『魔女の家』 04 —誰が北に行くか②—
「それでは、最後に四つ目。今回の旅の一番の目的だ」
誠司はヘザーに軽く目をやり、続ける。
「——この前の戦いで壊れた、ヘザーの身体を修理してもらう。私の知り合いの人形職人が、ブリクセンにいるんだ」
「申し訳ありません、セイジ。私が勝手な行動をしたばっかりに……」
誠司に向かい、深々と頭を下げるヘザー。そんな彼女を、誠司は手で制す。
「いや、いいんだヘザー。あの時、君ならそう動いただろうからね」
そう言ってヘザーを見る誠司の目は、優しい。
今、ヘザーの魂——エリスの魂は、書庫にあったこのスペアボディへと移されている。
多少の傷なら彼女自身でメンテナンスが出来るが——何しろ半壊してしまったのだ。最低でも大掛かりな修復作業。最悪、一から作り直してもらう必要があるかもしれない。
「という訳でだ。カルデネ君の研究も大詰めだ。ヘザー、彼女の面倒をよろしく頼む——」
「お待ち下さい、セイジ様!」
突然、レザリアが大きな声を出して立ち上がった。何事かと視線を集める一同。
「どうした、レザリア君」
「何故、私はいつも連れていってもらえないのでしょうか? 何故、私はいつもお留守番なのでしょうか!?」
そのレザリアの訴えに、ん? と顔を見合わせる一同。まだ、何も言ってないよな?
「いや、レザリア君、落ち着きたまえ——」
「いいえ、今回ばかりは言わせてもらいます。ええ、私が頼りないのは重々承知しております……でも! 私だって皆様のお役に立ちたいのです!」
涙をポロポロと流し始めるレザリア。誠司はほとほと困り果てた顔で彼女を見る。
「いや、あの、今回は君についてきてもらおうと思っているのだが……」
「ええ、ええ。私が居ても居なくても、リナは無茶をしてしまうのはわかってます、わかっているんです。でも、だからこそ私はリナのそばに居たいのに……」
ペタンと床に座り込み、よよと泣き崩れるレザリア。話聞かないな、このエルフの人。
「ンッ、何とかしなさい、莉奈」
「……えぇ、私……?」
誠司に話を振られた莉奈は、渋々といった感じで立ち上がった。
「……あのね、レザリア……」
「……リナ」
莉奈はレザリアの前にしゃがみ込む。そしてすうっと息を吸い込み——大声を上げた。
「——話を聞け!」
「ひゃうっ!」
突然のことにビクッと跳ね上がるレザリア。莉奈はため息をつきながら、レザリアを立ち上がらせた。
「あのね、レザリア。誠司さん、今回はあなたを連れて行く、って言ってるんだけど」
「……えっ、あなたって誰のことでしょう?」
「……はあ……レザリア=エルシュラント、あなたをだよ」
頭を抱えながら説明する莉奈。まだ咀嚼しきれていないレザリア。彼女はポカンとした様子で、誠司の方を見る。
「……あの……では、カルデネの世話は誰が……」
「……いや、聞いてなかったのか? 彼女の面倒はヘザーにお願いしたんだが……」
レザリアはさっきのやり取りを思い出す。あ、言ってた。確かに思いっきり言ってた。
「……い、いえ、でも旅の目的は、ヘザー様のお身体を直しに……」
「ああ、そうだ。だからヘザーは置いていく。予備の身体を使っている今、何かあったら困るからな」
ええと……と何やら考え込むレザリア。そして恐る恐る申し出る。
「……でも私は、皆さんの足を引っ張ってしまうかもしれませんので……」
「……行きたいのか行きたくないのか、どっちなのかね」
「……あ、もちろん行きたいですけど……」
なんだかモジモジしだすレザリア。最近留守番を任され続けた彼女は、本当に連れていってもらえるのかまだ半信半疑のようだ。
「なら、同行をお願いする。君は足を引っ張ることを懸念しているようだが、思い出してくれ——」
誠司は息を吐き、目をつむった。
「——まずルネディ戦では、ルネディの影の巨人を君の力で解除出来た」
「ええ。巨人像の中にいる私を、正確に狙うんですもの。してやられたわ」
誠司の言葉に、ルネディが頷く。レザリアの顔が赤くなる。
「そしてスドラートでは海竜を翻弄したそうじゃないか。狙いを一身に引き付けたと聞いている」
「うん。レザリアちゃん、ピュピューンってあっさり海竜の目を潰しちゃうんだもの。わたし、びっくりしちゃった!」
メルコレディの言葉に、レザリアの頭から湯気が出始める。
「ケルワン防衛戦では、最後の防壁となって火竜達を押し返していた」
「ああ。レザリアがいなかったら、完全勝利はなかっただろうね」
エンダーとレザリアの奮闘を思い返し、グリムが同調した。レザリアの頭がピーピーと音を立て始める。
「そして先のジョヴェディ戦。あの時、君が教えてくれたから私は動けた。それに、最後の最後でジョヴェディをその矢で貼り付け無力化したのは誰だったかな?」
「うん、ほんと、いっつもレザリアおいしいとこ持っていくよねー。よっ!」
莉奈は笑いながらレザリアの背中を叩く。レザリアの頭が熱で、ボンッと音を立てた。
「わ、わらひは、ほんな、ひなはまほ、ほらふひ……」
「ンッ。何を言ってるのかまったく分からないが、ついてきてくれるという事でいいのかね?」
「……は、はひ〜……」
クラクラ揺れ始め、ドサッと倒れ込むレザリア。彼女にしては頑張った方だが、どうやら気絶してしまった様だ。
誠司は深いため息を吐き、皆を見回した。
「……という訳で出発は三日後。サランディア経由でブリクセンへと向かう。馬車で十日程の道のりだ。長旅になるので、皆、しっかりと準備をするように——」
——こうして彼らは北方の国、ブリクセンへと向け旅立つ。
戻ってくる頃にはカルデネの準備も終わっていることだろう。
莉奈はその時を想像しつつ、初めて訪れる国に思いを馳せるのであった。
お読みいただきありがとうございます。
短めですがこれにて第一章完。次回より北の国を舞台とした第二章が始まります。
引き続きお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。




