動き出す歯車 04 —絡んだ者—
レティの呼びかけに応じ、一人の男が誠司のいるテーブルに寄ってきた。その男は、気さくな感じでレティに声をかける。
「どうしたんだい、レティさん。俺に何か用か?」
「用がなきゃ呼ばないよ。さ、まずは自己紹介だ。そこの眼鏡は『救国の英雄』セイジ。アンタも知ってるだろう?」
レティに紹介され、誠司は軽く頭を下げる。誠司が頭を上げ彼の顔を見ると——ビラーゴは、驚愕の表情を浮かべていた。
「……あ、あ……あ……」
プルプルと震える指で誠司をさすビラーゴ。誠司が訝しげな表情でその様子眺めていると、彼は床に膝をついた。
「アンタが『救国の英雄』! 俺、アンタに憧れて冒険者になったんす! お、お目にかかれて光栄す!」
誠司を見つめる彼の顔は、上気していた。誠司は息を吐き、ビラーゴに立つように促す。
「……ありがとう。でも、昔の話だ。とりあえず、椅子に座りなさい」
その言葉に慌てて立ち上がり椅子に腰掛けるビラーゴ。しかしその彼の顔は一転、青ざめていた。
「……も、もしかして……俺が『白い燕』に無礼を働いたから……」
「……ん? どういうことかね?」
話が全くつかめない誠司。莉奈と何かあったのか?
その疑問に答えるかのように、ビラーゴはポツリポツリと語り出した。
「……白状します。俺が『白い燕』にどれだけ失礼なことをしたのかを……」
——ビラーゴは語る。
酒に酔い、嫉妬心から莉奈に絡んでしまったことを。
そんな自分を『白い燕』とその愛弟子は許し、逆に励ましてくれたことを——。
ただ実際の所あの場での莉奈は、目の前の茶番を呆れて見ているだけだったのだが——彼目線では『白い燕』は相当美化されているらしい。
こうしてビラーゴのギルドでの顛末を聞いた誠司は、多少の眩暈を感じていた。
(……ライラぁ……)
——どうやらウチの実娘は調子に乗りやすいタイプらしい。だが、今は莉奈だ。
誠司は頭を振って、ビラーゴに向き直った。
「君と莉奈の事情はわかった。それで?」
「ええ。それからの俺は酒を断ち、『白い燕』、リナさんを影ながら応援しようと誓ったんす。色々調べている内にリナさんがアンタの弟子だと聞いた時にゃあ、目ん玉がひっくり返るぐらい驚きましたよ」
「……ああ。いや、私なんかよりもよっぽど素晴らしい、自慢の弟子だよ」
経緯はどうあれ、莉奈が自分の預かり知らぬ所で人の心を動かしていることを、誠司は誇りに思う。自慢の、『娘』だ。
寂しそうに目を細める誠司。そんな彼の様子を見て、レティはビラーゴに問う。
「そんでリナちゃんは今、どこにいるんだい。アンタなら知ってんだろう?」
「そりゃ、もちろん……って言いたいところだけど、すまねえ。正確にはわからねえ。セイジさん、もしかしてアンタ、リナさん探してるんですかい?」
「……そうだ。その為に私はここに来た」
その言葉を聞いたビラーゴの顔が、パァッと輝く。そして身を乗り出し、誠司の手をつかんだ。
「あの人は『厄災』ジョヴェディを倒しに出かけた。俺も力になりたいが……今の俺じゃ足手まといだ。すまねえ、セイジさん、どうか、あの人の力になってくれ!」
「ンッ、離しなさい。元よりそのつもりだ。さっき君はリナがどこにいるか『正確にはわからない』、そう言っていたね。大体でもいい、教えてくれるかな」
誠司の言葉に、背筋を伸ばして椅子に腰掛け直すビラーゴ。そして軽く咳払いをし、彼は語り始めた。
「勿論す。俺が知る限りの情報を、お話しましょう——」
彼、ビラーゴは語る。
三日前に起こった、『厄災』ジョヴェディによる王城襲撃事件。どうやら王が狙われたらしいこと。それを莉奈が撃退したこと。どうやら莉奈は王を、そしてこの国を再び救ったらしい。
この時点で若干事実と齟齬は生じているが、彼らには知る術がない。話を聞いた誠司は驚き、目を見開く。
「——アタシから補足。その日リナちゃんは深夜にウチに帰ってきたよ。城で会合をやっていたらしい。サイモンも参加してたみたいだねえ。ま、何かの参考にしな」
「……サイモンさんか。なるほど、分かった。ビラーゴ君、続きを宜しく頼む」
そして翌日、『白い燕』は準備を終え、一人で飛び立った。東へ向け、『厄災』ジョヴェディを倒すために。
一通り語り終えたビラーゴは、口元を緩める。
「——つう訳で、俺は離れた場所であの人のことを見送ったんす。リナさんの力になりてえが、俺に出来ることと言ったら『白い燕の叙事詩』を広めることぐらいしかねえから。リナさんを知る者が一人でも増えれば、それがきっと彼女の力になる、そう信じて」
「……いや、待ってくれ。一人で? 青髪の女性は一緒じゃなかったのかね?」
青髪の女性とは、勿論グリムのことだ。一緒にいたとしたら、彼女は相当目立つはずだが——。
「リナちゃんと一緒に泊まってった娘だね。ビラーゴ、何か知らないのかい?」
「ああ、リナさんのお連れさんか。彼女はリナさんと別れた後、聞いた話じゃどうやら西へと向かっていったらしいす」
「……入れ違いか……」
きっと、いつまでも動かない誠司に業を煮やして、誠司のことを迎えに行ってしまったのだろう。彼女は莉奈に、付いていて欲しかった。
——いや、全ては私のせいだな。
誠司はかぶりを振りながら立ち上がり、二人に頭を下げた。
「ありがとう。この礼は必ずする。すまないがレティさん、今は一刻も惜しい。金のやり取りは、全てが終わってからでもいいか?」
先程の全財産を譲るとの話だ——真に受けていたのか。レティは立ち上がり、この察しの悪い男の背中を笑いながら叩いた。
「アタシも歳をとったからね。さっきの話なんか忘れちまったよ。いいからアンタは早くリナちゃんを助けてやりな。あの娘を無事で連れ帰ってくるのが、アタシへの何よりの報酬さ」
「……そうか……すまない、ありがとう」
誠司は再び深く頭を下げ、荷物である麻袋を肩にかける。そんな彼に、レティは声をかけた。
「セイジ。とりあえずどうするんだい?」
「ああ。まずは城、そこで無理ならギルドだ。二人とも、本当にありがとう」
そう言いながら誠司は踵を返し、外へ出て行く。
その背中を見送ったビラーゴはレティに漏らした。
「レティさん……俺もいつかリナさんの様に……『燕』になれるかなあ……」
「……知らんさね。ま、人には役割がある。せいぜい頑張りな」
こうして誠司は莉奈の行方を探るために城へと向かう。
そこでは、二十年振りの再会が彼を待ち受けるのであった。