帝都ブリクセン 04 —魔力量計測、再び—
マルティは唾を飲み込み水晶玉の前に立つ。私も唾を飲み込みその様子を見つめる。
彼女はゆっくりと、水晶玉に手をかざす。
ピピッ。結果は——
「……きゅ、きゅ、【999】!?」
さすがのアリーチェさんも、うわずった声を上げた。
——『厄災』の魔力量は無尽蔵だ。私は水晶玉が壊れないか心配していたが、そちらはどうやら大丈夫だったみたいだ。
しかし——私は床に突っ伏す。
「あれ、どうしたの、リナさん?」
心配して声を掛けてくれるマルティ。私はよろよろと立ち上がる。
「……なんでもない、なんでもないんだよ、マルティ……」
——そう。これで【999】がカンストした数字であることが証明されてしまった。
それはすなわち——私の魔力量は【1057】ではなく【57】であることが確定してしまった訳で、『胸を大きくする魔法』の習得が厳しいという現実を突きつけられたことに他ならない。
「わたしもやりたい!」
突然、メルがぴょんと出てきて水晶玉に手をかざす。
ピピッ——【999】
「ふふ、なら私も見てもらおうかしら」
ルネディがふわっと降り立ち水晶玉に手をかざす。
ピピッ——【999】
「もう、メル、ルネディ、出てきちゃダメだよう!」
「「はーい」」
マルティの手に掬い取られ、再びマルティの胸に納まる二人。
その様子を見たアリーチェさんはというと——
「あ、え、メル、ルネ、って、え、『厄災』?【999】!? え、あ、え?」
——どうやら状況を整理しきれていないようだ。
グリムはアリーチェさんに近づき、小声で告げる。
「ふむ、アリーチェとやら。キミの察した通り、彼女達は『厄災』だ」
コクコク——アリーチェさんは頷く。
「で、その『厄災』である彼女達は『白い燕』の推薦で冒険者になりたがっている。何か問題はあるかな?」
「え……えーと、少々お待ち下さい……」
アリーチェさんはぎこちない動きで奥へと引っ込んでいく。そして間もなく一人の男性を連れ、戻ってきた。
「あ……すいません。ギルド長がお話がしたいと……」
「やあやあ、これは『白い燕』さん。お世話になっております……」
揉み手で私達に挨拶をするのは、冒険者ギルド・ブリクセン支部長のオットリーノさんだ。
私達は一人ずつ彼に挨拶をし、小声で話し始める。
「やあ、オットリーノとやら。先日は私の依頼を快く受けてもらい、助かったよ」
「いや、グリムさん。それは世界の危機ですし、サイモンさんからも頼まれたので問題ありませんが……」
依頼とは、このギルドの通信魔道具をサランディアに繋げてもらい、私にクラリスの歌を届けるというものだ。このギルドが引き受けてくれて、本当に助かった。
オットリーノさんは更に声を潜めてグリムに聞く。
「で、あのう、『厄災』を冒険者登録したいと……」
「うむ、そうだ。ギルドの規則的に何か問題はあるかな?」
マルティの方をチラリと見て、オットリーノさんは困った顔をした。
「いえ、さすがに前例がないもので……ただ一つ、彼女達は過去に罪を犯しているので、そこが……」
ギルドの決まりだ。程度にもよるが、大罪を犯した者は冒険者にはなれない。当たり前といえば当たり前だが——私がマルティの方を見ると、彼女は沈んだ表情をしていた。私はそっと、彼女の手を握って囁く。
(……グリムなら大丈夫、絶対に何とかしてくれる)
そのグリムはわざとらしく視線を上にやり、何かを考える様子でつぶやいた。
「ふむ。なら何も問題はないじゃないか」
「……どういうことですかな?」
オットリーノさんは額に脂汗を浮かべて尋ねる。グリムの口角が、わずかに上がった。
「なに、このトロア地方どころか、世界中の大半で共通している法律だ。『魔法の力により操られ、もしくは喪失していた者はその責を負う事なく、全ては術者が責を負うものとする』ってね。当時の彼女達は、操られていた。なら、彼女達は何ら罪を犯してはいない」
「……い、いや、しかし、そうは言いましても……」
まくし立てるグリムの言葉に、しどろもどろで答えるオットリーノさん。グリム、いっけー。
「ちなみに彼女達が操られていたという事実は、サランディア支部長のサイモンは把握しているぞ? キミは教えてもらってないのか? 確認してみるといい」
「……むむ、本当かね……サイモンさんか……アリーチェ、サランディアに通信を」
オットリーノさんの言葉に頷き、奥へと向かうアリーチェさん。よし、いいぞ。ただ、サイモンさんが把握しているとは言っても、根拠は私達な訳だが。
グリムはオットリーノさんの耳元で、囁くように続ける。
「それにキミも聞いているとは思うが、今、中央部に冒険者ギルドを設立する動きがあるんだろう? あそこは犯罪の温床地となっている。この地方に、実力者は足りているのか?」
「……それは」
「ふむ。なら、魔力量【999】を超える冒険者を、みすみす逃す手はないと思うけどね。ここで登録すれば、キミの実績にもなるのだが……まあ、仕方あるまい。ここが無理なら、私達はサランディアに行くまでだ」
「……ぐぬぬ。少々、お待ち下され」
おお。『ぐぬぬ』って言う人、初めて見たぞ。私はある種の感動を覚える。
しばらくするとアリーチェさんが戻ってきて、オットリーノさんに耳打ちをした。それを聞いたオットリーノさんは、顔を青くする。そして——
「……わ、わかりました。こちらで冒険者登録させて頂きます……是非、お願いします……」
——態度を軟化させるオットリーノさん。何言ったんだよ、サイモンさん。
その言葉を聞いたマルティの顔がパァッと明るくなる。私はマルティを握る手にぎゅっと力を込めた。
「ただし——」
なんだよ、まだなんかあんのかよ。
「——すいません、前例がないことなので……もう何人か、身元を保証して下さる方がいると……ちょうどいいです。出来れば、三つ星冒険者の方に……」
「あー、はいはい。クラリス、お願い出来る?」
「はい、もちろんですとも!」
彼女は二つ返事で前に出る。あとは、誠司さんにでも——
「面白い。俺も一枚噛ませてもらってもいいか?」
——突然、私とクラリスの間から差し出される手。その手に握られているのは、三つ星のギルドカード。気配は全くなかった。私は驚いて振り向く。
そこにはボサボサの長髪に服の上からでもわかる引き締まった体格、長身の男性——
——私は後に知る。このトロア地方で現在活動が確認されている人達の中で、唯一、私が会ったことがない最後の三つ星冒険者——
——クレーメンスさんが無表情で私達を見下ろしている姿があったのだった。




