何も出来ない王 04 —大人ってずるい—
「……うん、『光弾の魔法ね』——」
グリムの質問に、エンダーさんは指を組んで彼女を見据えた。いつもの飄々としたなりを潜めたその姿に、私は驚く。
「——確かに、ジョヴェディの魔法は凄かったね。あんなに『光弾の魔法』を細く練るのは、僕には出来ない。そしてあの時リナを狙ったんだとしたら、恐ろしく狙いも正確だ」
エンダーさんの言う通り、ジョヴェディの光弾と火竜襲撃戦の時に見たエンダーさんの光弾では全然、質が違う。
あの時のエンダーさんの光弾は、なんか、こう——。
「あれ?」
何かが引っ掛かり、私は声を漏らしてしまった。その様子を見たグリムは、私に頷いた。
「気づいたようだね、莉奈」
「いや、何も気づいてないけど……あの、『光弾』って細いより太い方がいいんじゃない?」
その言葉を聞いたエンダーさんはヒューと口笛を鳴らし、指を鳴らして私をさす。やめれ。
「ご名答、リナ。『光弾の魔法』はね、そもそもの威力が高い。そして、細く練ったところで別に大して威力は上がらないんだ。だったら、練らずに詠唱速度を重視した方がいい」
「ああ。ジョヴェディは莉奈の肩を貫いただけだったが、エンダーの光弾は私の脇腹を全部持っていったぞ」
「ちょっと待って。あなた、うちのグリムにそんなことしたの!?」
「……莉奈。キミも先程、私を真っ二つにしたじゃないか」
むう。私は言い返せず、頬を膨らませる。しかし、なるほど。確かにさっきのがあの時のエンダーさんの光弾だったとしたら——私の肩から先は、無くなっていたことだろう。
すっかり黙ってしまった私を見て、エンダーさんは続ける。
「そして、いったん身についた才覚は簡単には無くせない。だから、『光弾の魔法』に関しては研鑽してはいけないんだ。知らない人も多いんだけどね」
「ふむ。だからキミはノーコンだったのか」
「はは。残念ながら、それに関しては僕の実力さ」
そう言って、苦笑しながらエンダーさんは肩をすくめた。ああ、やっぱりこの人、悪い人ではないのかもしんない。変だけど。
と、そこでサイモンさんが、私も感じている疑問を呈する。
「しかし、ジョヴェディは色々な魔法を使うのだろう? 君達の言う通り、奴の『光弾の魔法』が無駄に細かったとして、何か意味はあるのかね?」
その質問には、グリムが答える。
「まあ、ないな。ただ、『光弾の魔法』を使わざるをえない状況に持っていければ——」
——グリムとエンダーさんは語る。『光弾の魔法』の特性、そして、それを選択せざるを得ない状況を——。
私とサイモンさんは、なるほど、と感心する。
「——と、言う訳だ。なに、自尊心の高そうな奴のこと。それに、稀有な『光魔法』だ。放っておいても、見せびらかす様に使ってくれるさ。あらかじめ分かっていれば、避けるのは容易い、そうだろ?」
「あー、うん。タイミングさえわかれば、空中だったら避けられると思う」
「ヒュー。大したものだね、リナ。君が僕の敵じゃなくて、本当に良かったよ」
いやいや、エンダーさん。あなたが女性を泣かせるような男だったら、その瞬間、敵に回りますよっと。
この様に『光弾の魔法』の件がひと段落した時だった。部屋の扉が勢いよく開く。
「リナちゃん、グリム、大丈夫だったか!?」
うー、出来れば会わずに済ませたかったけど、ジョヴェディが襲ってきた時点で、諦めていた。まあ、来るよね。
私はその人に、頬をかきながら挨拶をする。
「……いやあ、こんばんはノクスさん。まあ、なんとか……はは」
私の顔を見て安心したのか、ノクスさんは息を吐いて空いている椅子に腰掛けた。
「いや、サイモンさん、面目ねえ。あんたを危険に晒しちまった」
「気にするな、ノクス君。あれは仕方ない。それに結果だけみれば、被害は無いに等しいしな……とは言え、リナ君には怪我をさせてしまったが……」
「ああ、いえ! すぐに治療してくれたんで、全然大丈夫です!」
ブンブンと手を振る私。というか、ジョヴェディの言葉通り彼が私に興味を持って来たんだとしたら、原因は私にある。なんか申し訳ない。ノクスさんはまた息をつく。
「ふう……にしても、リナちゃん、助かったぜ。よく倒せたな」
「あー、ほら、グリムが抑えつけてくれたから。グリムごと斬っちゃった感じ」
「……ああ、なるほどな。確かに、知らなきゃ油断するわな」
ノクスさんはグリムの再生能力の凄まじさを思い出したのか、呆れた表情で髭を撫でる。
火竜戦の時、グリムとノクスさんは共に行動する時間があったらしい。私以上に、グリムの再生能力を目の当たりにする機会があったはずだ。
ノクスさんは続ける。
「で、だ。ジョヴェディが来たのは『白い燕』が目的だと聞いたが、本当か……?」
心配そうな表情で、私の顔をうかがうノクスさん。あ、まずい。もし責任の所在をはっきりさせるってやつだったらどうしよう。
と、なんだか落ち着かない様子になる私。しかしそこで突然、サイモンさんが口元を緩ませノクスさんに答えた。
「いや、ジョヴェディは私を狙っていた。私にはその様に感じられたが、グリム君、君はどう考えるかね?」
え、なんで? しかも、尋ねる相手がグリム? でもあの時ジョヴェディは、『白い燕』の噂を確かめにきたって——。
そのサイモンさんの問いに、グリムも口角を上げて答える。
「ああ。私にもその様に見えた。あの時確か、サイモンを狙った攻撃を、莉奈が庇ったんじゃなかったっけかな」
いや、待て。そんなこと全然してない。あなた達も見てたでしょうに。私は助けを求めるようにエンダーさんを盗み見るが——彼は何かを察したのか、興味深そうにこのやり取りを見つめていた。
話が理解出来ずに顔を見合わせる私とノクスさん。サイモンさんは満足そうにグリムに頷く。
「そうだ、確かにそうだった。それでだ、グリム君。今日のこの会合、何が目的だったかな?」
「はは、言うまでもない。今日は『冒険者ギルド・サランディア支部長』のサイモンが『厄災』ジョヴェディの行動を調査しに来た、公的な訪問だ。そこを奴は急襲した。もう、答えは出ている様なものだと私は思うが」
そのやり取りを聞き、ノクスさんの口元も緩んでいく。更には護衛の兵士さんまで「おー」とか言い始めたぞ。
なに、わかってないの、私だけ?
頭に疑問符を浮かべる私を余所に、サイモンさんは厳かな声で、こう宣言した。
「ただ今より冒険者ギルドは、『厄災』ジョヴェディを冒険者ギルドに仇なす存在と認定する。公的な場でギルド長である私の命を狙ったんだ、当然だろう。そして、私の命を救い『厄災』ジョヴェディに立ち向かおうとする『白い燕』こと三つ星冒険者のリナ君を、全力で支援することをサイモンの名においてここに宣言しよう」
巻き上がる護衛の兵士さん達の拍手。テーブルに突っ伏す私。あー、あー、そういうことですか、なるほどねえ、ありがたいです、ありがたいですけど——
色々と突っ込みたいが、とりあえず一つだけ言いたいことがある。
——大人って、社会って、ずるい。




