動き出す歯車 03 —、GO—
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空間から戻ってきた誠司は、その場にいるレザリア、カルデネ、ヘザーに改めて現在の状況を説明する。
その状況を聞いたカルデネは驚き、深く落ち込んだ。
なんであの時、気づかなかったのか——彼女は悔やんだが、それは無理もない。カルデネはジョヴェディの出現を知らなかったのだから。
そしてカルデネは語る。ジョヴェディ——いや、『魔人エンケラドゥス』時代の彼という存在、性格など、自身が魔法国で知りえた知識を。
そして——魔法国時代に度々行われていた、とある『思考実験』から推測される彼の戦い方を。
出来れば深く話を聞き対策を練りたいが、莉奈が出ていったのは四日前だ。早ければ、もう戦闘を始めていてもおかしくはない。時間が惜しい。
誠司はその後、手短に打ち合わせを行う。そして——。
「——では、私がアオカゲに乗り、向かう。君達はここで、待っていてくれ」
誠司の言葉に、神妙に頷く一同。
こうして、誠司がライラとの別れを済ませてから三十分後——書庫での話し合いは終わった。
誠司は最後に、レザリアに頭を下げる。
「本当に、ありがとう、レザリア君。教えてくれて」
「いえ、私こそ失礼な態度を……申し訳ありません、セイジ様」
「いや、やはり君は頼りになる。君がいてくれて、本当に良かった。ありがとう、こんなにも莉奈のことを思ってくれて——」
と、突然レザリアがテーブルに突っ伏してしまった。誠司は恐る恐る様子を窺うが——どうやら気絶してしまったようだ。
ニーゼから話を聞いた彼女は、それ以来ろくに眠れていなかった。
それに加え、彼女としてはすぐにでも莉奈の元に飛び出して行きたかった訳なのだが、莉奈の名を騙るグリムから『誠司さんをよろしく』と頼まれてしまったので追っかけることも出来ない——レザリアは、疲労と心労が蓄積していた。
そこに、とどめの誠司からの信頼の言葉だ。彼女が感極まって意識を失うのも無理はないだろう。今はゆっくり、休んで欲しい。
誠司は口元を緩ませ、ため息をついた。
「では、行ってくる。ヘザー、レザリア君をよろしく頼む——」
誠司は馬房の前に立つ。
誠司の姿を見たアオカゲは、非難めいた目で彼を睨むが——
「すまない、アオカゲ。私を、莉奈の元まで連れて行ってくれ」
「ブルルァッ!」
——誠司の言葉を聞き、アオカゲは闘志を燃やした目で、東の方を見つめた。
誠司は感じる。アオカゲの『魂』は、今、熱く燃えている。
誠司はアオカゲに跨り、彼に声をかけた。
「ありがとう、アオカゲ。それでは——」
——ふと、思い出す。そうだ、こんな時、莉奈は——
誠司は静かに告げた。
「——莉奈の元へ、GO」
「ヒヒーン!」
アオカゲは走り出す。その背に誠司を乗せ、自分が主人と認める者の元へと。
誠司は無言で行先を見据える。不甲斐ない自分の代わりに旅立った、莉奈がいる地平を。
まずは、サランディアだ。そこで莉奈の行動を、知る。
「……待ってろよ、莉奈」
誠司のつぶやきは、風に乗って森の中を流れてゆくのだった。
†
夕刻時、誠司はサランディアに着く。
誠司は取るものも取り敢えず、馴染みの宿『妖精の宿木』の扉を開いた。
店内はそれなりに混雑していた。どうやらノクスの娘は、今日はいないらしい。
誠司は受付に行き、そこに座っている女性に尋ねてみる。
「君、すまない。『リナ』という人物は宿泊しているかね?」
「あ、はい……ええと……」
女性は困った顔で、厨房の方を見た。傍から見たら素性の分からない男だ、仕方ない。
どうやら彼女を困らせてしまったことに気づいた誠司は「すまない、失礼したね」と言い、厨房の方へと向かった。
カウンター越しに厨房を覗き込むと——ホール担当らしき女性が一名、調理担当らしき男性が一名が、忙しなく動いている。そして——
——その場を取り仕切るこの宿の女主人、レティと目が合った。
レティは手を止め、誠司の方に近づいてきた。
そして、静かな声で彼に告げる。
「——もう少ししたら、遅番の子がくる。それまで大人しく待ってな」
そう言い残し、レティは作業へと戻っていった。
誠司はレティに顎で示された、店の隅のテーブル席で彼女を待つ——。
半刻程過ぎた頃だろうか。レティは店を従業員に任せ、誠司のテーブルの向かいに座る。
そしてレティは、面白くなさそうに誠司のことを見た。
「まったく、この忙しい時になんの用だい?」
そうは言うものの、誠司からは何も言っていない。それでも彼女は時間を作ってくれたのだ。何か思い当たることがあるのだろう。
誠司は単刀直入に聞く。
「莉奈の居場所を知りたい」
「はん。言える訳ないだろう。客の情報を売り渡す真似、アタシがするとでも?」
「……『客』と言ったね。やはり莉奈はここに——」
「知らないね」
レティは誠司の瞳を覗き込む。だが誠司は真っ直ぐにレティを見つめ返し、続けた。
「君が金で動く人間じゃないのは分かっている。それでもだ。知っているのなら教えて欲しい。その為なら、何でもする」
「……ほう?」
レティは誠司を目を細めて見つめる。彼の覚悟を覗き込むように。
「なら、全財産だ。全財産を寄越しな。アンタの持っている——」
「構わない」
誠司は即答する。レティの眉がピクリと動いた。
「——ただ、私の住んでいる家はエリスの物だ。それは私の勝手では譲れないが、それ以外の私が自由に出来るものは全て——」
「本気なんだね?」
誠司の言葉を遮り、レティは確認する。相変わらず彼の瞳は、真剣な眼差しでレティを見つめていた。
「ああ、もちろんだ」
そう答える誠司の瞳には、一点の曇りもない。レティはしばらく無言で見つめていたが、息を吐いて目を逸らした。
「ふう。さっきも言っただろ?『情報を売り渡す真似は出来ない』って」
その言葉を聞いた誠司の顔が、初めて苦しそうな顔を見せる。レティは口元を緩ませ、客席の方を向いて声を上げた。
「おい、ビラーゴ! アンタちょっとこっちに来な!」
突然のレティの行動に驚き、目を丸くする誠司。レティの呼びかけに応じ、客席から一人の男が立ち上がった。
レティは誠司を優しく見つめる。
「あの男はビラーゴ。一つ星冒険者で、『白い燕』の大ファンさ。アタシよりもよっぽど、リナちゃんの動向には詳しいよ」




