序・対魔法攻略戦 04 —英雄飛来—
「リナ!」
セレスが、ジュリアマリアが、オッカトルを救った英雄の登場に顔を綻ばせる。
(……ほう)
ジョヴェディは口端を上げ、姿を隠した新たな『分身体』を莉奈の背後に回り込ませた。
そして、最速の魔法を解き放つ。
「——『暗き刃の魔法』」
背後から迫り来る黒刃。しかし莉奈は振り返ることなく、その黒刃をマントで払いのけた。
「……ぬっ?」
ピクリと眉を動かすジョヴェディ。莉奈はゆっくりと振り返って、ジョヴェディのいるであろう方を向いた。
「ごめんね。私にその魔法は、通用しないんだ」
「……魔法を防ぐ、布切れか」
そう呟きながら、ジョヴェディは姿を現した。
この世にはそういった魔道具があるとは聞いている。それでも通常、攻撃魔法を防ぐ程の性能は有していないはずだが、『暗き刃の魔法』だけは別だ。
その魔法は詠唱時間の短縮と引き換えに、乗せられる魔力量が限られている。紡ぐ言の葉が短いので、どんなに練ったとしても限界があるからだ。攻撃魔法の中では、『初級魔法』に分類される。
莉奈が妖精王から貰ったマントは、優秀なものだ。他の攻撃魔法はともかく、『暗き刃の魔法』程度なら問題なく防げる。
それを理解したジョヴェディは、莉奈に杖を向けて動きを止めた。
莉奈がジョヴェディの出方をうかがっていると——突然、莉奈の背後から魔力の波動が漂ってきた。
目の前の姿を現したジョヴェディは囮。本命は背後にいる、姿を隠した新たなる『分身体』だ。ジョヴェディは魔法を解き放つ。
「——『光弾の魔法』」
その光弾は、真っ直ぐに莉奈の頭部目掛けて進む。
しかし莉奈は——振り返ることなく、わずかに身体をずらしてその光弾を躱した。
驚くジョヴェディ。その隙に莉奈は、姿を表して固まっている『分身体』を斬り伏せた。
「……ククッ。まるで後ろにも目がついているみたいじゃな」
ジョヴェディは姿を現す。莉奈は振り返り、彼と対峙する。
「まあ、ね。当たらずともなんとか、ってとこかな」
——莉奈は先の火竜戦で目覚めていた。視界を別の場所に置く能力。
今の彼女は、自分の周囲を俯瞰して視ることが出来る。
「クックックッ。なら、これはどうかな?——『火弾の魔法』」
ジョヴェディが詠唱を終えると、空中に現れた無数の火の玉が次々と莉奈目掛けて襲ってきた。
しかしそれも、莉奈はなんなく躱していく。
——彼女は経験していた。ヴァナルガンドの炎の雨や、火竜の群れからひっきりなしに吐かれる炎のブレスを。
その経験がある今、この程度の炎では『視界』を手に入れた莉奈を落とすことは出来ないだろう。
そして間隙をぬって、莉奈はジョヴェディに迫る。
急ぎ次の詠唱を始めるジョヴェディ。
「——『光弾の魔……」
「遅い」
飛来一閃。莉奈の一刀が三体目のジョヴェディを斬り伏せた。落ちてゆくジョヴェディの分身体。莉奈はそれを眺めながら、姿を現さないジョヴェディに語りかける。
「どうしたの? あなた、何体も分身を動かせるんじゃなかったっけ?」
「クックッ。ああ、動かしてるよ」
空から響くジョヴェディのその言葉に、莉奈は眉をしかめる。
そのやり取りを聞いたジュリアマリアが、莉奈に向かって叫んだ。
「リナさん! 他の分身体は、今、ケルワンに攻め込んでいるって!」
「クワーハッハッハッハッ! そういうことじゃ。ほれ、早くワシを殺さんと、街が滅ぶぞい!」
心底愉快そうな、吐き気を催す下卑た笑い。しかし莉奈は、冷たく言い放つ。
「やってみなさい」
「……ほう? やはりお主は、血も涙もないのう。クックッ」
そのジョヴェディの煽りに、莉奈は表情一つ変えない。そんな彼女の様子を見て、ジョヴェディは鼻を鳴らした。
「……フン。しばし待っておれ。ケルワンを滅ぼしたら、次はお前じゃ」
「そう。頑張ってね」
そのやり取りを最後に、ジョヴェディの声は返ってこなくなった。
気配がない。もしジョヴェディの言うことが本当なら、ケルワンを襲う『分身体』に集中を始めたのだろう。
莉奈は注意を払いながら、セレス達の元へと降り立った。
「リナ! どうしてここに……」
岩影から姿を現し、セレスが歩み寄ってくる。そんな彼女の問いに、莉奈はバツが悪そうに頭をかいた。
「……いやあ、ホントは明日攻め込む予定だったんですけどね。なんだか激しい音が聞こえてきたんで、つい……」
——そう。莉奈達はジョヴェディとの決戦を明日に見据えていた。しかしそこに、セレスとジョヴェディの最上級魔法の撃ち合いの音が聞こえてくる。
その音を聞いた莉奈は、居ても立っても居られず様子を見に駆けつけた、という次第だ。
莉奈の事情は分かった。そこで先程のやり取りを思い出したセレスは、苦痛に顔を歪める。
「……どうしましょう、リナ。このままではケルワンが……」
今にも泣き出しそうな顔で莉奈に訴えかけるセレス。ジュリアマリアもその顔に沈痛な表情を浮かべ、彼女を支える。
莉奈はそんな二人に優しく微笑んで——まるで独り言の様につぶやいた。
「……ふう、全く。本当にあの人の言う通りになっちゃうんだから」
「……どういうこと?」
すがりつくセレスを引き寄せ、莉奈は声を潜め、確信を持って囁いた。
「……セレスさん、ケルワンは大丈夫。あの街は必ず、守られる」




