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ライラと『私』の物語【年内完結】  作者: GiGi
第四部 第四章
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動き出す歯車 01 —動き出す歯車—






 トロア地方、中央南東部。


 そこに、山間部の道を進む二人の女性の姿があった。


 

 手慣れた様子で道を進む小柄な女性は、後ろを振り返って同行する人物に声をかける。


「いやあ、セレスさん。ウチは大丈夫っすけど、その、歩きづらくないっすか?」


 心配している——というよりかは呆れた調子で声をかけられた女性は、澄ました顔で彼女に返事をした。


「大丈夫よ、ジュリ。こうみえても私、体力はある方なの。ほら、小さい頃は野山を駆け回っていたから」


「いや、知らないっすけど。っていうか、体力というより、格好の心配なんっすけど……」


 彼女——三つ星冒険者である『開拓者』ジュリアマリアが心配するのも無理はない。


 後ろをついてくる『東の魔女』セレスの格好は、彼女が思い切って買ったというチェック柄のワンピースに麦わら帽子、そしてヒールの少し高い靴と、とても山路を歩くのに適さない服装。ともすれば、これから恋人と海辺の砂浜に行くかのような格好である。


「あら。どう、似合ってるかしら?」


 そう言ってセレスはその場でヒラリと一回転する。


 セレス、渾身のコーディネートである。彼女は別にお金に困っている訳ではないが、とある理由により質素な生活を心がけている。


 そんな中で、出来るだけ彼女がオシャレだと思う服装をチョイスした訳だが——。


「……あの、セレスさん。一つ確認させて下さい」


「なあに?」


「これから『厄災』ジョヴェディを倒しに行くんっすよね……?」


 そう。彼女達は『厄災』ジョヴェディ討伐のため、奴が現れたという場所へと向かっている。


 サランディア国から情報の提供を受けたセレスは、彼女の腹心マッケマッケに国のことを任せる。


 そして、まだ国に残っていたジュリアマリアに道案内を頼み、こうして今、えっちらおっちらと山間の道を進んでいるのだった。


「ああ、安心してちょうだい、ジュリ。戦闘前には、ちゃんと『203号室』に送り届けるわ」


 肩からかけている黒いボストンバッグをポンと叩いて、セレスは微笑んだ。


 このバッグは彼女の住処、『魔女の集合住宅』の203号室に繋がっており、いつでも彼女を送り届けることが出来るのだが——。


「いやいや、そういう意味じゃないっすって。その格好じゃ歩きづらいし、戦いづらいんじゃないっすか、って意味なんすけど……」


「うん?……あら、それなら大丈夫よ。この前は変な格好でセイジに会っちゃったから、それに比べたらなんてことないわ。この格好なら、セイジに会っても恥ずかしくないでしょう?」


 鼻歌交じりで上機嫌に語るセレス。その緊迫感の無さに、ジュリアマリアはゲッソリとした様子で答えた。


「……ああ、もういいっす……って、その言い振りだとセイジさんと連絡取れたんっすか?」


 初耳である。確かに、『厄災』にとどめをさせるのは誠司だけだとジュリアマリアは聞いたことがある。


 事前に話は聞かされていないが、どこかで誠司と合流するのだろう。と、ジュリアマリアは納得しかけたが——。


「え? 連絡なんて、とってないわよ?」


「はあっ!?」


 当たり前のように言ってのけるセレス。ジュリアマリアは足を止めて、セレスに詰め寄った。


「だってさっき、セイジさんと会うような会話の流れっしたよね!? ていうか、なら勝算はあるんっすか!?」


 がなるジュリアマリア。そんな彼女の様子を気にもとめず、セレスは誠司がいるであろう西の方角を見ながら目を細めた。


「くるわ。セイジは必ず」


「……なんで——」


 そんなことが言えるのか、と続けようとしたジュリアマリアだが、あまりのセレスの自信に満ちた表情に言葉が継げずにいる。そんな彼女の方に向き直り、セレスは続けた。


「だって、あの人は去り際に言っていたわ。『もし人類に敵対する『厄災』が現れたら、その時は力を貸してくれ』って。だからジュリ、急ぎましょう。セイジは必ず、来る」









 莉奈達が『魔女の家』を出てから、四日が経過していた。


 誠司も莉奈達が居なくなっていることに気づいていたが、カルデネから『買い物に出かけた』と聞かされていたので、多少思うところはあれど、そんなに心配はしていなかった。


 今、ライラはぐっすりと眠っている。


 誠司は久しぶりにリビングに出て、部屋内を見渡した。





『——誠司さんっ』





 ふと、そんな声が聞こえた気がして辺りを見るが——その声の持ち主はいない。


(……こんなに、広かったけかな……)


 誠司は改めて部屋を眺める。


 莉奈が来てから四年。その間、誠司が起きた時には大抵、彼女はこのリビングにいた。


 最近は人も増えて、賑やかになっていた。そして、その中心には——いつも、莉奈がいた。


 誠司は目線を部屋に預けたまま、部屋の隅でジッとしている『魂』に向かって話しかける。


「……レザリア君。莉奈は……まだ帰って来ないのかね……」


 莉奈が居なくなってから四日。この地には『厄災』ジョヴェディが現れている。買い物ぐらいなら問題はないと思うが、早く戻ってきて欲しい。街よりも結界の張ってあるここの方が安全だろうから。


 しかし、レザリアから返事がない。


 誠司がおや? と思って彼女に視線を向けると——レザリアは体育座りでしゃがみ込んでおり、クマの目立つ虚ろな目でこちらを見ていた。その頭に、キノコを生やして。


「……どうした、レザリア君……何か、あったのかね……」


 その誠司の問いかけに、レザリアは無言で立ち上がる。


 そして——頭のキノコをむしり取り、誠司に向かって投げつけた。


 誠司の身体に力なく当たり、床を転がってゆくキノコ。誠司は理解が追いつかない。いったい、何が——。


 レザリアが瞳を濡らしながら、口を開く。


「……ニーゼに口止めされていましたが、もう我慢出来ません。セイジ様、あなたはいったい、何をやっているのですか……」


 そこまで聞き、誠司は最悪の可能性に思い至る。



 ——まさか……まさか、莉奈は……。



 レザリアは、流れ落ちる涙を気にも留めず、続けた。


「——リナは……『厄災』ジョヴェディと戦いに行きました……あなた達家族を、そして、世界を守るために」





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