何も出来ない王 08 —圧迫面接—
「え、ノクス。私、聞いてないんだけど」
「今、聞いただろ」
「むー」
目の前のノクスさんとサラのやり取りを、茫然と眺める私。ノクスさんが、ジョヴェディ討伐のために、動く?
「……あのー、ノクスさん?」
「なんだ、リナちゃん」
「その……大丈夫なの?」
私は不安になって聞く。
何も、ノクスさんの腕を疑っている訳ではない。むしろ、剣技に関しては方向性こそ違えど誠司さんに匹敵する程の腕前の持ち主だ。
彼が動いてくれるのは心強い。
——そう、それが、普通の相手ならば。
私達が相手どるのは『厄災』ジョヴェディ。
空を飛べるという魔術師と、地を這うことしか出来ない剣士。
強さの問題ではない。相性の問題だ。
私の言いたいことが伝わったのか、ノクスさんは腕を組んで息を吐く。
「……まあ、な。言いたいことはわかる。しかし、動かない訳にはいかねえからな」
「……もしかして……誠司さんの代わりに……?」
私の胸がギュッと締めつけられる。あの時、誠司さんが断ったからだ。
でも——誠司さんとノクスさんでは役割が違う。
対『厄災』戦で誠司さんが頼りにされるのは、ひとえに誠司さんが『魂を斬る力』を持っているからだ——。
「いや、セイジは関係ねえ……と言いたいところだが、最近アイツには頼りっぱなしだったからな。たまにゃあ俺が動いて、何とかして、アイツを安心させてやりてえんだ」
そう言ってノクスさんは寂しそうに笑った。
いけない。最前線で危険を冒すのは、私だけで充分だ。だって、ノクスさんには家族がいるじゃないか。私には、いない。
だから——
——私が口を開こうとするよりも先に、サラは毅然とした眼差しでノクスさんを見つめながら、告げた。
「ノクス、わかったわ。存分に戦ってきなさい。そして、必ず無事に帰ってきなさい。いい?」
「おう、任せろ」
「サラ! ノクスさん!」
私はたまらずに立ち上がる。皆の視線が集まるが、どうでもいい。私は、私は——
「——莉奈、落ち着け」
グリムが私の腕をつかむ。自分が感情的になってしまっていたことに気づいた私は、力なく椅子に座り込んだ。
「……グリム」
「失礼。莉奈、キミの言いたいことはわかる。ノクスとジョヴェディの、相性を気にしているのだろう?」
「……うん」
力なく頷く私に向かって、グリムは口角を上げた。
「なら、問題はない。ノクスはジョヴェディに対して、『相性抜群』だ。その力、思う存分奮ってもらおうじゃないか」
「……え、どういうこと?」
グリムの言葉に、その場の皆が不思議な顔をする。やはり考えている不安は、皆、同じだったようだ。
普通に考えたら覆しようのない『相性』問題。果たしてグリムの考えは——。
「——では、皆、時間の方は大丈夫かな? グリーシア嬢も交えて作戦を練りたい。道を、開くぞ——」
その後、グリーシアさんを交えて打ち合わせは遅い時間まで続いた。
私達は、話し合う、話し合う。対『厄災』ジョヴェディ攻略戦を。
そして、日付けが変わる頃に打ち合わせは終わった。解散した私達は、グリムと共に宿へと帰る。
その帰り道で、先程の打ち合わせの内容を頭の中で思い返しながら、私はグリムに漏らす。
「……ねえ、グリム。うまく行くかなあ」
「さあね。奴の実力が底知れない以上、臨機応変に立ち回るしかないさ。うまく行くかなんて分からない。それでも——」
グリムは私を優しい目で見つめる。
「——キミは世界を守りたい。そうなんだろ?」
「……ふふ。そうだったね。いっちょ頑張りますか!」
そう。私は誠司さんやライラ、ヘザーの居場所を守るんだ。そう決めたんだ。
弱気になんかなっていられない。でも、願わくば、どうか運命が味方してくれますように——。
そんなことを考えながら、私は宿泊先の『妖精の宿木』の扉を開ける。早いとこ疲れた頭を休めたい。
と、遅い時間なので、そーっと扉を開けた訳だが、そこには——
「待ってたよ、リナちゃん。アンタ、いったい何があった。アタシに説明してごらん」
——この宿の女主人レティさんが、腕を組み仁王立ちで私を待ち構えていたのだった。
†
今私達は、人もはけた酒場スペースの隅っこでレティさんと席を囲んでいる。珍しくグリムも落ち着かない様子だ。
「……んで、そこの娘はアンタの連れかい」
「ひゃい! お金は払ってありますぅ!」
レザリアから聞いた。以前、その件で誠司さん共々こってりしぼられたと。う、うん、チェックインの時に払ったはず、払ったはず。
そんな落ち着かない私の様子を見て、レティさんはため息をついた。
「なにも、とって食おうって訳じゃないよ。アタシが疑問に思ってるのは一つ。今回はセイジは一緒じゃないんだね。どういうことだい?」
「……あの……お客さんのことは詮索しないんじゃ……」
「……はん?」
ひいっ、ごめんなさい、ごめんなさいっ! この人、なんか今日、いつも以上に圧が強い!
私は助けを求める為に、そーっとグリムの方を盗み見ると——彼女はフリーズしていた。
ああ、だめだ。これ、絶対ジョヴェディと戦う方がやりやすい。口をパクパクさせプルプルと震える私の様子を見て、レティさんは肩をすくめた。
「ずいぶんと寂しいこと言うねえ。そりゃ、客の詮索はしないさ。でも、アンタとアタシはそれ以上の関係だ。アタシはそう思ってたんだけどね」
「……え?」
予想外の言葉に、言葉を返せない私。もしかして私、この人とお金以上の関係性を築けている?
「……もしかしてアンタ今、ものすごく失礼なこと考えなかったかい?」
「ひいぃ! そんなことはぁ、ないですっ!」
ピシッ。自然と背筋が伸びてしまう。これが噂に聞く、圧迫面接ってやつなのか?
だがレティさんはそんな私の様子を見て、口元を緩ませた。
「怖がらせるつもりはなかったんだけどね。ごめんよ。それで、どうなんだい?『白い燕』は、土の『厄災』を落としにいくのかい?」




