込む。
「なら、ハウメアの用件も一緒に済ませてしまおうか。詳しい時間は?」
「えとね、連絡してくれれば何時でもいい、って言ってた。一応、通信魔法の唱え合わせはしてあるよ」
「……そうだな。では、夜明け前ぐらいにライラに起きてもらい、昼前にいったん寝てもらおう。私もその話、同席させてもらうよ」
「ありがと。じゃあ、とりあえず連絡しとくねー」
私はいったん話を区切り、クレーメンスさんとクラリスに連絡を入れる。二人とも大丈夫だとのことだ。
「ん? クラリス君も来るのかね?」
「あーうん。私が行くって言ったら……」
「なるほど。有名人も大変だな」
再び肩を揺らす誠司さん。私はジロリと誠司さんを睨む。
「誠司さん、なんか言った?」
「ンッ、何も言ってないぞ。では明日、私が起き次第、人形職人のところにヘザーを預けてから城に向かうとするか」
「ああ。知り合いなんだっけ?」
そう。聞いた話を繋ぎ合わせると、ヘザー人形は誠司さんの知り合いの人形職人に作ってもらったらしい。
あんな高品質の人形を作れる人なんだ。さそがし凄い職人さんなんだろう——
——そんなことを考えていた私に、誠司さんは口角を上げて、とっても楽しそうに不意打ちを食らわせてきた。
「——そうだ。彼の名は『椿 彗丈』。私達と同じ、日本から来た『転移者』だ」




