エピローグ ③
ジョヴェディ戦の話は早々に終わり、今は中央南部をどうしようか、という話になっている。
とはいえ公式の場ではないので、あくまで意見交換会程度の規模ではあるが——。
「——つー訳でだ、腐毒花の焼却が終わったらここに中立の立場である冒険者ギルドを設立し、犯罪の抑止力にしよう、ってのがウチの王さんの考えだ。まだまだ調整しなきゃいけねえことは山ほどあるがな」
「あら、いいんじゃないかしら。ウチは賛成よ、協力は惜しまないわ。あとはブリクセン国の意見も聞かないといけないけど——」
ここ、中央南部は自由自治区のため犯罪の温床になっている。主に、人身売買の。
しかし土地の回復の見込める今、ようやく各国は領土外であるこの地方の対処に乗り出せるという訳だ。
ノクスとセレスが膝を突き合わせる中、誠司が手を上げた。
「——なら、少し時間がかかってもいいなら私がハウメアに会って直接話を聞いてこようか」
ハウメア。北方の国ブリクセンを治める『北の魔女』である。
その誠司の申し出に、ノクスとセレスはポカンと口を開けて誠司を見た
「……いいのか、セイジ……」
「ああ、今回のことで君達に苦労をかけたからね。それにハウメアなら『勝手にやれ』と言うだろう。ただ言質を取りに行くだけだから、問題ないさ」
「……ええ。書面に残してもらう必要はあるけど……それなら私も一緒に行くわよ? ふふ、楽しみだわ、セイジと一緒に行くブリクセン——」
「いや、それには及ばない」
「え、あ、うん……バカ」
何故だか口を尖らすセレスを気にせずに、誠司は続ける。
「いや、どのみち目的があってね。私達はブリクセンに行かなきゃならないんだ。そこのヘザーの、身体を直してもらいにね」
「……ああ、ケイジョウさんのところですね。ご迷惑おかけします」
頭を下げるヘザーを手で制す誠司。そこで、それまで大人しく話を聞いていたマルテディの服と胸の隙間から、ぴょこっとルネディが顔を出した。
「うひゃあ! くすぐったいってば!」
「あら。ねえ、セイジ。ブリクセンに行くなら、私達も連れていってくれないかしら」
今度は反対側の胸からメルコレディが顔を出す。
「ひあっ!」
「どうしたの、ルネディ。わたしはリナちゃん達と一緒に旅できるのは大賛成だけど」
「まあ、構わないが……理由を聞かせてくれないかね?」
不思議そうな顔をする誠司に向かって、ルネディはクスクスと笑う。
「あのね、この身体じゃ色々と不便じゃない?『厄災』の再生はね、その者の持つ力の場所だと早くなるの。例えば私なら、影の中。だからメルは——」
そこまで聞いた誠司は、納得した声を上げた。
「——なるほど、確かにブリクセンには『万年氷穴』がある」
「ふふ、そういうこと。よろしくね。あなた私と、握手したいんでしょう?」
†
——翌朝。
宿のないこの村、皆は民家に分散して泊めてもらい、一夜を明かした。
セレスとジュリアマリアは、徒歩で帰宅するようだ。
「じゃあね、セイジ……また……」
誠司との別れにしょんぼりするセレス。そんな彼女に、誠司は頬をかきながら伝える。
「……その、なんだ、セレス……服……似合ってるぞ」
「……!!」
その言葉を聞いたセレスは、顔を覆ってしゃがみ込み泣き出してしまった。オロオロする誠司。
彼は隣にいる莉奈を肘で小突いた。
(……君の言う通りにしたら、泣かせてしまったじゃないか……)
(……いいんだよ、誠司さん)
莉奈は微笑み、ジュリアマリアに手を振る。
「じゃあ、ジュリさん! セレスさんのこと、よろしくお願いしますねー!」
「はいはい、まったく損な役回りっすね。ほら、行くっすよセレスさん!」
「……ジュリー、私、やっぱりこの人とおー……」
「行くっすよ!」
ズルズルと引きずられて遠ざかっていくセレス。
本当に頼りになるんだかならないんだか——誠司はフッと息を吐いた。
