序・対魔法攻略戦 10 —誰が場所—
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(……む? 何か企んどるようじゃのう)
ジョヴェディは、離れた岩壁に固まっているセレス達の動きに気づく。
放っておいても所詮は烏合の衆、問題はないが、念のためだ。ジョヴェディはそちらへ向かい、魔法を——
「ずいぶんと余裕だな、ジョヴェディ」
——魔法の詠唱に感づいたグリムが宙に跳ね、短刀で分身体を斬り伏せる。
華麗に着地したグリムは、別の方角から飛んできた光弾を身に受けながら空へと叫んだ。
「どうした? 臆病者のジョヴェディ。そんなに怖いのか? 貴様の見下している者達が小細工を弄するのが」
「フン……ぬかせ。力でねじ伏せてやるわ」
「ほう? キミが? 私程度も倒すことが出来ない、キミがか?」
「……いい加減、黙れ!」
怒気をはらんだジョヴェディの言葉とともに、空中に無数の火球が浮かびあがる。
そしてその一斉に放たれた火球は、次々とグリムを打ちつけた。
「……くっ!」
燃えさかる炎、踊る人影。その炎の中から飛び出したグリムを、雷鳴と共に光が穿つ。
吹き飛ばされるグリム。その身体は、もうズタボロだ。彼女は使い物にならなくなった左腕を、短刀で斬り落とした。
「……ハァ……ハァ……」
「どうした、さっきまでの威勢は。随分と舐めた口を利いていたようじゃが」
「……はは。臆病者を臆病者と言って、何が悪い」
「まだ言うか!」
一発の光弾がグリムを貫く。苦痛に顔を歪め、距離をとるグリム。そしてその彼女の傷は——すぐには塞がらなかった。
(……フン、なるほどのう。再生能力には限界がある、か)
攻撃を繰り返すことにより、ついに露見したグリムの弱点。ジョヴェディは醜く口元を歪め、更に攻撃を激しくしていくのだった——。
それは離れた所から見ていた莉奈も気がついていた。徐々にではあるが、確実にグリムの再生能力は落ちていっている。
(……グリム)
莉奈は祈る様に戦いを見つめる。飛び出して行きたいのは山々だが、今はまだ、その時ではない。
そんな中、姿を隠したジュリアマリアが帰ってきた。
「お待たせっす! セレスさんのバッグ、回収してきたっす!」
先ほど弾き飛ばされたセレスのバッグだ。そのバッグには、穴が空いてしまっている。
「どれ、見せてくれないか」
エヌ・エーはジュリアマリアからバッグを受け取り、観察する。角度を変え、色々な方向から眺めていたエヌ・エーだったが、やがて——
「うん。このバッグは、まだ空間先に繋がっている。細くなってるけどね。これなら何とかなりそうだ」
——エヌ・エーは優しく頷いた。その言葉に顔色を明るくするセレス。
「本当!? 是非、お願いするわ!」
「ああ。新しい容れ物を用意するよ。ただ、魔道具作製には少し時間がかかる。なるべく急ぐが、少し待っててくれ。あと君にも、新しく空間魔法を吹き込んでもらう必要があるけどいいかな?」
「ええ! あまり得意ではないけど、頑張るわ!」
こうして彼女達は集中するために、岩壁の裏側へと向かって行った。残された者たちは、グリムの戦いに集中する。
グリーシアがつぶやく。
「……彼女、大丈夫かしら」
彼女は少しでも力になれる様、『護りの魔法』を張り直す。
「……まずくねえか?」
ノクスがいつでも駆け出せるよう、剣を構える。
傍から見てもわかる。グリムはもう、立っているのがやっとの状態だ。
「……リナさん……グリムさんが……」
ジュリアマリアが苦しそうな表情で莉奈に話しかける。
その莉奈は——拳を強く握りしめていた。
「……ジュリさん。グリムは言ってた。『私に任せろ』って。私はグリムを、信じる」
「……ぐっ!」
グリムの右足が吹き飛ばされた。倒れ込むグリム。その彼女の両腕は、すでに無くなっていた。
「……クックックッ。大したことないのう、ホレ」
火弾がグリムの下半身を吹き飛ばす。その反動で彼女の上半身も吹き飛び、転がり、天を見上げる格好で地面に横たわった。
「……どうした。私はまだ、生きているぞ……。粉微塵にしない限り、私は殺せない。それとも……私のことが怖いのか? なあ……臆病者のジョヴェディ」
「フン。まだ虚勢をはるか。いいだろう。望み通り、塵に還してくれるわ!」
ジョヴェディが詠唱を始める。大気がパチパチと震え出す。光属性の最上級魔法が、今、次々とストックされていく——。
その光景を見る莉奈達は絶望する。ジョヴェディの最大火力、『爆ぜる光炎の魔法』。
もはや虫の息のグリムにとどめを刺す為、終わりの魔法の言の葉は容赦なく紡がれていく。
溢れ出す魔力。収束していく大気中の魔素。
その光景を、その弾ける光を虚ろな目で眺めるグリムの——
——口角が上がった。
「——待っていたよ、この時を」
「……ぬ?」
息も絶えだえだったはずのグリムは、しっかりとした口調でつぶやいた。ジョヴェディは違和感を覚えるが、止まらない。あとは魔法を解き放つだけで、彼女の人生は終わるのだから——。
と、次の瞬間、ジョヴェディにとって信じられないことが起こる。
四肢をもがれて横たわっている彼女の——傷が塞がる。破れた服が修復される。右腕が、左腕が、右脚が、左脚が、みるみる内に再生される。
——もう尽きたと思われていた彼女の再生能力。グリムの身体は、瞬く間に再生した。
その様子を茫然と眺めるジョヴェディ。状況を把握しきれていない彼に向かって、グリムは不敵に笑う。
「私を見ている場合か? 自分の身体をよく見てみるんだな、ジョヴェディ。身体が、透けて見えるぞ」
「……なに?」
ジョヴェディの分身体が互いを横目で見ると——確かに彼女の言う通り、ジョヴェディの身体は、その姿を現し始めていた。
「……貴様、何をしたっ!」
怒声と共に紡がれた言の葉、振り下ろされる魔法。それを気にすることなく、グリムは立ち上がる。
「さあ、待たせたね。姿が見えていれば、問題ないはずだ——」
グリムは迫り来る光を背にし、天を指差して高らかに叫んだ。
「——飛び立て、莉奈! 空は、キミの場所だ!」




