帝都ブリクセン 05 —現れた男—
その男の風貌を見て、ライラやレザリア、マルティまで後ずさる。そんな中、クラリスは振り返り、彼に和かに話しかけた。
「ああ、『魔剣使い』さん! こちらに帰って来ていたんですね!」
「クラリス、久しぶりだな。三つ星冒険者になったんだってな。おめでとう」
『魔剣使い』と呼ばれた男性は、相変わらずの無表情でクラリスの挨拶に応える。
私は恐る恐るクラリスに尋ねてみた。
「……あの、クラリス? こちらの方は……」
「はい! こちら三つ星冒険者の『魔剣使い』ことクレーメンスさんです。この前の火竜戦の時に招集に応じなかった、とんでもない人です!」
「あの時は調査に出ていたからな、すまなかった。間に合う距離ではなかったんだ」
相変わらずの無表情で淡々と返すクレーメンスさん。表情どっかに落とし忘れてきたのか?
「あはは、どうも。私、三つ星冒険者やらされている莉奈っていいます」
「ああ、歌を通じて噂は聞いている。そうだ、クラリス。俺の歌は作ってくれないのか?」
「いえ、あなた、華がありませんから!」
え、クラリスこの人に対して毒舌。まあ彼女の本職は吟遊詩人だ。割り切るところは割り切っているのだろう。多分。
そのクラリスの返答を気にした様子もなく、クレーメンスさんは私に向き直る。
「という訳だ、リナ。俺も推薦者になろう。この前参加出来なかった、詫びの意味も込めてな」
「えっ……本当にいいんですか?」
「ああ。心強い仲間が増えるのは、素直に嬉しい」
そう言ってクレーメンスさんは片目を瞑った。ウインクか? ウインクなのか? 無表情すぎてわからん。
そんな私達のやり取りを見ていたオットリーノさんが、揉み手をしながらクレーメンスさんに頭を下げた。
「ああ、助かります、クレーメンスさん……あの、本当によろしいので?」
「無論だ。この魔剣に誓ってな」
クレーメンスさんはそう返事をして、腰の剣の柄をポンと叩いた。
見た感じ、普通の剣にしか見えないが——『魔剣使い』という異名や、本人もそう言っているのだ。それがきっと魔剣なんだろう。
オットリーノさんは振り向き、アリーチェさんに頷いた。それを見たアリーチェさんは、いまだに落ち着かない様子でマルティに向き直った。
「はい、えー、ではマルテディさんと……あと残りのお二人の登録をさせて頂きます……こちらの紙に必要事項を記入して下さい……」
「あら? 私達もいいのかしら?」
ルネディがぴょこんと顔を出してアリーチェさんに尋ねた。マルティは目を丸くしてアリーチェさんを見る。
「え? あれ? はい、大丈夫……なんですよね?」
アリーチェさんはルネディとオットリーノのさんの顔を交互に見比べる。コクコクと頷くオットリーノさん。
私もよくわからないが、流れ的に『厄災』達三人とも冒険者登録をする流れになっている。まあ、あれだ。さっきルネディもメルも飛び出して魔力計測をやったからか。
状況を察したのか、ニコニコしながらマルティは紙に必要事項を記入し始めた。もちろん、ルネディやメルの分もだ。
クラリスとクレーメンスさんも、用意された推薦状の用紙に必要事項を記入し、ギルドカードの写しを入れてくれた。これでバッチリだ。
そして、しばらくして——
「——それではお待たせいたしました。こちらがマルテディさん、ルネディさん、メルコレディさんのギルドカードになります。今から冒険者ギルドについて説明しますね——」
ようやく平静を取り戻したアリーチェさんの説明を、口元を緩ませながら聞き入るマルティ。うん、かわいいぞ。
私達は、和やかにその様子を見守る——。
「——では、以上で説明を終わります。それでは冒険者ギルドを、よろしくお願いしますね!」
「はいっ!」
一通りの説明を終える頃には、アリーチェさんも自然な笑顔が出るようになっていた。多分、噂などで耳にした「『厄災』マルテディ」ではなく、マルティ自身の人柄に触れたからだろう。
こうして手続きを終えたマルティは、私の元にパタパタと戻ってきた。
「お待たせ、リナさん、皆さん。おかげで冒険者になれました!」
満面の笑みを浮かべて頭を下げるマルティ。そんな彼女の頭を、私はよしよしと撫でる。
「よかったねえ、マルティ。クエストは受けたの?」
「ええと、とりあえずは氷穴に行ってからかな。落ち着いたら何か私でも出来そうなのやってみるつもり!」
マルティの顔を見てうんうんと頷く私。だが、その言葉にクレーメンスさんが反応した。
「……氷穴? お前たち、氷穴に行くのか?」
「あ、はい……」
クレーメンスさんの問いかけに、マルティは私の背中に隠れながら返事をする。
クレーメンスさんはしばらく固まったあと——多分、何かを考えているのだろう——やがて口を動かした。
「やめといた方がいい。今、あそこには強力な魔物がいる。とてもじゃないが、俺一人では敵わない相手だ。そこで俺は、協力者を求めにここに戻ってきたのだが……」
「えっ、私は行きませんからね!」
クラリスはそう言って私の背中に隠れる。おい、大人気だな私の背中。
しかし——私は考える。ブリクセンにある『万年氷穴』は一つだけだったはずだ。
メルの再生を速めるため、『厄災』達はしばらくそこで過ごすことになる。その予定だった。
だが、そこに魔物が巣食っているとなると——。
私はクレーメンスさんに尋ねてみる。
「すいません、クレーメンスさん。力になれるかはわかんないですけど、とりあえず話を聞かせてもらってもいいですか?」
「えっ、『白い燕』さんが行くなら私も行きます!」
私の背中からぴょっこり顔を出すクラリス。現金だな。
その言葉にクレーメンスさんは頷き、胸に手を当てた。
「ああ、感謝する。では、落ち着いた場所で話をしたいが——」
「ふむ。その前に莉奈。あれは放っておいてもいいのかい?」
突然グリムに肩を叩かれ、私は振り返り彼女の指差した方を見た。
そこには——
「はーい、『白い燕』サイン会はこちらでーす。あ、そこ、列を乱さないでくださーい」
「レザリア、最後尾の人にプレート渡して来たよ!」
「ふふ。ありがとうございます、ライラ」
——数十人程の列をテキパキと整理し、忙しそうに動いているレザリアとライラの姿があった。うおいっ!




