序・対魔法攻略戦 07 —N/A—
「グリム……どうしてあなたがここに……」
「説明は後だ、セレス嬢。まず、ケルワンは守られたのか?」
セレスの質問に、空を眺めながら尋ね返すグリム。そこには宙に乱れ咲く魔法を、常識では理解出来ない動きで避け続けている莉奈の姿があった。
「ええ……そうらしいわ……」
「よし。では、手筈通り始めるぞ。ノクス、N/A、よろしく頼む」
「おう」
グリムの言葉に応え、空間がめくりあがり一人の男が姿を現す。
その男の顔を見て、セレスとジュリアマリアは再び驚く。先の火竜戦での最終局面において、獅子奮迅の活躍を見せた人物。サランディア王国元騎士団長ノクス、その人だったからだ。
そして続けてもう一人。
「エヌ・エー、っていうのは僕のことかい? まあ、名は伏せてくれとお願いしたけど」
その者は丈の長い魔術師のローブに、フードをすっぽり被っているという出で立ちをしていた。セレスもジュリアマリアも、覚えのない人物だ。
グリムは彼に答える。
「気にいらないのか? なら、ノーアサインでもアンノウンでも何でもいいぞ」
「……いや。よく分からないけど、長いよりは短い方がいいだろう、エヌ・エーでいいよ。では、始めよう——」
そう言って、エヌ・エーと呼ばれる人物は集中し、目の前の空間を手でなぞる。皆が見守る中、その空間には——瞬く間に大剣が『作り』出されていた。
†
——数日前。グリムが莉奈と、サランディアで別れた後の話。
グリムは先日訪れた妖精王の神殿に、再び訪れていた。
突然の来訪に驚いたアルフレードだったが、グリムを神殿の中に招き入れ、彼女の対面に腰掛ける。
「それで、今日は一体どうしたんだい?『厄災』ジョヴェディを倒しに行ったんじゃなかったのかな?」
アルフレードは紅茶を作り出し、彼女の前に差し出した。その様子を眺めながら、グリムは目的を告げる。
「率直にお願いする。その『厄災』ジョヴェディを倒すのに、是非、キミの力を借りたい」
アルフレードの眉がピクリと動く。彼は真顔になり、グリムを見据えた。
「……どうして僕なんだい? 僕はただ、『作れる』だけの人間だ。戦う力なんて、持っていないよ」
「何を言っている。それが戦闘においてどれほど重要な能力か、分からないキミではないだろう」
無表情で視線を交わし続ける二人。緊迫した空気が部屋を包み込む。
どれほどの時間が経っただろうか。やがてアルフレードは、息を吐いてその瞳を閉じた。
「……すまないね。僕はもう、人の世には関わらないと決めたんだ」
「——ふむ。それは、『厄災』誕生にキミが関係しているからか?」
その言葉を聞いた、アルフレードの時間が止まる。彼は再び目を開いて、グリムを見据える。その彼の表情には、苛立ちの様なものが浮かび上がっていた。
「……さあ。憶測にしても、ずいぶんと失礼な話だね。君は……どこまで知っている?」
「私は莉奈から、キミが過去のことが原因で『転移者は嫌われている』という懸念を抱えているということ。そしてキミが、『厄災』達を匿っていることぐらいしか聞いていないよ」
「……それだけかい?」
「ああ。少なくとも私が読んだ文献の中に、千年前の事に言及された本はなかった。不自然なほどにね。だからキミに何があったのか、私は知らない。そう、それと莉奈は、『厄災』ドメーニカはキミの能力で作られたんじゃないかって危惧しているぞ」
沈黙。後、アルフレードは一瞬、沈痛な表情をその顔に浮かばせる。そして彼は、その重たい口を開いた。
「……そんな訳、ないだろう? 第一、二十年前の僕はこの場所に引きこもっていたんだから」
「ああ。私もそう思うよ、アルフレード。だから私は、こう考えた——」
グリムは一旦言葉を区切り、ゆっくりと、確信を持って繋げた。
「——イタリア語でドメーニカは『日曜日』という意味を持つが、それだけじゃない。『女性の名前』にも、それなりに使われている。もしかしてドメーニカは——キミと同じ、イタリアから来た『転移者』なんじゃないか?」
再び訪れる沈黙。しかし先程までと違い、アルフレードは驚愕の表情を浮かべている。彼は震える口をどうにか開き、言葉を絞り出した。
「……グリムといったね。君は、いったい……」
「よかったら千年前、何が起こったのか聞かせてくれないか、アルフ。安心しろ、私の口は、とても固いぞ——」
完全なる沈黙。しばらくアルフレードは苦悶の表情を浮かべていたが、ポツリポツリと語り始める。
千年前の出来事、『転移者』ドメーニカの存在、そして、その顛末を。まるで罪を告白するかのように。グリムにだけ語って聞かせる——。
やがて全てを語り終えたアルフレードは、悲しいほどの無表情で、何もないテーブルをただジッと見つめていた。
そんな彼に、グリムは目を細めて話しかける。
「なるほどな。しかし、本当は分かっているんだろう? キミには何の罪もないことを」
「……いや。仮にも同じ仲間が引き起こしたことだ。僕にも責任はある。例えば……もしリナが世界を滅ぼそうとしたら、君は責任を感じないか?」
「……さあ。それは、その時になってみないと分からないな。けど、これだけはハッキリ言える。私は最後まで、莉奈を信じるよ」
そう言ってグリムは立ち上がった。穏やかな顔つきで。
「では行こうか、アルフ。それでもキミが責任を感じているというのなら、今こそ動く時だ」
「……待て。僕は行くとは……」
困惑した表情のアルフレードに、グリムは口角を上げてウインクをした。
「はは。今の話を口外されたくはないだろう?」
「……君は、口が固いんじゃなかったのかな」
そう言いながらも、アルフレードは立ち上がる。長い、とても長い間、誰にも言えなかった耐えがたい呵責。それを吐き出した彼の顔は、まるで憑き物が落ちたかのように晴々としていた。
「私も必死だからな。約束したんだ。彼女を助けるためなら、いくらでも知恵を絞ると」
「……仲間、か……」
そう呟き、アルフレードは準備を始める。グリムはふと思い立ち、最後に彼に質問をした。
「キミの事情は分かった。なら、今『厄災』達を復活させているのは、結局、誰なんだと思う?」
その問いに、アルフレードは手を止めて考える。もし、そんなことが出来るとしたら、可能性として思い当たるのは——。
「——僕が思い当たるとすれば、魔導師ヘクトール、ただ一人。あの時も、二十年前も、彼が絡んでいる。もし今も、生きているのならね」