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ライラと『私』の物語  作者: GiGi
第四部 第四章
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動き出す歯車 02 —父と娘【別れ】—





「……そん……バカ……な……私は、言ったはずだ……変な考えは、起こすなと……」


「……セイジ様……リナの性格は……お分かりでしょう」


「…………」


 誠司は苦しそうな顔をして、うつむく。レザリアは足元に転がってきたキノコを丁寧に踏み潰しながら、一枚の紙を取り出した。


「……こちらをご覧下さい。ニーゼが、グリムから預かったものです」


 その紙には、グリムの文字で何かが書いてあった。誠司は震える手でそれを受け取り、文字を追う。そこには——



『レザリア。リナはジョヴェディを倒しに行く。セイジの家族を、世界を守るために。リナからの伝言だ。セイジをよろしく頼む——』


 

 と、こちらの世界の言葉で書いてあった。


 誠司も、そして莉奈も知る由はない。これは莉奈達が妖精王の元を去る時、グリムが握手をするフリをしてこっそりとニーゼに託したものだ。


 誠司は続けて、その下に『日本語』で書いてある文章を読み進める——



『——という訳だ、誠司。莉奈は内緒にしたがっていたが、どうやら奴を倒すにはキミの力が必要だ。待っているぞ』



 ——それを読んだ誠司は、顔を上げる。


「……レザリア君。ありがとう、教えてくれて」


「……セイジ様、どうされるおつもりですか」


 レザリアは覚悟を決めた目で誠司を見る。返答しだいでは——


「私は、『空間』に戻る」



 そのもっとも聞きたくなかった答えを聞いてしまったレザリアの瞳が、漆黒に染まる。ダメだ。もうダメなんだ。この人はもう——



「……分かりました。セイジ様、短い間でしたが、今までお世話になりました——」


「——待ちなさい、レザリア君——」


 唇を強く噛みしめながら深々とお辞儀をするレザリア。しかしそれを、誠司は止める。


 レザリアが顔を上げると、誠司から先程までの苦しそうな表情は消え、彼の眼鏡越しの瞳は光を帯びていた。


 誠司は、レザリアに、告げる。


「——君も書庫に来てくれ。私は『空間』に戻り、ライラに別れを告げてくる。皆で莉奈を……私達の家族を連れ戻しに行くぞ」









 ——何もない空間。何もなかった空間。愛で溢れかえっていた空間。


 そこに戻った男は、眠りについている少女に呼びかける。



「ライラ、少しでいい、起きなさい」



 一瞬の光に包まれ、場所の入れ替わる二人。少女は眠い目をこすりながら首を傾げる。


「んー、おはよ、お父さん……どったの……?」


 起こされるなんて久しぶりだ。少女は軽くあくびをして、父親に向き直る。


 男は正座をして、娘を真っ直ぐに見て口を開いた。


「ライラ。聞いて欲しいんだ。今、莉奈が、どうしているのかを——」



 ——男は語って聞かせる。


『厄災』ジョヴェディの出現。奴の要求。ノクスの相談を誠司が拒否したこと。


 そして、この不甲斐ない男の代わりに、莉奈が、ライラ達を、世界を守るために旅立ったことを——



 父親の話を神妙に聞き入っていた少女は、話が終わるやいなや、立ち上がった。


「お父さん、行かなきゃ」


 その瞳は、真っ直ぐに父親を見据えている。少女にとってそれは、何事においても優先されることだと言わんばかりに。


「ああ、もちろん。それでだ。莉奈を追い詰めてしまったのは、私だ。だから、すまない、ライラ……その……」


 そこまで言って、男は口ごもる。そんな言い淀む父の肩に、少女は手を置いた。


「ううん、大丈夫だよ。続きを言って」


 少女は父親に優しく微笑みかける。父親は娘の成長を感じ取り、微笑み返した。


「——ライラ。この空間で会うのは、最後にしよう。ライラにはしばらく会えなくなってしまうが、なに、もうすぐだ。今度会う時は——」


 少女は父親の言葉を引き継ぐ。


「——家族、みんなで、だね?」


「……ああ」


 男は強く頷いた。



 二人の気持ちは決まった。しかし、少女は詠唱を始めようとして——思いとどまる。


「……ねえ、お父さん。最後に一つだけ、いい?」


「なんだい?」


 男は少女に答え、言葉の続きを待つ。


 少女は少し頬を赤らめながら、懐かしむように言った。


「あのね、お父さんと会って最初の頃、お父さんの国の好きな言葉のお話したの覚えてる?」


「ああ。そうだね」


 少女は少し、はにかんだ。


「えとね、それって、何でもいいのかな?」


 照れくさそうにモジモジする少女を見て、男は察する。男は少女に、優しく語りかけた。


「ああ、もちろん。それが例えば、名前だとしてもね」


「ほんと?」


「そして多分、ライラの好きなその言葉は、私の一番好きな日本の言葉の一つだ」


「ふふ。そっかあ。じゃあ、せーので一緒に言ってみる?」


「はは、いいぞ」


 二人は目を細めて見つめ合う。


 長いようで短い間の邂逅。今、二人はここで、別れの儀を取り行う。


 いるのにいなかった父親。いるのにいなかった娘。


 想像よりもずっと素晴らしい父親だった。想像よりもずっと素晴らしい娘だった。


 欲を言えば、もっと一緒にいたい。だが、充分だ。こうして互いを思いやっていることがわかり、そして、同じ想いを共有していることが分かったのだから——。


 少女は少し潤んだ目で、父親の顔を覗き込んだ。



「じゃあ、いくよ。私が好きな言葉は——」



「私の好きな言葉は——」



「せーの」






「「莉奈リナ」」






 ——その会話を最後に、二人の邂逅は終了した。


 少女はバッグを肩にかけて眠りにつき、男はバッグの外へと出て行く。


 そして男は、大切な家族を迎えに行くため、書庫に集まっているこの家に住まう者達と話し合いを始めるのだった——。





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