エピローグ ②
今後の方針を話し合う為、皆は集会所——という名の空き小屋へと向かっていた。
莉奈は相変わらずライラとレザリアに束縛されていた。まあ、クラリスの歌が切れた今、支えてもらえるのは助かるのだが——。
ため息をつきながらライラを見る莉奈だったが、なんだか彼女の様子がおかしいことに気づく。なんかこう、口を尖らせてうつむいて歩いているのだ。
「どうしたの、ライラ。何か考えごと?」
心配になった莉奈は声をかける。ライラは顔を上げ、莉奈の方をジッと見た。
「ねえ、リナぁ……私、リョウカさん? に嫌われてるのかなあ……」
その言葉を聞き、莉奈は思い出す。
——そう言えばあの時リョウカさんは、ライラの挨拶を無視したように見えたけど——
「そんなことないんじゃない? ていうかあなた、リョウカさんに会ったことあるんだね」
「……うん。前にエルフさんを助けた日に、サランディアでぶつかっちゃったの……」
あの時か。莉奈は思い当たる。確かあの日、ライラは単独行動をしていた。でも——
「うーん。そんなことぐらいで嫌うかなあ。いまいちよく分かんない人だけど、いい人なのは確かだよ」
「ホント!?」
ライラはパァッと顔を輝かせる。その耳は赤い。おや? と莉奈は思った訳だが、反対側にいるレザリアが身を乗り出してきた。
「ライラ。なるほど、分かりました」
「ん? なにが?」
「あなたはそのリョウカという方に、恋、してますね?」
立ち止まる三人。プシューと赤くなっていくライラ。
そして。
「そ、そ、そんな訳ないじゃんっ! 顔だってよく見てないしっ」
「いえ、でもあなた、私と同じ目を——」
「もうっ、バカっ! レザリア、知らないっ!——『子守唄の魔法』!」
目をグルグルさせながら、逃げようとするライラ。
待ってこの状況——莉奈は叫ぶ。
「ライラ! 腕を離してええぇっ!」
しかしライラはガッツリと腕を組んでいる。そのままライラは一瞬の光に包まれた。そして——
——莉奈とガッツリと腕を組んだ状態で、誠司が顕現した。
「……なんだこの状況は。いったいどうなってる」
「私が聞きたいよおっ! とりあえず離してえっ!」
「……いくらセイジ様といえど、異性がリナと腕を組むのはっ!」
カチャリと細剣を抜く音が聞こえる。片腕を解放され、力が抜け崩れ落ちる莉奈。
「……莉奈、逃げるぞ」
「……待って、私動けないんだけど」
「……乗れ」
莉奈を半ば無理矢理に背負って駆け出す誠司。追うレザリア。
莉奈は先刻の誠司とのやり取りを思い出す。
『——私は、大切な家族で、娘である、莉奈、君のことを連れ戻しに来た』
莉奈は口元を緩め、誠司の温もりを感じるために彼の背中に顔を埋めるのだった。
そのやり取りを何とはなしに聞いていたグリムは、駆け出していく背中を見送りながらつぶやいた。
「……リョウカ、ね……まさかな……」
グリムは首を振り、歩き始める。彼女の至ったその仮説は、その胸の中にひっそりとしまい込まれるのであった。
†
「それで、だ。私がいなくなった後、どうなったんだ?」
ここは集会所。
あの戦闘に参加した全員が集まっている。
皆は語る。誠司がいなくなった後、ジョヴェディとライラは二時間もの間、戦ったこと。
戦いとは言っても、まるで稽古をつけていたかの様相だったこと。
そしてジョヴェディは、自らの消滅を試みたこと。
それは失敗に終わり、リョウカがジョヴェディの身柄を引き受けたこと——。
話を聞き終わった誠司は「そうか」と短く返事し、その口元をわずかに緩めた。
その様子を見た莉奈は、首を傾げた。
「そうかって。結果的に大丈夫だったけど、誠司さんらしくないじゃん。ライラに代わって、不安じゃなかったの?」
「そうよ。私も驚いた。あなた、娘を戦わせたくなかったんじゃ?」
セレスは身を乗り出して誠司の手をギュッと握った。その手を捻り上げ、誠司は目を細める。
「まあ、な。しかし、ライラに怒られてしまってね。私も戦いたいって。何のための『身を守る魔法』だって。私だってリナを助けたいんだ、って——」
誠司は腕をタップするセレスを解放して、日記を広げた。そこにはライラの文字で、誠司の言う通りのことが書かれていた。
「——だから、必要な場面が来たらライラの力を借りることを私は約束した。そしてあの娘は、無事でいてくれた。どうやら私は少し、過保護だったみたいだね。自慢の、娘だ」
そこまでの話を聞いたノクスは、額に手を当てて漏らす。
「しかし、セイジ。それにしてもだ。お前さん、よくライラちゃんを『厄災』に対峙させられたな。心配じゃなかったのか?」
「……まあ、心配なのは当たり前だが……彼ならライラを悪いようにはしないという確信があったからね。彼はエリスを、『追求者』と表現してくれたから」
「ん? どういうこと?」
話のつかめない莉奈。そんな彼女を余所に、誠司はあの日を追憶する。
——ねえ、セイジ。この花、セイジの世界ではなんて呼ぶの?
——……ああ、これは『ヘザー』……『ホワイトヘザー』だ。懐かしいな、この世界にもあったんだ。
——ふうん。じゃあさ、『花言葉』っていうのは?
——これに関しては調べたことがあるから覚えてる。確か『追求者』だ……君にピッタリだね。
——へえ! セイジがそう言ってくれるなら、私、気に入った!……でも、何で調べたの?
——ンッ。うるさい、内緒だ。
——ふふ、意地悪だなあ。
————。
「……そうだね。なんでもない、内緒だ」
「えー! もう、また勿体ぶっちゃって! ほんと意地悪!」
頬っぺたを膨らませる莉奈。顔を見合わせる一同。
そんな反応の中、誠司は目を細め、首を傾げるヘザーを優しく見つめるのだった——。