ノクス、グリーシア、エンダーの三人は自身の馬に乗って帰路についた。
その他の『魔女の家』の面々、それに妖精王と『厄災』達は、バッグで先に家に帰らせてある。
誠司はクロカゲに、莉奈はアオカゲに跨った。
「では、私達も帰ろう、莉奈。『私達』の家に」
「……うん!」
†
——と、私はこのまま家に帰ると思っていたのだが——ジルの村を発ってから、三日後。
「どうしたの、誠司さん。買い物?」
「ああ、ちょっとな」
誠司さんはサランディアに寄ると言い出した。まあ、寄っても大した回り道じゃないし、何か必要なものでもあるのだろう。
ついて来てくれと言われたので、私はノコノコと誠司さんのあとをついて行く。
「ん? ここっていかにも役所って感じのトコだね」
「ああ。役所だからな」
誠司さんは中に入って「少し待っていなさい」と言って受付で何やら書き始める。
何を書いているんだろう、と、私は意識をそちらに飛ばそうとしたが——やめた。プライバシーの侵害だ。
やがて誠司さんは、私をチョイチョイと手で招いた。
首を傾げながら近づく私。そんな私に、誠司さんは言う。
「莉奈、サインをくれ」
——ガクッ。なんだよー、誠司さんまで私のサイン欲しいのかよー。
私は膨れっ面で誠司さんを睨む。
「はいはい。で、どこ? 色紙あるの?」
「……? 何を言っているんだ、君は。役所でサインと言ったら、普通、書類にだろう」
……へ? 私は固まる。あ、ヤバい、これ、自意識過剰の恥ずかしいやつだ。
「もう! 先に言ってよ!」
「……言ったつもりだが……」
「……し、知ってたし!」
すっかり顔を赤くし照れ隠しをする私に向かって、誠司さんは書類を差し出し場所を指差す。
私は誠司さんの隣の椅子に腰掛け、言われるがままにサインをしようとするが——いけない、いけない。冒険者ギルドでは確認せずにサインして、冷や汗をかいたんだった。
私は改めて書類を見直す。そこに書かれた文字を見て、私は固まってしまった。
そこには、こう書かれていたのだ。
——『養子縁組届出書』と。
「……誠司さん……」
「……ンッ。また勝手に家を出て行かれても困るからな。私は君のことを娘として思っていたが、伝わってなかったようだったからね。ノクスにも怒られたよ」
「……せいじさん……」
「……いや。もちろん君が嫌だったら、サインしなくても構わないが……」
「……ぜいじざんっ……!」
私は人目もはばからず、誠司さんの胸に飛び込み、泣いた。泣きじゃくった。
何事かと私達の方を見る人達。でも、構わない。
——私にも、私にもちゃんとした家族が出来たんだ。
「……ンッ、とりあえず離しなさい。しないならしないでも、私達の関係は別に変わらないが……」
「……ず る゛っ゛……!」
————
こうして私は、正式に誠司さんの養子になった。
こちらの世界に来て四年ちょっと。
元の世界では家族に恵まれなかった、憧れてた。
だけどこの世界で、私はひとつの夢を叶えられたんだ。
私は駆ける、私達は駆ける、二人で、並んで、この大地を。
私はもう、大丈夫。思えば色々あったけれど、元の世界が懐かしくなる時もあるけれど、今、はっきりと言える。
——私はこの世界に来れて、本当に良かった。
そして私は、息を大きく吸い込み『我が家』の扉を開いた。
「——みんな、たっだいまー!」
しかしこの世界での戦いは、だんだんと苛烈さを増していくのだった——。
ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
これにて第四部、完結となります。いつものように活動報告に「あとがき的な何か」を掲載いたしますので、お暇な方は是非。
さて、第五部ですが、明後日(5/2)から隔日投稿いたします。毎日投稿に戻す際はこちらでお知らせします。
それでは、引き続きお楽しみ頂けると幸いです。宜しくお願い致します。




