何も出来ない王 03 —探り探られ—
絶句するその場の皆さま方。グリムの能力を知っているエンダーさんだけは、「ヒュー」と口笛を鳴らした。
完全に手応えあり、だ。私は床を眺め——徐々に魔法が解け、姿を現しつつある老人へと剣を向けた。
「あなた、本体じゃないよね」
「……ククッ……クハハハハッ……!」
私の言葉を聞き、愉しそうに笑い出すジョヴェディ。彼の上半身は浮かび上がり、私をニヤついた目で眺めた。
「ククッ……仲間ごと斬るとは、血も涙もないのう」
「……教えて。『厄災』達を返り討ちにしたんですってね。トドメはさせたの?」
ジョヴェディの身体が崩壊を始めている。彼は気にした様子もなく、嘲笑を浮かべながら答えた。
「フン。彼奴らは尻尾をまいて逃げて行きおったわい。まだ、お前さんの方が楽しませてくれそうだ」
「そ、ありがと。なら大人しく待ってなさい。私があなたを、塵に還しに行くから」
「……フフ、フハハ、言う言う。がっかりさせてくれるなよ? 早く来い。そして、ワシに全力を出させてくれ——」
その言葉を最後に、ジョヴェディの身体は完全に消え去った。
もう大丈夫かな……? 私は、ふうと息をつく。
「リナさん!」
グリーシアさんが駆け寄ってくる。私は安堵し、その場に座り込んだ。
「……怖かったあ……」
「リナさん! それよりグリムさんが……!」
「……あー。グリム、ありがとう、助かったよ」
「ふむ。私の意図を汲み取ってくれたようで、何よりだ」
真っ二つの身体が喋った。ギョッとするグリーシアさんとサイモンさん。その場の皆が見守る中、グリムは身体を再生して立ち上がった。
「失礼。知らない者は驚かせてしまったね。ご覧の通りだ。私はあの程度じゃ、死なない」
そう言いながら、辺りを注意深く窺うグリム。ジョヴェディがまだ潜んでいないか、警戒しているのだろう。
口を開けたまま固まっている皆さんを余所に、私とグリムは会話を続けた。
「どう? いそう?」
「分からない、な。だが、実体はあるようだったからね。ちょっと失礼——」
グリムはそう言って、鼻をスンスン鳴らしながら部屋を歩き始めた。
「どうしたの、グリム」
「——うん。なあ、莉奈。もし『姿を溶け込ませる魔法』だった場合、匂いまでは消せないんだろう?」
そうだ。確かあの戦闘狂狼と戦った時は——。
「あ、うん。ヴァナルガンドさんはそれで見破ってた」
「なら、大丈夫だ。奴からは微かに土の匂いがした。今はそれがない。とりあえずこの場は大丈夫だろう。なに、万が一詠唱の気配があったら、今度は躊躇なく動くさ」
グリムは元の席に座りながら、皆に向け言った。我に返った護衛の兵士さんが一人、この異常事態を知らせる為に部屋から飛び出していく。当たり前だ。恐らく分身体とはいえ、『厄災』の侵入をあっさり許してしまったのだから——。
そして、ようやく状況を把握したであろうグリーシアさんが未だ茫然としている様子で口を開いた。
「……あの、あれって『姿を溶け込ませる魔法』……ですか? それと、実体って……」
「そうだね。今、現れたジョヴェディは『姿を溶け込ませる魔法』、そして『分身魔法』の類いを組み合わせた存在だと私達は仮定している。そこで、一国の魔法兵団長を務めるグリーシア嬢に聞きたい。キミの目から見て、今の私の話を聞きどう感じた?」
その言葉にグリーシアさんはすこし考え込み、答える。
「……なるほど。確かに、大部分はそれで説明の出来る現象です。ただ、私の考えとして少しお話ししたいこともありますが……ジョヴェディの出現で、早急に対策を講じる必要があります。申し訳ないですが、少し席を外してもよろしいでしょうか」
それは王様や城、国民を守るための対策だろう。最悪の事態を想定するなら、ジョヴェディは何処に、何人潜んでいてもおかしくないのだから。
グリムは「ああ」と頷いて、グリーシアさんを快く見送った。
それからの城内は、慌ただしさに包まれた。
まさか、突然城の中に乗り込んでくるとは——兵士さん達の駆け回る足音がひっきりなしに聞こえてくる。
数人の護衛の兵士さんと共に部屋に残された私達は、席について息をついた。サイモンさんも深く息をつき、首を左右にゆっくりと振りながら口を開いた。
「……感謝する。リナ君、グリム君、エンダー君。それにしても、城の中に現れるとは……」
「まったくだ。話どころではなくなってしまったな。くそっ、ジョヴェディ、あのチキン野郎め……」
眉間にシワを寄せ、ぷんすかと怒るグリム。ん? 私は違和感を覚え、グリムの頬っぺを摘んでみる。
「なんひゃ、りにゃ」
「いや、なんかそんな敵意丸出しのグリム初めて見たからさ。あなた、本当にグリム? ジョヴェディが化けてたりしない?」
私の言葉にギョッとする周囲の皆様。だが、グリムは私の手を優しく離し、首を傾げた。
「そうか?……まあ奴は、莉奈、キミのことを撃ったんだ。なんか許せなくてな」
「あれ? あー、もしかして心配してくれたの?」
私はジト目でグリムを見て揶揄ってみたが、なんだか彼女は宙を見て真面目に考え出した。
「心配……それはそうだが……ふむ、なるほど。これが『怒る』という感情なのかもしれないな」
「えっ、怒ってくれたんだ」
「……ああ、そうなのかもね。くっ、私が青髪じゃなければ——」
照れているのか、胸に手を当て大袈裟に語り出すグリム。
私は思う。彼女は『人の心』について悩んでいるようだが、下手な人よりよっぽど人間らしいじゃないか。場違いだがそんな事を考え、私は口元を緩ませる。
そんな私達を見て、エンダーさんが口笛を鳴らした。
「ヒュー。あんな事があったのに、君達は大物だね。僕なんか、見てくれ。まだ、手が震えっぱなしさ」
彼はそう言って手をヒラヒラさせた。いや、わからんって。ていうか、大物具合で言えばあなたも大したものだと思うけど。
と、そこでグリムは姿勢を正し、エンダーさんに尋ねる。
「さて、エンダー。奴の使った『光弾の魔法』。キミのとは性質が違うように見えたが、どうかな。『光弾の射手』としての、キミの意見を聞かせてくれ」




