序・対魔法攻略戦 09 —地獄より戻りし者—
荒野の中央——莉奈達からだいぶ距離を取った場所でグリムは立ち止まり、空に向かって声高らかに叫んだ。
「やあ、臆病者のジョヴェディ。貴様を倒すために、私は、地獄から戻ってきたぞ!」
一陣の風が吹く。
その煽りに乗ったのか、一体のジョヴェディがグリムの上空に姿を現した——膨大な魔力と共に。
ジョヴェディは冷ややかな視線でグリムを見下ろす。
「……小童。何故、生きておる」
グリムはジョヴェディを睨み返す。
「臆病者で卑劣なお前を倒すまで、私は死なない。お前に私は、殺せない。その程度の魔法じゃね」
まるで何も考えていないかの様な、彼女の無謀な行動。しかしジョヴェディは、本能で感じとる——此奴は、危険だと。
「……フン。口だけは達者じゃのう。まあ、いい。望み通り、塵に還れ」
溢れ出た魔力が収束していく。大気がパチパチと震えだす。そして言の葉は、紡がれた。
「——『爆ぜる光炎の魔法』!」
途端、巻き起こる大爆発。術者本人であるジョヴェディですら巻き込み、次から次へと起こる爆発が大地を揺るがす。
その余波は、充分離れた距離にいる莉奈達の所にも石つぶてとなり襲いかかってきた。
「グリム!」
莉奈は腕で顔を覆い、目を細めて様子をうかがう。飛んでくる砕石はグリーシアの障壁により防がれているが、莉奈達の周囲に激しい風が吹き込んでくる。
やがて爆撃は止み、土煙が晴れたそこには地面に大きな窪みが出来上がっており——
——そして、それ以外は、塵以外何もなかった。
「……嘘……でしょ、グリム……」
莉奈は聞かされていた。彼女は粉微塵にならない限りは死なないと。
だが、グリムは今——ジョヴェディの宣言通り、塵に還ってしまった。
莉奈はうつむき、唇を噛み締め、キッと空を睨む。
「……ジョヴェディ……絶対に許さない……仇は、取る」
「あの、リナさん?」
ジュリアマリアが莉奈に声を掛ける。莉奈は振り返ることなく、彼女に答えた。
「……止めないで下さい、ジュリさん。私が……絶対……」
「あ、いえ、そうじゃないっす。後ろ後ろ」
「今はそれどころじゃ!」
と、後ろを振り向いた莉奈が見たものは——首を鳴らして空を眺めているグリムの姿だった。
「わっ!」
「莉奈、どうした。顔がグシャグシャだぞ」
「グシャグシャ言うなっ! なんで!?」
莉奈が驚くのも尤もである。彼女は確かに、莉奈の目の前で粉微塵になったのだから。
「いや、あらかじめ首を斬り落としておいて、そこの『姿を溶け込ませる布』に忍ばせておいたのさ。脳が存在していれば、あの様に粉微塵になっても私は再生できる」
「もうっ!」
規格外の再生能力だ。本体が消滅しても、保険を用意しておけば再生出来るとは。莉奈は元の世界の動画で観た、切っても二つの身体で再生する生物の話を思い出す。
「なんかそういう生き物、いたよね……」
「プラナリアか? まあ、近しい……いや、待てよ?」
ゲッソリとした莉奈の言葉を聞き、グリムはふむと考える。
「……なるほど。ただ、今は時間が惜しい。現状、ヒットアンドアウェイをしているジョヴェディに時間稼ぎが出来るのは、私しかいないからね。では、行ってくる」
「えっ? 待って。意味わかんないんだけどおー!」
莉奈の制止も聞かず、再び荒野の中央へと駆け出すグリム。そして空に向かい、高らかに声を上げた。
「フハハハハハ! 貴様を倒すために、再び地獄から舞い戻ってきたぞ、ジョヴェディ!」
「……貴様……ワシと同じ様な力を持っておるのか?」
「その通りだ! 自分一人だけが特別な力を持っているとは思わないことだな、ジョヴェディよ!」
ノリノリである。
だがこれも、グリムの作戦の一環なのだろう。彼女はジョヴェディを煽り、プライドを傷つけ、ヤツの注意を一身に引きつけているのだ。
そして思惑通り、数多の魔法が彼女目掛けて降り注ぐ。
雷が穿ち、炎が焼き尽くし、氷刃が襲いかかる——。
しかしグリムは駆け回り、その身体を再生し続けながらジョヴェディに挑発を繰り返した。
その様子を見るセレスは、不安そうな表情で莉奈に話しかける。
「……リナ……このままじゃ……」
彼女が心配するのも、無理はない。相変わらず本体らしきものは姿を現す様子がないし、それに、さすがにセレスも気付いていた。
——ジョヴェディは無尽蔵の魔力を持っていると。
現在、ジョヴェディの意識は完全にグリムに向いている。
しかし、いつ矛先がこちらに向くかわからないのだ。
グリーシアが探知魔法を張り、ひっそり近づく分身体がいないかどうか注意しているが——もし近づかれたのがわかった所で、姿が見えない以上、打つ手がない。
ノクスはいつでも動けるように大剣を構えている。
ジュリアマリアは『嫌な予感』が迫って来ないか、短剣を構え辺りを探っている。
莉奈はグリムから投げ渡されたインカムを身につけ、傷つき続けるグリムを見ながら答えた。
「……セレスさん……今は待ちましょう」
「リナ! あなた……!」
セレスは莉奈の顔を覗き込むが、彼女は唇を噛みしめ、ジッとグリムを眺めていた。
セレスはうつむき、漏らす。
「……バッグさえ無事だったら、私も……」
——頼りすぎていた。セレスは後悔する。
彼女の真骨頂は、魔道具を使用出来る、という条件下で発揮される。詠唱の穴埋め。息をもつかせぬ連続攻撃。
その起点となるバッグを失った今——今のセレスは、ジョヴェディに勝る点は何一つない。
悔しい。一粒の水滴が、地面を濡らす。
しかしその呟きを聞いた莉奈は、ふと思い立ったかの様に振り返り声を上げた。
「アルフさん!」
「……い、いや、僕はエヌ・エー……」
「もう! そんなのどうでもいいですからっ! 前言ってましたよね?『魔道具を作れる』って!」
その言葉を聞いたエヌ・エーは興味深そうに目を細めた。
「なんだい、言ってごらん。久しぶりに外に出たんだ。僕の力、思う存分、使ってくれ」